エネミーUAVをデストロイし、私は眼下に広がる街を見る。ウォルコット邸には煙が上がるが、そこよりも気になる場所がある。
BFF製の高性能カメラでもって、その気になる場所へと視点をあわせる。そしてどんなウォーリーよりも、真剣に、あの娘を、探す。
……見えた。装輪装甲車、黒ずくめの男、そしてそれに囲まれる、見慣れた、依頼主。
間に合った。彼女は、安堵のため息と共にブースターを切った。
自由落下、位置を調整しつつ。地上へと向かう。
怒りよりも、安心と、安らかな気持ちに包まれた乙女は、笑顔すら浮かべながら着地した。
ちょうど、装甲車の真上に。
リリウムは、呆然とそのネクストを眺めていた。
舗装された道路がめくれ、踏み潰された装甲車からはモクモクと煙が上がる。
大地に立つ異形の巨人。その視線が下がり、四つの瞳がリリウムを捉えた。
ふと、リリウムは不思議な気持ちに囚われた。それが何かを判断する前に、巨人の胸が開く。
そこには、ジャンヌが立っていた。
「リリウム!!走って!!」
聞き慣れた声が響く、その声を聞いて、リリウムは急ぎ立ち上がり、その巨人へ向けて走り出した。
足が、頭が、心臓が、全身が痛い。だが、不思議と、足は、身体は前に進んだ。
後ろから銃声が響く。目標はリリウムでは無く、ジャンヌ。コックピット目掛け、無数の銃弾が飛来した。
「クソッ!危ねぇ!!プライマル・アーマーさえ展開できりゃぁ!!」
普段からは考えられないような罵声が、ジャンヌの口から飛び出した。それにちょっとした驚きを感じつつも、だが彼女は駆ける。
巨人の傍から、男達が飛び出してくる。先ほど、潰された装甲車の周りにいた者たちだ。恐らく、寸前で回避したのだろう。銃は持っていない、リリウムは知らないことだが、彼らの装備は、少女を安心させるためにとの分隊長の判断で装甲車の中に置いておかれたままであり、今現在はスクラップと化していた。
彼らは、リリウムを確保すべく走り出す。
しかし、必死に、全力で、持てる全てを振り絞りながら、リリウムはそれをかわす。
一人の男がリリウムの前に立ち塞がろうとする。
パンッと、先程までとは違う類の銃声が前から響いた。男が呻きながら倒れる。
ジャンヌが、銃を撃っていた。6発、音が響いたところで、それを後ろに放り、また手を伸ばす。
「走れ!早く!こっちに!」
身を屈めた巨人から、ジャンヌが叫ぶ。
一人がリリウムに飛びかかり、その髪を掴もうとする。だが、その成果は3本程の髪の毛と、リリウムの頭皮にわずかな痛みを与えたのみだ。
リリウムは振り向かず、ジャンヌの手を目掛け、手を伸ばし、飛んだ。
リリウムの手に、人の温かさが広がった。
「とったぁぁぁぁぁ!!!!!」
雄叫びを上げながら、ジャンヌがリリウムを引き上げる。と、同時に、その腕でリリウムを抱きしめると、コックピットの中に転がり込んだ。
そして、世界が閉じる。
「リリウム!しっかり私の身体を掴んで!絶対に離さないで!」
コクリと、少女は頷いた。それを確認すると、ジャンヌはニコリと笑った。
「OK、復讐と行きたい所だが。こっちにゃそんな余裕は無いんでな。悪いが、サヨナラだよ諸君」
メインブースターが起動、速やかに、二人を乗せたネクストは地上から離れて行く。
下からは絶え間無い銃声、だが、PAが無くとも対人兵器程度はどうとでもなる。
ロケット兵器がクレピュスキュールの肌を焼く。だがその下、真皮までは、破壊の風は届かない。
そして、すぐに彼女たちは、夜の闇の中へ消えた。
「作戦失敗……か」
老大佐は部下からの報告を聞くと、口の中でそう呟いた。
ベレー帽を目深に被り直し、腕を組む。
奇跡的に死者は出なかった。一人、背中に銃弾を受けたが、ケプラーベストが身体を守り、軽症で済んだという。
「どうしてネクストが……」
とは思うが、与えられた情報のみでは判断が出来ない。最早、自分たちがすべきことは無い。
「総員撤収、アルファ分隊はチャーリーの装甲車に乗れ。」
そうとだけ言うと、老大佐は上への報告の準備を始めた。
まぁ、陰謀家の人形になるよりかは、これで良かったのかもしれないな。男は頭の片隅でそう思った。
本当はビルを突っ切ってエントリーするという往年のロシア戦車みたいな登場方法を考えてましたが、様々な案を脳内で検討した結果今回は不採用となりました。ジャンヌ・オルレアンです。
なんとか、救いました。
胸に抱く少女を撫でながら、心の中でそう呟く。
嫌な予感がして、車では無くネクストに飛び乗って良かった。ちなみにスクランブルかけてきた戦闘機を数機ほど叩き落としました。仕方ないね!
「うぇっぐ……うぅ……じゃ……じゃんぬさまぁ…………」
リリウムは、ずっと泣きじゃくっていた。最近、泣いた彼女しか見ていない気がする。まぁ、仕方がないだろう。今現在、彼女が受けている負担を思えば……
先ほど、チラリと見たウォルコット邸の様子を思い出す。何人か、倒れる人影が見えたし、数カ所煙が上がっていた。おそらく、あの場所で戦いがあったのだろう。そして、多くの人間が死んだのだろう。
自分にとっては見ず知らずの人間でも、彼女にとっては何年も共に過ごした家族だ。それを一気に失ったとなると、その悲しみは想像できない。
私は、意識の多くを自分の身体に割きながら、彼女と背を撫でる。いまの自分にできるのは、こんな事くらいだ。彼女の深い悲しみは、絶対に私には理解できない。そして、そんな彼女に対して泣くななどとは言えない。悲しい時は、泣けば良いのだ。それで中身が空っぽになったとしても、また生きている内に少しずつだが満たされるようになる。
……どうして、こうなった。
私の、私の生きる目的の一つである、『リリウム・ウォルコットを手中に収める』は、もはや終局の段階だ。
手順を間違えない限り、確実にゲットできるだろう。
だが、もうちょっと、もうちょっと、計画の中ではメルヘンにことを進めるつもりだった。
それこそ、小さいうちに出会ってたのは幼馴染的な属性をリリウムの中でつけようとしたからだし。ほら、ドラクエ5やる人ってビアンカ好きでしょ?え、なに?ルドマンの方がお好き?あぁ、そう。
いや、まぁ、だから、小さい頃に出会っといたらその後の展開も楽だろうになぁって思ってたんですが。
それがいったい、なんでこんなズブズブに。
なんでこんな小さい娘が私以外に頼れる人間がいない状況になるんですかねぇ。
確かに世の中というのは過酷で、厳しい試練は何度も襲ってくる。
襲ってくるけど、ここまでは、流石に……
だって、肉親を失って、家もみんな無くなっちゃって、訳のわからんやつらに追っかけられて、ねぇ?過酷すぎじゃ…………
…………肉親を失って?
…………………………………あ
………………………………………………………え?
ジャンヌの顔が見る見るうちに青ざめていく。心臓の音は先程とは比較にならないほどに高鳴り、殆ど食事を摂っていないのに吐き気がこみ上げてくる。
えっと、それは、きっと、私は、伝え、この娘に、伝え、つ、死んだ、こと、つ、え?マジ?
この状態の娘に?
肉親が死んだことを伝えろと?
私にこの手を汚せとおっしゃられる?
ちらりとリリウムの姿を見、再び外を見る。
これ、殺人に分類されるのでは?
とりあえず、家に帰ってきました。胸の中のリリウムはまた寝ちゃっています。走って泣いて疲れたのだろう。時間もまだ夜だし。
身体は汗でぐちょぐちょだし、顔も真っ赤です。
流石にこのまま寝かせるのはどうなんだろう。かと言って、寝てる中に風呂に突っ込んだら。それこそ殺人です。
「身体を拭いてあげるかぁ」
そう思い立ち、私はバスタオルをとってくる。
リリウムを椅子に座らせると、服を脱がせる。
……綺麗な身体だ。肌は白く、ハリがある。栄養状態が良いのだろう。少しばかり線は薄いが、まぁ、健康の範囲の中だ。
なんというか、喉に乾きは覚えるが、流石に性欲は抱かない。それは私の身体が女だからというより、彼女に抱く罪悪感からだろう。というか、エロいことしたらあの姉弟に呪われそう。
優しく、繊細な肌を傷つけないように少女の身体につく水滴を拭う。着ていた服は洗濯機に投げといた。
リリウムの身体を拭き終わったら、私はとりあえずクローゼットの中から彼女が着れそうな服を探した。
…………ワイシャツ着せたい。
いや、よそう、やめよう。やめなければならない。
とりあえず、今の身体用に購入した衣服を着せる。
……少しばかり、大きいが大丈夫だろう。
さて、よっこいしょっと。
しかし、軽いな、自分は確かに身体をいじくりまわしてるが、片手で抱き抱えられるってのはなかなかに。余り、ご飯を食べてないのかな?それじゃあ良いリンクスに慣れないぞ。
リリウムをベッドに寝かせて、布団をかける。
その寝顔を眺めながら、私は吐き気の原因と向き合う。
あぁ、クソ。逃げ出したい。最高に逃げ出したい。
でも、ダメなんだ。甚だ不本意であるが、私は、この娘と向き合わねばならないのだ。
それが、死者に対する誠意というものだろう。
リリウム・ウォルコットは夢を見た。
平和な昼下がりの光景。庭で、私は姉様や兄様と共にティータイムを楽しんでいる。
楽しいお喋りが続く。いつも通りの、でも、なぜか、とても尊い時間。
時はすぐに経ち、日は屋敷の向こう側へと隠れようとしている。
姉様と兄様が立ち上がる、私もついて行こうと腰をあげかけると、姉様が私の肩に優しく手を置いた。
「姉様……?」
「ごめんなさい、リリウム。私とジーンはね、もうあなたと一緒にいてあげられないの」
「へ…………?」
どうして?とは尋ねられなかった。姉様の笑顔には、一種の凄みのようなものが感じられたからだ。
「ゴメン、リリウム。本当はずっと暮らしたかったんだけど、でも、ダメなんだ」
兄様も、笑顔を浮かべている。だが、その目からは涙が。
「いい?リリウム?良い子にしていてね?絶対に、絶対に、こっちに来ないでね?」
「姉様……」
「じゃあね。……大丈夫、リリウムの事は、ずっと見ているから。」
「兄様……!」
二人が、屋敷へ向かおうとする。私はそれを追いかけようとして、転んでしまう。
私の服を、誰かが掴んでいた。
振り返る、必死な顔のジャンヌ様が、絶対に放さないと私の服を掴んでいる。
「離して下さいジャンヌ様!リリウムは!姉様たちのもとへ……」
「ごめん!本当にごめん!みんな私のせいなんだ!みんな私のせいだけど!でも!ダメなんだ!私は託されたんだ!だから!行かせることはできない!」
ジャンヌ様が泣いて、私を止めている。
それで、何となくわかってしまった。
姉様や、兄様に、何があったのかと。
ジャンヌ様が泣いている。
向こうへ行く姉様や、兄様も、泣いている。
リリウムの目にも、涙が浮かんできた。
あんなに泣いたのに、涙は枯れない。枯れるわけがない。
ジャンヌ様は、泣きながら私の身体を抱きしめてくれた。
とても、とっても、優しい暖かさだった。
「取り逃がした……か」
グレートブリテン島にある自らの執務室に戻った王小龍は、老大佐からの報告を聞き、呟いた。
「はい。責任は全て私にあります。何なりと処分を」
「……いや、ネクストの到来はこちらも予想できなかった事。ノーマルも装備していない部隊でネクストを相手にするなど不可能と同義語だ。……それに、BFFは君たちのような優秀な人間を罰するだけの余裕は無い」
「……ありがとうございます」
電話が鳴る。老大佐は頭を下げると、部屋を出た。
王小龍は受話器を取った。相手は、腹心。
「私だ。…………………………そうか、残っていたか。で、大丈夫なのか?」
老人の口元に、不気味な笑みが浮かぶ。
「わかった。そっちは任せる。……あぁ、折角だ。その機会に、できるだけ優秀な個体を残すようにしてくれ。報告は細かく頼む。あぁ、では」
そう言って、彼は電話を切る。
何の問題も無い。ただ、プランがAからCへと変更しただけである。
南極で、あのイレギュラーが何を見たかは知らない。そして、その目的があの少女の保護なのか、BFFへの妨害なのかはわからない。
だが、たかが最強の個人の妨害程度では如何にもならない事は、世界には多々ある。
陰謀家は笑う。彼の頭にある計画図は、数多の異分子を受け入れる柔軟性を持っていた。
如何しようもない話をします。
fA編の大まかな粗筋を考えて、そうだなぁやっぱり幾つかのルートを書こうかなぁとか思ってまぁだいたいのオチを考えたんですよ。
現時点においてセレン・ヘイズさんは全ルートでバッドエンドになりました。
救いは……私の頭に救いはないの……?