世にリリウムのあらん事を   作:木曾のポン酢

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これほんとにアーマードコアのSSか?


少女は、少女は、駆けて、駆ける。

○一五五

 

BFF特殊作戦軍に所属する兵隊たちは、その時には完全にウォルコット邸の包囲を完了していた。

 

BFF軍部から派遣されていた警備兵が引き上げた後、どうやら彼らは自費で警備を雇ったらしい。庭には数名の兵隊の姿が見えた。

指揮車輌の中で対象の家を眺める男は、刻々と作戦開始の時を待っていた。肩には大佐の階級章がある。あみだにかぶったベージュ色のベレー帽の下には、品良く年輪を重ねた老人の顔があった。

 

「ウォルコット家も今日で終わり……か」

 

感慨深そうに男は呟く。あの姉弟とは知らない仲では無い。それにウォルコットというのは、話を聞けば中世の時代から続く由緒ある家名らしい。

 

○一五六

 

目標は、現在のウォルコット家当主。リリウム・ウォルコット、その確保である。

無論、彼女は自分がそういう立場にある事は知らない。今頃、知らず知らずの内に裏切り者にされ、GAから送られてきた傭兵によって斃れた姉達の無事を祈りながら、ベッドの中で寝ている頃だろう。

 

大佐は、もう一度目標の写真を見る。可愛らしい子供だ。彼には、ちょうどこれくらいの年齢の孫娘がいた。義理の娘の連れ子であるが、素直な子で、妻や息子と共にとても可愛がっている。

 

「こんな小さな子どもでも、あの怪物の前ではただの政治の道具か」

 

一度も見た事の無い目標を相手に、老大佐は同情の念を露わにする。孫に自慢できるような仕事などは殆どしてこなかったが、ここまで気分の乗らない仕事は初めてだった。特に、あのメアリー・シェリー女史との間に流れる噂を考えると…………

 

○一五七

 

いや、よそう。いま自分の頭の中に飛来したロクでも無い妄想を振り払うと、老大佐は再び画面に注意を向けた。BFF製のUAVから送られてくる映像は、同社のカメラ技術の高さもあって、黒づくめの隊員一人一人の様子が良くわかる。

 

その装備は殆どがアサルトライフルやサブマシンガンであるが、中には対人用のロケット砲や軽機関銃などを持つ者もいる。対象の確保をすませれば、それらの重火器による掃討戦が行われる予定だ。

 

○一五八

 

老大佐は、水筒に入っているコーヒーを口に含んだ。土地柄の所為か、周囲は紅茶党が多かったが、学生時代からコーヒーを愛飲してきた彼にとっては、あれこそ泥水のように感じる飲み物だった。

 

頭が冴えてくる。戦争当時、BFFはアフリカや南米などの有名なコーヒー産地を支配する企業の悉くと敵対しているため、豆は貴重だった。GA側に降伏し、少しずつ輸入が再開された今だからこそ、仕事場に持っていくなどという贅沢もできる。戦時中は、家に貯蔵していた古い豆を挽いて、一週間に一度だけ、夜の楽しみとして大事に飲んでいた。

 

その戦争についても、様々な憶測が聞こえてくる。だが、男は気にしない。戦争が政治的であるのは当然だし、一介の軍人である彼にとってはどうでも良いことだった。あんな、戦場よりも血生臭い場所に興味は無い。

 

○一五九

 

時は近い。何も焦る必要の無い、いつも通りの仕事だ。護衛は多いが、彼の部下にとっては稚児と変わらないだろう。かつて国家が存在した時代、最強の特殊部隊と言われたSASの伝統を継ぐBFF特殊作戦軍に所属する兵たちは、イクバールのバーラット部隊にも比肩する高い練度を誇っていた。そして、レディのエスコートに関しては、間違いなく奴らよりは上という自負もある。

 

かつて、英国陸軍の大尉だった男はもう一度コーヒーを口に含んだ。妻から、結婚前の誕生日に送られた時計に目をやる。作戦開始まであと三十秒。男はコーヒーを飲み込むと、マイクを口元に近付けた。

 

静かな指揮車輌内部に、時計の音と心臓の音だけが響く。

 

二十

 

旧スイス製の時計が、四十年前から変わらない速さで時を刻む。周囲に人影は無い、ウォルコット家の警備達は、十数秒後の自分の運命も知らずに欠伸をしている。

 

 

老大佐は息を吸った。そして心の中で、お姫様に謝罪をする。

すいません御嬢さん。貴女の最後の安らかな眠りを邪魔してしまって。

 

○二○○

 

「それでは紳士諸君、楽しいお茶会を始めよう」

 

次の瞬間、男は庭にいた警備員が同時に倒れるのを目にした。

 

 

黒づくめの装束に身を包んだ男達は、周囲の警戒を行いながら突入を開始した。かんしかめらに銃弾を撃ち込み、手早く扉に取り付く。裏では、装甲車に乗ったC分隊が、二階からの突入を行おうとしている時分だろう。

 

ブリーフィングやキルハウスで叩き込んだ家の間取りを思い浮かべながら、分隊長の大尉は指示を行う。

 

「爆薬を」

 

軍曹が頷き、可塑性爆薬を扉に貼り付ける。いつの時代も変わらない、最良のマスターキーだ。

 

「やれ」

 

次の瞬間にはドアは爆音と共に吹き飛んだ。静音性は二の次、速さのみを優先した開錠だ。

 

隊員達が室内にライフルを向ける。煙で曇っているが、赤外線暗視装置を装備する彼らには人影が良く見えた。バババッという短い銃声の後、それらは倒れる。

 

「こちらチャーリー1。部屋にパッケージは存在しない。捜索を開始する」

 

対象の確保の為に直接室内に入ったC分隊の隊長からの無線が入る。トイレにでも行っているのか?と少尉は考えたが、勿論口にはしない。丁寧かつ迅速に一つ一つのドアを開け、中にいる人間を戦闘員や非戦闘員にかかわらず丁寧に処理する。

 

「クリア」

 

ドアにスプレーでマーキングし、次の部屋を捜索する。

 

「廊下にガードロボ!」

 

軍曹が叫んだ。分隊員達は素早く部屋に隠れる。次の瞬間、機関銃の唸り声と共に、銃弾が飛来してきた。

 

「マシンガンを装備しています」

 

頭を上げさせないつもりか。まぁ、手はある。

 

「ニック、UAVに高性能爆薬を括り付けろ。デリバリーのサービスだ。サム、ライトマシンガンの準備」

 

「了解、すぐに用意をします」

 

「ヤー」

 

命令された曹長が、手早く自分の持つ小型ドローンに爆薬を取り付ける。そしてそれを飛ばすと、扉の上の方から廊下に出す。

 

ガードメカはそれに気付くと、機銃を上に向け迎撃を行おうとするが、ドローンは事も無げにガードメカの機銃部にたどり着くと、自爆した。

 

「制圧しろ!」

 

分隊員達が飛び出し、手に持つマシンガンやライフルをガードメカに集中させる。ある程度の装甲を持つそれは、だが7.62㎜や6.8㎜のフルメタルジャケットの雨の前にすぐに沈黙してしまった。

 

「目標を撃破」

 

「タイムスケジュールから遅れている。捜索を再開するぞ」

 

廊下に倒れる使用人や警備兵の死骸を跨ぎながら、男達は再び捜索を再開した。

 

 

しかし

 

 

「パッケージがいない?」

 

老大佐はアルファ分隊の大尉からの報告を聞き、首を捻った。

間違いなく、リリウム・ウォルコットは家にいるはずである。男は少し考え込むと、もしや?と思い口にする。

 

「秘密の隠し部屋でも存在するのか?」

 

「すぐに捜索します」

 

三分後、報告が来た。

 

「ブラボー3が見つけました。ダクト内に人が通ったと思われる跡があります。また、防犯ブザーのようなものも落ちていました」

 

「よし、そこを辿れ」

 

さらに十分後

 

「ブラボー分隊から報告です。どうやら、空気ダクトのみで繋がる地下室が存在するらしいです。外部につながっているらいですが鉄製の扉は閉ざされており、現在テルミットによる破壊を準備中との事」

 

「外だと?」

 

確か、ウォルコット家はかつてはこの辺りの封建領主だったなと思い出す。

 

となると……

 

「UAVの画像を街全体に合わせろ。」

 

老大佐が命じると、ウォルコット邸にピントがあわされていた映像が街全体を映すものに変わる。

夜は遅い、人影は極めて少なく、その一つ一つの中から目標を探すことは造作もなかった。

 

「マイティモーより全分隊員。パッケージはNA-35地点の道路を北上中。総員、速やかに確保に移れ。」

 

 

リリウム・ウォルコットは初めて長時間の有酸素運動を、絶望的な表情で行っていた。

 

リリウムが襲撃に気がついたのは、偶然にも彼女がトイレから自室に帰ろうとする間だった。

反射的にいつも持ち歩いているジャンヌからの御守りを強く握ってしまい、その大きな音に驚いて、再度それを握る事によって音を止める。偶然、下から響いた爆発音によってその音は掻き消されたが、状況が急を要すことに彼女はすぐに気がついた。

 

「もしも、家にいて危ない事があったら……」

 

姉が言っていたことをリリウムは思い出す。彼女はトイレへと戻ると、その天井にある空気ダクトの中へ入った。

 

埃をかぶったダクト内を行く。これは、その存在が使用人にすら隠されている事の証明であった。リリウムは込み上げてくる咳の衝動に耐えながら、下にいる襲撃者たちに気付かれないように進んだ。

 

古びた梯子を降りると、家の設計図にはのっていない地下室に出た。一度だけ、姉に連れてきてもらった事がある。もしもの時はここから逃げるようにと。

 

鉄製の大きな扉を開け、外側から閂をする。この時に、リリウムは腰にジャンヌから貰った御守りが無いことに気づいた

 

「落としてしまったんだ……」

 

だが、戻る時間も余裕も無い。彼女は一目散に、石の廊下を駆けた。

 

 

出た先は、街中を流れる川の横にある未舗装の道だった。周囲を確認したリリウムは、隠し通路への扉を閉めると、ビル街の中へ入る。その何処にも灯りは無く、人の気配も感じられなかった。

 

シルクのパジャマが揺れ、豊かな銀髪が風になびく。その紅い瞳には近頃流れ続ける涙が湧き出し、白肌には多くの汗が浮かぶ。

 

急いで出てきたせいで、リリウムは裸足だった。細かい砂利や舗装された道路がその頼り無い、小さな足裏を傷つけるが、それも気にせず彼女は走り続けた。

 

 

遠くから、車のエンジン音が聞こえた。

リリウムは息を飲む、心臓が張り裂けそうだ。だが、走らなければ。

 

嫌な予感がしていた。ジャンヌに姉達を頼む前から、彼女は自分の身に何かが起こるのではと恐怖していた。

 

 

ソレに気づいたのは、ジャンヌと出会う直前だった。周囲から、視線を感じるようになった。リリウムは余りそれらを気にしなかった、余り、怖いものを感じなかったし、それよりも大きな事件が飛び込んで来たからだ。

 

しかし、戦争が始まり、姉や兄、そしてジャンヌが去ると、その視線の中に多くの悪意を感じるようになった。何かはわからないが、恐ろしい何か、それが、自分の家を囲んでいることを知った。

 

そして、件のBFFとの騒ぎで、その感覚は確信に変わった。何か、恐ろしいものが、戦争よりも恐ろしいものが、リリウム達のすべてを変えようとしている事に。

 

 

リリウム・ウォルコットはきょうだい想いの優しい娘だった。こんな目にあうかもしれないと感じつつも、彼女はジャンヌに姉達の事を頼んだ。彼女にとって、それこそが最も大事なものだったからだ。

 

リリウムは走る。彼女はジャンヌを信じていた、あの人なら、絶対に、姉達を救ってくれると。

 

 

前方に、大きな車が停まった。

 

中から、真っ黒な人達が降りてくる。

 

リリウムはすぐに踵を返した。だが、もう一つの道路にも、同じような車が停まっていて、同じように黒装束の男達がいた。

 

「こちらアルファ1、パッケージを発見。すぐに確保に移ります」

 

あぁ、ここまでか。

 

突然、リリウムの身体に極度の疲労が襲いかかってきた。心臓は滅茶苦茶に動きながら全身に血を送り、身体は酸素を求めて呼吸を続ける。汗が全身より噴き出し、絹製の寝間着を濡らした。もはや、立つ気力も無くなった彼女は、道路にへたり込んだ。

 

コツ、コツと、軍靴が道路を叩く。単調なその音が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

リリウムは、道路に顔を埋めると、ただただ泣いた。彼女には確信があった。彼らに捕まったら、二度と愛しい人に会えないという確信が。

 

ごめんなさい。お姉様、お兄様、ジャンヌ様。

 

リリウムは、もう……もう…………

 

 

 

 

 

 

老大佐のもとに、一人の女が駆け寄ってきた。先程まで、本営との通信を行っていた彼女は、慌てた様子で先ほどの通信内容を男に伝えた。

 

「本土の防空レーダーにネクストの反応だと?」

 

男が尋ね返す、それは何かの間違いでは無いのかと。

 

だが、次の瞬間に信じられないことが起こった。

 

UAVからの映像が、途絶えた。

 

「こちらブラボー1!どういう事だ!?上空のUAVが火を噴いて落ちていってるぞ!?」

 

その理由を確認したのは、屋敷の周囲の捜索を行っていたブラボー分隊の人間だった。

さらに、彼はとんでもない事を続けて報告する。

 

「上空に更に一機!高速で……あれは……AC……?何でだ!?」

 

その無線を聞いていた者達は、反射的に空を見てしまう。

 

そこには、確かにACがいた。

 

月の光を背に受けて、四脚の人型兵器が、四つの瞳でもって世界を見下ろしていた。

 




なお、初期段階ではいろいろあって街が滅びてました。

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