ローディーは、無数のレーザーとPMミサイルに囲まれたいまの自分の状況が、ジュリアス・エメリーから両取りをかけられている状況だという事に気付いた。
当然の如く、ローディーはクイーンを捨てる事を選択する。QBによる緊急回避。予想通り、レーザーと変わらぬ速さで突っ込んできたアステリズムが、ならば貰っていくぞと左腕を構える。
ハイレーザーの蒼い光がフィードバックを貫く。右腕損傷、誘爆の危険性は無し、しかし攻撃能力は損失、それまでの数々の被弾での損害も含め、APはついに四桁の数値を示し始めた。
ミサイルを発射するも、敵機は既に中距離への離脱を開始している。
確かに、敵の武装はGA社のパーツで構成されたフィードバックに対して、最悪の相性と言える。
だが、どんなに強力な武装でも、かわせば何の問題も無い。品質の低いクーガー製のブースターでも、時を見極めれば回避は造作も無い。
しかし、このネクストは……。
その軽量機は冷静にして獰猛、苛烈な程に俊敏に、猛禽の如くローディーの喉元を狙う。
アスピナの新しい天才、ジュリアス・エメリーの乗機〝アステリズム〟は、ジョシュア・オブライエンの乗機〝ホワイトグリント〟とパーツについては多くの共通点を持っていたが、その武装という点については大きな違いがあった。
その象徴とも言えるのが、アステリズムの左腕部に装備されたハイレーザーライフル〝ベガ〟である。
継戦能力を放棄し、瞬間火力のみに特化したこの火器は、こと対ネクスト戦闘においては必殺の魔弾となり得る。
強い。ローディーが断じる。射程ギリギリからミサイルやレーザーを撃っていると思えば、次の瞬間には肉薄し、こちらを狩るべく最強の火力を叩きつける。ジョシュア・オブライエンとはまた違う。攻撃的なリンクスだ。
高い機体負荷が予想できる機体を、あそこまで動かせるのは、そのAMS適性の高さからだろう。壮年の軍人はそれを羨ましく思う。それだけの才能があれば、戦争も簡単であろうよ。
だが、才能は全てでは無い。
左腕、残ったバズーカを構える。
確かに、動きは良い。回避の動きも機敏で、慣れていなければ肉眼で捉えるのすら難しいだろう。
しかし……
「な!?」
ジュリアス・エメリーは驚愕の声を上げた。アステリズムの左腕を、旧ミシガン州のGA傘下の工場で製造されたバズーカ用徹甲弾が貫く。
動きが余りにも素人だった。リンクスとしてのデータは登録されていたが、その戦果についての情報は皆無。恐らく、これが初めての戦闘だろう。どうネクストを学んだかは知らないが、馬鹿のひとつ覚えのように同じ動きを繰り返していれば、一撃を与えることなど容易い。
機動性に特化した機体の左腕は、そのエネルギーに耐え切れず、まるで木の葉のように吹き飛び、更にその全身は衝撃により操作が出来なくなる。
そして、殺到するミサイルたち。
女はなんとかコントロールを取り戻し、回避行動をとろうとするものの、多くの被弾を許してしまう。
これは、アステリズムにとって初めての傷であったが、戦闘続行に不安が残るほどの重傷であった。
「粗製が……!」
幾度も自分に投げかけられた言葉が、混線した通信機から聞こえてくる。男は気にも留めない。
AMS適性と、リンクスとしての腕は何も関係が無い。男がそれを確信したのは、アナトリアの傭兵の多大なる戦果によってだった。
伝説と呼ばれるまでに研がれた経験の剣により、数多の才能を斬り伏せるその姿に、粗製は羨望と希望を抱いた。
経験を糧に、ひたすら己を鍛える。
この戦争が始まる前、男は多くの戦場へと投入された。GAにとって、メノ・ルー以外のネクストは、頼りになりはしないが使い易い駒だった。
土壌は整っていた。男は、それに肥料を与えるべく、数多のリンクスの戦闘記録を見た。特に、アナトリアの傭兵のものを。そうして、自らの弱点を把握し、修正し、また戦場へ出る。
男のリンクスとしての才能は、こうして開花した。
「侮りすぎだ、天才」
もう一撃を放つべく。バズーカの装填を待つ。
だが、それよりも先にアステリズムは撤退を開始する。判断が早い。どうやら、こちらが想定したよりも被害は致命的だったらしい。
追撃はしない、追っても無駄であるし、フィードバックの現状は、下手をしたらノーマルにすら落とされかねないような損害状況である。無駄な事はすべきではない。
「フィードバックよりスカイボーイ、損傷を受けた。すまないが、また戻らせてもらう」
「スカイボーイ了解、エグザウィルへの包囲は徐々に狭まっていますが、未だラフカット及び鎧土竜は健在です。すいませんが、休憩はなるべく短くで」
「了解した。」
ローディーは去りゆくアステリズムを振り替えらずに、急いで補給基地へと戻った。いくら構造の単純なサンシャインでも、腕部の修理・換装には相応の時間がかかるからだ。
051ANNRから放たれた105㎜口径の完全被甲弾は、旧ピースシティに並ぶ数多の廃ビルの内の一つへ向けて突き進む。
風化し、脆くなった壁を一つ、また一つ貫き、その衝撃により破壊しながら進むそれは、その速度を殆ど落とすことなくビルを貫通する。
「チッ……!」
男は、その余りにも精巧な射撃にウンザリとした。ビルに隠れている自分に向け、正確に叩きこんで来やがる。
銃弾が接触する直前に、QBによりまた他のビルへと身を隠す。その行動により、またシュープリスへの距離が遠ざかり、自分が手の平で踊ってることを自覚した。いや、この場合は断頭台の上でと言った方が良いだろうか。
先程まで隠れていたビルがグレネードによって吹き飛ばされる。
その行動の理由を考える。陽動か、目眩しか、煙幕か、零に等しい思考の後。男はQBによりビルの中へと突っ込む。
連続した銃声。MARVEの90㎜弾が、ワルキューレの残像を貫く。
その角度からシュープリスの高度を思考、その音からシュープリスの距離を思考、その姿を廃ビルの壁に浮かび上がらせ。そこへ向かいワルキューレは躍動の準備を行うを
ワルキューレに取り付けられたS04-VIRTUE及び試製背部追加推進装置は、周囲の空気を一気に取り込むと、同時に驚異的なベクトルを巨人に加えた。
衝撃波崩壊したビルから、瓦礫と煙を突き破って男は飛ぶ。アクアビット製FCSがここでやっと対象を捉え、計算を行い、弾き出す。この斬撃に進行方向に修正の必要は無し。ブレードを展開、いや、グレネードがこちらを……
横方向へのQB、ワルキューレのプライマルアーマーを滑り、榴弾が崩壊した廃ビルを、跡形もなく消しとばした。身体が押し潰されるような衝撃の代わりに、身体が押し潰される危険からは逃げる事ができた。新しく購入したイクバール製のコアパーツは、機動力以外の装甲を破棄している。
落下中、ブースターを斬り、エネルギーの回復を待ちながらマシンガンをばら撒く、シュープリスがライフルを構えるまでの間に8発が放たれたが、そのどれもギロチンの刃に傷を付けられない。再びQB、1番近いビルに身を隠す。
一瞬たりとも気が抜けない。あのイクバールの魔術師や、鴉殺しのどれとも違う、変幻自在の戦い方。遠距離、中距離、近距離では当然敵わず、勝機を見出すなら近接格闘戦を挑むしかない。しかし、面倒くさいことに……
遠方からOBの音。廃ビルから距離を置き、マシンガンを構える。
爆音、今度はシュープリスがビルを突き破る。構えるはMARVE。なるほど、銃剣突撃か。マシンガンの弾幕を滑るようにかわし、渾身の突きが繰り出される。あぁ、クソ、本当に、近接格闘戦まで超一流かベルリオーズ、QB、身体は、間に合う。
金属が金属を貫く不愉快な音。レイレナード製のマシンガンはレイレナード製のライフルによって二度と弾を撃てないスクラップへと形を変える。
が、そこで見えた隙を男は見逃さなかった。傭兵は、は一瞬だけブレードを展開する。なんとか、延長線上にあったBFF製のライフル、その銃身に傷を付けた。
これで、おあいこだ。
シュープリスの突撃により未だ砂ぼこり止まぬ廃ビル跡地へと逃げ込む。光学ロックを外さなければ、またあのMARVEの弾幕が……
「チッ!」
チラリと、砂塵が視界を塞ぐ前、ライフルを捨てたシュープリスの手にオーメル製の小型ブレードが見えた。野郎、最初から俺と戦うことを疑ってなかったな。
男は笑った。上等である。そもそも、最初からトコトンやるつもりでこの仕事を受けたのだ。
そう、この戦いが終わるまで、この戦争が終わるまで、闘争を続ける為に。闘争を続かせる為に。
「…………」
その惨状を見て、テペス=Vはただ祈る事しか出来なかった。
確かに、我々には夢がある、信念がある、目指すべき場所がある。あそこに立っていた者たちは、それを継続する為にならばとあの場にて、喜んで足留めを行い、消えた。
ベルリオーズの言葉を思い出す。我々が行う事は、数多の骸を血で塗り固め、神の怒りで塔を建てているようなモノだと。
最早、引けない。既に、次の種を蒔いたとは聞いた。しかし、あの種は汚染された大地では無く。あの天でこそ芽吹く必要がある。その為にも、ここで勝ち、反撃の時を引き寄せる。この老骨に出来ることなど、それくらいしかないのだ。
「あの稚児は私がやる」
「……なら、私は残りの相手をするわ」
唯一の僚機、ミセス・テレジアの高く透き通った、しかしどこかに影のある声が聞こえる。
「できるか?アスピナの傭兵は噂通りの別格だぞ」
「……撹乱に徹するわ。なんとか、もたせる」
「ならば、頼んだ。」
アクアビットとレイレナードの部品で構成されたシルバーバレットの全身に、強力なPAが展開してゆく。
アクアビット本社中心部にあるネクスト用ガレージ。そこから外部へと繋がる数多の隔壁が開いてゆく。
「シルバーバレット、行くぞ」
「……カリオン、出ます。」
「アクアビットの気狂い共が……」
セロは、目の前の状況を眺めながら吐き捨てた。
アクアビット本社からは、放射状に三つの線が伸びている。射線上にあったメガフロートとは大規模なコジマキャノンにより削り取られ、汚染された海が流れ込んできている。弾着したボスニア湾の沿岸には、まるで星でも落ちてきたかのようなクレーターが出来ていた。あそこには、確か補給部隊や長距離砲撃部隊が展開していた筈だが、どう考えても生きているようには思えなかった。
砲撃の名残りだろう。周囲にはコジマ粒子が満ちている。PAが使い物にならないレベルだ。
「こちらオーメルHQ、無事なものは早急に応答せよ。繰り返す、無事なものは……」
「こちらテスタメント。ノーマル部隊は敵味方含め殲滅状態。ルートαの生き残りは俺だけだ」
「ホワイトグリントだ。ルートγもノーマルたちが皆やられた。」
あの傭兵も生きていたのか。セロは舌打ちをする。あのいけ好かない男こそ、真っ先に死んでもらいたかったのだが。
「キャリオン・クロウは?キャリオン・クロウ、応答を願います。ルートβの状況を……」
そして、イクバールの田舎者は戦死か。無様な事だ。
「HQ、アクアビット本社から二機出てきた。ネクストだ」
ジョシュア・オブライエンが言う。セロもレーダーを確認すると、ネクストを表す赤い点がこちらへ向けて移動していた。
「……確認しました。キャリオン・クロウの生存は絶望的です。現在予備隊の出撃準備を進めています。それまで敵ネクストを……」
ふん、そもそも、ノーマルなんかを作戦に参加させたのが間違いだったんだ。この世界は、AMS適性の高さと、ネクストの性能によって決まる。この俺がいる時点で、勝つのは決まってるようなモノなのだ、それを……
銃声が響く。セロの意識が外側へと戻り、先程までレーダーでしか確認できなかったネクストが、目の前を飛んでいた。
「戦場で考え事とは、呑気なモノだなぁ坊や」
マシンガンか殺到する。それを回避し、ライフルと機動戦闘用のレーザーを構える。
「よう、耄碌ジジィ。まだ生きてたか」
テペス=V。ランクは7、古強者など評されたいるが、所詮は老いぼれのノロマだ。
「ふん、天狗が。口の利き方も知らんとはな」
シルバーバレットは既にコジマライフルのチャージを完了している。一撃で怪物を葬る銀の弾。上等だ、そんなものに当たるわけがない。
セロは、未だ不機嫌そうな表情を崩さず。だが目前の老人に引導を渡すべく動き出した。
「ここまでか……」
エグザウィル地下ガレージにて自機の補給を行っていたザンニは、最終防衛ラインの突破を報告したジェット部隊の隊長の言葉に、最早レイレナードの命運は風前の灯火である事を悟った。
オーメル社への襲撃を敢行したベルリオーズからの報告はまだ無い。逆王手はもう間に合いそうに無い。
留守を任されておきながら、何も出来なかった自分を恥じながら、しかしまだやれるべき事が有るはずだと男は顔を上げる。
「こちらザンニ。ジュリアス・エメリーの容態は?」
ザンニは医務室へと通信をかける。軽傷は無傷と判断され、重傷でさえ簡易的な処置しか行われないようなこの場所で、ジュリアス・エメリーは治療を受けていた。ネクストとの一騎討ちに敗れ、撤退中にGAの高射砲部隊からも攻撃を受けた彼女は、帰ってきた頃にはすぐに治療の必要な状況になっていた。
「意識はまだありません。しかし、峠は何とか……」
「移動させても大丈夫か?」
「……はい」
「なら、頼んだ。何人かの部下と共に北極のセーフハウスへ飛んでくれ」
そう言って通信を切る、そして、もう一人、未だ外で戦い続けている男に対しても無線をかける。
「PQ、撤退しろ。最早時間の問題だ、オーメルが落ちようとも、GAは止まらんだろう。潮時だ」
「……やれやれ、まだまだこれからなんですがね」
PQの、常に余裕をうかがわせる声が聞こえる。乱戦を好むこの男は、GA相手にザンニ達を軽く上回る損害を与えていた。
「アルドラから義理で来てもらったお前を死なせるわけにはいかない、お前なら、楽に逃げられるだらう?」
「まったく、そんな事は気にしなくても構わないんですが……」
そう言うと、PQの声が一瞬止まる。
「まぁ、良いでしょう。詳細は知りませんが、何かまたやるつもりなのでしょう?その時に呼んでもらえれば構いませんよ。」
「……すまない、その時は頼んだ。あと、お前のペットについてだが……」
「あぁ、大丈夫です。既に脱出させてますので。……では、ザンニさんもお気をつけて」
「そうか……。あぁ、じゃあな」
そう言って無線を切る。ザンニは息を吸った。他の社員や技術者たちも、既に脱出を始めている。大丈夫だ、茎は折れようとも、まだ根さえあれば草花は育つ。それに、あいつらもいる。残念ではある、しかし、覚悟をしていた事だ。
「すまん、補給はいま完了してる分のみでいい。……お前たちも逃げてくれ」
多くが脱出した中、自分の為に残ってくれた者たちにそう声をかける。銃弾の供給を行っていた整備士たちはその声を聞くと、涙を浮かべながら頷いた。
少し経つ、無人のガレージに一人立ち、男は深く息を吸う。
「ラフカットよりレイレナードの全社員へ、出来る限り時間稼ぎを行う。その間に離脱できる者は離脱をしろ。」
そう短く告げ、ザンニはレーザーライフルを撃つ。
光は出撃用通路の向こう側、進撃していたGA製ノーマルのコアを貫き、中にいた人間もろとも霧散した。
「最期の花火だ。付き合ってもらうぞ、GA」
ブースターを稼働させる。奥にはネクストの反応すら見えた。この閉所で、逆関節の中量機でもって相手するのにGAのネクスト程相性の悪い敵はいない。
だが、やらねばならない。ザンニはアサルトライフを放ちながら、最後の戦いに身を投じた。
剣には、その打つ者の性質が多分に出る。
アンジェの剣は正剣だった。磨きに磨いた技量で、真正面から相手を圧倒する剣。
真改の剣は剛剣。受け止めた剣ごと叩き斬りかねない必殺の一撃でもって、万物を断ち切る剣。
イレギュラーの剣は変剣。敵の裏をかき、敵の意表を突き、周囲を惑わす剣。
そして、自分は柔剣であろう。相手の剣を受け止めつつ、必殺の時を逃さず仕留める剣。
だが、剣士としての理想は、この四つのどれにも偏らず、全てを変幻自在に使い分ける事だとなっている。
懸待表裏は一隅を守らず。
敵に随って転変し、一重の手段を施す。
あたかも風を見て帆を使い、兎を見て鷹を放つがごとし、
懸を以て懸となし、待を以て待となすは常の事なり。
懸は懸にあらず。
待は待にあらず。
懸は意待にあり、待は意懸にあり。
敵を見て、それに合わせて自分の剣を変える。それこそが完成された剣士の条件であり。それが可能なのは、間違いなく最高の戦士と呼べる者だろう。
男は知った、いま目の前にいる男は、ベルリオーズは、その最高であった。
両腕をブレードに換装したベルリオーズは、二振りの刀を叩きつけ、男はそれを受け流そうと刃を出す。
が、メインカメラの前にシュープリスの脚部が迫った事により、この一撃が陽動であることを知る。
蹴りはコジマ粒子によって防いだものの、衝撃は逃げ切らず後方へと機体が下がる。
そこへさらに間髪入れず第二撃、迎撃の体勢を整えようとするが男の目がある事に気づいた。
サイドブースターに光が集まっている。
シュープリスが視界に消える。男は自らが先程見た視覚情報を脳で処理し、迎撃のためクイックターンを行った。
一秒にも満たない間に後ろへ回ったシュープリスが斬りかかろうとしている。
何とか間に合う、男はそのムーンライトでもってその剣先を思いっきり叩きつけた。
シュープリスの身体がズレる。だが、男は気付いた。衝撃の多くは受け流された。 まるで、水に剣を立てたかのような手応えのなさ。さらに、追撃は許さないとばかりにシュープリスはQBによって距離を離し、OBによってこちらの必殺距離から離脱していく。
呼吸を整える余裕もない。旧ピースシティの戦闘は5時間以上も続いていた。精神も、身体も、磨耗の限界はとっくに超えていた。もはや、何が自分を動かしているのかわからなかった。
再びシュープリスが接近してくる。OBによる剛の一撃、だが、迎撃のために斬りかかれば風にはためく布を棒で打つかの如く受け流されるだろう。限界など考えぬ挙動で接近して斬りに行けば、堂々と受け止められ、ここで待ち構えても、蝶のようにひらりとかわし、視界の外から打ってくる。変幻自在、そしてその全てが一流の強者。
No.1とは良く言ったものである。こんなのに勝てる奴が、どこにいるってんだ?
あぁ、俺か。
男は、全てのブースターを下へ向けて噴射した。砂塵が舞い上がる。これで、視界を塞ぐ。
腰を落とす、構えは見た。挙動の予想をつける。一瞬でそこからの斬撃のパターンを全て想像し、その最適解を見つけ出す。
煙幕を抜け、双刀の断頭台が処刑の刃を上げた。
だが、その紐が離される直前。ワルキューレのOBは光を噴いた。
目標は前方、腕を広げた戦乙女は、断頭台を抱き締め、そのまま飛行を続ける。その身体を無限にも思える砂漠へと擦り付けながら、駆け続ける。
エネルギーが切れる。シュープリスはこちらを引き剥がそうとする。だが、切ろうとすれば間違いなく自らの肌をも傷付ける位置にワルキューレはいた。
ムーンライトを展開できるようになるまで、あと数秒だけ時間がかかる。
左手で右腕を押さえる。そしてそのまま右脚を上げ、シュープリスの左腕を思いっきり踏みつけ、駄目押しとばかりに身体全体のブースターを天へ向けて噴射した、これで、拘束は完了した。
五秒、右手のブレードを、コアにあわせる。
四秒、シュープリスはもがく、だが、流石のレイレナード製のブースターも転がった状態でAC二機分の重さは持ち上げられないらしい。
三秒、エネルギーが戻るのが、嫌に早く感じる。もう少し、もう少しだけ遅くても構わない。時が止まってしまっても構わない。
二秒、もはや戦士の理性や本能も身体を止めるだけの力は残していない。ただただ傭兵の自分が、任務の遂行のみを目的に身体を支配していた。
一秒、あぁクソ、脳が勝手に想像してやがる。紫色の光を、時間切れか、くそ、ここまで……
〇秒、指が、かかり「ワルキューレ、GAから通信です!」
止まった
「エグザウィルは陥落しました!繰り返します、エグザウィルは陥落!レイレナードは倒れました!」
「…………だとさ」
コアから剣を離し、男は言った。
仕事は終わった。依頼は、レイレナード陣営陥落まであらゆる脅威からオーメル社を防衛すること。
「…………間に合わなかったか」
目の前にいる存在は、今は脅威ではない。彼だって、後ろ盾なく戦い続ける事が不可能であることを知っている。確かにアクアビットはまだ存在はしている。だが、もはやその運命も日が変わる前に尽きるだろう。
「どうする?まだやるか?まだ逆転の目はあるかもしれんぞ?」
男は言う。勿論、これっぽっちもその気はない。傭兵は、友が馬鹿ではないことを知っていた。
「知ってるだろ?我々の目的はそこには無い。」
「知ってるよ。で、どうするんだ?アクアビットか?それともアンジェの所か?」
「…………そう、だな。少し、考えるか」
ワルキューレは拘束を解く。シュープリスは立ち上がると、ゆらりと傭兵の姿を見た。
「…………何年後なんだ?次は」
「早くて五年、遅くても十年だ」
「成る程、さて、それまで俺は生きているかね」
「安心しろ、居なくても大丈夫なシナリオは整えられてる筈だ。」
「あぁ、そうかい、そりゃ安心だ。さて、じゃあな」
「あぁ、またな。」
シュープリスが離脱してゆく。男はそれを見送る。その表情は、何かを成し遂げた、満ち足りたものの顔であった。
「……本当に、良かったのですか?」
「何がだ?」
「確かに、オーメル・サイエンスからの任務は本社の防衛です。ですが、あの中には間違いなくベルリオーズの排除も含まれて……」
「なぁ、フィオナよ」
「……はい」
「俺は、人間だよな?」
「……どういう意味ですか?」
「そのままだよ。俺は、人間だ。狂っちゃいるかもしれないがな」
「そんな、狂ってなんか……」
「人間ならな、超えちゃいけない線は絶対あると思うんだ。例えば、ただただ殺す事を目的にしちゃいけないとか。仲間は大切にするとか」
「……」
「俺は、あいつを死地に行かせない為にこの依頼を受けた。いや、初めてだよ。自分を騙しながらとはいえ、最初から失敗する事を目的に任務を受けるなんて」
「…………そう、だったのですか」
「すまないな、話さなくて。なんというか、とりあえず、話したら色んな奴に失礼な気がしたんだ。」
「いえ、大丈夫です。…………お疲れ様。これで、きっと戦争も終わるわ。さ、帰ろう」
「あぁ、帰るか……」
だが、彼らの予想に反し。この戦争は後数日間だけ続くこととなった。
「あー!あー!マイクテスト〜マイクテスト〜!オーメル!イクバール!そしてアクアビットの皆さん!聞こえてますかー???」
「ジャンヌ様……?これは一体……」
「こんにっちわんこそばー!!みんなのアイドル、イレギュラーネクストことジャンヌ・オルレアンちゃんでーし!!!みんな拍手!!ほら、拍手拍手」
「へ?え、えっと……ぱちぱちぱち……」
「はい!ありがとー!!これから私は、ここでコジマ塗れになって頑張っているみなさまにニュースを伝えたいと思いまーす!!それはーーなんとーー!!デレレレレレレレレレレレレレ…………………………………………」
「??????」
「ジャン!!なんと!!私!!ジャンヌ・オルレアンは…………!!ドドンッ!!」
「これからアクアビット側に立って戦う事を宣言いたします!!!!」
十日後、レイレナードとGA。二つの勢力による血と汚染の戦争は、レイレナード最後の企業、アクアビットの〝降伏〟によって幕を閉じる事となる。
次回、4編最終話。
いつかまとめて心理描写やら含めて書き直そうと思う今日この頃です。