今日も今日とて頭痛が酷い。電は昨日、眼を酷使しすぎてしまった代償としての頭痛に舌打ちと精一杯の憎悪をぶつけながらも、少しでも頭痛を抑えるために目隠しで視界を塞ぎながら朝食を食べるために食堂へと向かった。
既に朝、起きたときにバファリンを飲んで三十分程ゆっくりとしていたのだが、それでも頭痛はちっとも治まらなかった。こんな痛みが起こって気分も悪くなるなんて、人の体はとても不自由だと文句を言っても変わらなかった。
食堂に入れば、すぐに杖が何か、柔らかい物に触れた。トントンと叩いても特に何も起こらず、触ってみれば熱を持っていた。と言うか、これは人だ。
「あ、電。おはよ」
これは誰だと思いつつ弄っていると、一番下の姉の元気な声が聞こえてきた。まさかの目の前の倒れている人は無視かと思いながらも挨拶は返すことにする。
「おはよう、雷ちゃん」
聞こえてくる声はとても元気で、どうやら眼に関しては完全に消失したようで、完全に回復したようだった。
正直に言うと、完全に勘で殺したため、殺しきれずに若干の能力は残っていても可笑しくはなかったのだが、無事に殺しきれたようだった。
科学的には脳の死を認識する機能を殺せばいいというのは分かっていたが、この眼は科学の域をはみ出た、ファンタジーな物だったため、かなりの不安があった。
もし、何かしらの原因で眼が再発しても、また殺せばいいだけの話であるため、かなり安心は出来た。
「で、雷ちゃん、ここで寝てるのは誰なのです?」
「響よ。マーマイト一瓶食べさせたら寝ちゃった」
サラッと言う雷に若干の恐怖を感じる。
周りを確認してみれば、確かに瓶のような物が転がっている。
持って確認してみれば、かなり、控えめに言って独特な臭いが鼻に付く。
「もう一瓶あるわよ?」
「追い打ちかけるのです」
「いいわね。やりましょ」
懐からもう一つ、マーマイトを取り出した雷と一緒に意地の悪い笑顔を浮かべる。
そして、電は目隠しを取って、確かに寝ているのが響だと確認してから、雷と一緒に響の口の中にマーマイトをドバドバと流し込んでいく。まさに外道の所業だ。
そして、半分ほど流し込んだあたりで響がいきなり覚醒した。やばい、何かされるか?と思ったが、それは杞憂だったようで、口を抑えながら何処かへ駈け込んでいった。
「あれは……」
「吐きにいったわね。トイレ、確かすぐそこだし、そろそろ嗚咽でも聞こえてくるんじゃない?」
『おええええええええ……』
聞こえてくる響の嘔吐。イエーイとハイタッチをする電と雷。
「しかし、気絶したり吐くほどって、一体どんな感じなのかしら?直接食べた事なんて無いから……」
「舐めてみるのです?」
「……少しだけ」
あまりにも気になったため、雷がマーマイトを直接舐めてみる。
「う゛っ……」
雷が結構低めの声を出して、かなり顔を顰める。相当不味かったのだろう。
「……封印するのです?」
「賛成……」
「させる訳がないだろう……?」
雷がマーマイトに蓋をして片付けようとした時、まだ蓋をする前のマーマイトを誰かが奪いとる。
えっ、と声をあげようとして口を間抜けのように空けた雷の口にマーマイトの瓶が突っ込まれる。
「むぐぅ!!?」
「せめてもの道連れだ……」
雷の顔色が面白いように変わっていき、バタリと白目を剥いて倒れる。
まだマーマイトは四分の一ほど残っている。
「さぁて……後は……」
「あ、あの、その、響ちゃん?は、話し合えば分かるのです……」
「ヒャッハァァァァ!!」
「ちょっ、速すあばっ!!?」
響が電の口にマーマイトの瓶を突っ込みそのまま倒れる。だが、電は倒れず、口に突っ込まれたマーマイトの瓶を取った。
「……まぁ、私は別に平気なのです」
実は普通にマーマイトを食べれる電なのであった。けれど、流石に食べ過ぎで気分が悪いので、口直しに雷の用意した朝食を食べる事にした。
雷と響に関してはその場に放置した結果、まだ眠そうに目を擦る暁がその惨状を見てぴゃぁっ!?と変な悲鳴を上げるハメになった。顔色を真っ青にして白目を剥いて倒れる妹二人はそれはそれは怖かっただろう。
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「全く、朝から何をやってるんだお前らは……」
『ごめんなさい……』
「はぁ、まぁいい。朝っぱらから刀振ってお前らの事を見てなかった俺も悪かった。ただ、もうやらないようにな」
暁が敷地内のグラウンドで鍛錬のため素振りをしていた提督に雷と響の惨状を伝えた事で、雷と響は救出されたが、やはりというかお説教が待っていた。それも、今日の予定を知らされる直前に。
暁は溜め息をつき、電は呑気にアクビをしている。サラッと責任を全て押し付けた電を雷と響は睨むが、何食わぬ顔をしている。
「さて、今日の予定だが、南西海域への哨戒に行ってもらう。旗艦は雷にして、輪形陣での出撃だ。まだ雷は経験が不足しているから、守ってやってくれ」
『了解!』
だが、ここから五人は軍人となる。上官である提督の作戦通達に四人は応じる。旗艦が変わる事も、輪形陣での出撃も全然問題は無い。まだ実戦経験のない雷を守りながら戦えるのは、多少のキツさはあるものの、一番確実だろう。
ただ、難点は本来、五隻以上で行う輪形陣を四人でやるため、雷を中心とした三角形での輪形陣となってしまい、雷への攻撃も多少なりとも通ってしまう点だろう。
「それと、道中で新たな艦娘を発見した場合は、駆逐艦なら旗艦をその艦へ変更して輪形陣のまま進撃。軽巡以上ならそのまま輪形陣に組み込んでくれ」
だが、今回の進軍も新たな艦娘が加わる可能性がある。そうなれば、何とか輪形陣は完成する。
それでも、不穏分子は一つだけある。
「それと、電についてだ。電は今回も目隠しを取って直死の魔眼を開放した状態で戦ってもらう訳だが、雷からの報告では直死の魔眼で人や敵を見ると無差別に殺したくなってしまう衝動に駆られるらしい。よって、電が暴走して敵に突っ込んだ場合は電を中心とする輪形陣で、近距離まで電の援護をしてくれ」
そして、この作戦は最大限の譲歩でもある。
電の行動は危険極まりない。そのため、魚雷管を一つだけ取り除き、代わりに電の艤装に大本営から支給された強化型艦本式缶を組み込み、回避率を高め、集中砲火のリスクを低くするために電を中心とした輪形陣で共に近距離まで突っ込む。もし、これが成功すれば、電の直死の魔眼により、敵の戦力を大幅に削れるかもしれない。ハイリスクハイリターンの作戦だった。
これなら、まだ電が轟沈する可能性は低いなと、暁と響は顔を合わせ、少しだけ顰めたものの、頷いた。
「あの……直死の魔眼ってなんですか?」
ふと、疑問を持った電が提督に聞く。まだ、直死の魔眼という名前は電には伝わっていなかったのを提督は思い出した。
「電の眼に名前を付けただけだ。気に入らないならすぐに撤廃するが」
「別に、私は構わないのです」
電は特に名称が思い付かなかったのと、中二臭いと思われたくなかったため考えなかっただけで、別に人から付けられる分には抵抗は無かった。
提督はそれに頷く。
「なら、ヒトゼロマルマルに出撃。海域に到着次第作戦開始とする。それまでは各自自由とする」
『了解!』
「では、解散!」
ヒトゼロマルマル。つまりは十時に出撃し、南西諸島沖までは約数時間の航海となる。この数時間の航海の間、艦娘達の食料などは必要が無く、艤装装着時は燃料を消費し空腹を満たす事となっている。しかし、何時間も警戒していれば、疲弊してしまうため、暇潰しのための道具が必要になる。この自由時間はそれを用意するための時間とも言える。
古参の横須賀鎮守府等は輸送機を使い、海域上空で艦娘を投下し作戦を実行。回収も輸送機が行うという事をしたり、ヘリで投下、という事もしている。ブイン基地の前に出来たリンガ泊地でもそれは行われ、近々このブイン基地にも輸送ヘリが貸し出される事になっている。
「あぁ、すまない。雷だけ残ってくれないか?少しだけ話したいことがある」
「……?えぇ、分かったわ」
部屋を出て行こうとした四人の内、雷だけを呼び止める。
そして、三人が出て行ったあと、提督が雷に話す事を話し始める。
「雷の艤装だが、主砲部分を直死の魔眼で切断したんだよな?」
「えぇ。おかげでエライ目にあったけど……」
「その主砲部分なんだが、修理が何故か出来ず、その部分のパーツを全て取り替える事になった。で、まだそれが完全に出来ていない。だから、今回は舞鶴鎮守府から吹雪型の主砲の予備を貸してもらった。慣れないだろうけど、それで何とか頑張ってくれ」
これに関しては、妖精さんが休む間もなく修理をしてくれたのだが、たった数日で、工作艦も無しで大した設備もないこの鎮守府では直すことは不可能だった。
そのため、今朝、舞鶴鎮守府から吹雪型の予備の主砲を借りて雷の艤装と同期させ、何とか今朝、戦えるようになった。
暁型の主砲は背中の艤装と一体化した、駆逐艦の中では珍しいタイプのため、慣れない部分はかなりあるだろうと、提督は心配をしていた。
「その程度なんて事ないわ。だから、司令官はドーンッと私に頼ってね!」
だが、それは杞憂だったようで、雷は軽いドヤ顔で薄い胸を張った。だが、それは頼もしいというよりも、可愛らしかった。
「あぁ、頼りにしてるよ」
提督がそう言うと、満足したのか雷は失礼しましたと言って部屋から出て行った。
第六駆逐隊。かつての大戦でそう名付けられた四隻だけの小隊に所属していた彼女達なら、深海棲艦程度、苦もなく倒してくれるだろう。たった数年だけしか共に戦えなかった姉妹だったが、それでも四人の仲やチームワークはかなりの物だろう。だからこそ、こうやって若干の無理がある作戦を提案できた。
暁、響、雷、電。誰もがかつての大戦で小さくない功績を上げた駆逐艦だ。深海棲艦程度に勝てない訳がない。
「……俺も、彼女達がまた離れ離れにならないように、頑張らなくちゃな」
かつて起きた、暁を始めとする悲劇を繰り返してはならない。誰一人とて轟沈させる訳にはいかない。
かつての大戦の、暁型四隻の資料に改めて目を通しつつ、提督は呟く。
仲間を生かすため犠牲となった暁。たった一人で潜水艦に挑んだ雷。姉の代わりに沈んだ電。それを見ている事しかできなかった響。もう、そんな悲劇は繰り返させない。
「……さて、俺も俺の仕事をするか!」
提督はホワイトボードを引っ張りだし、南西諸島沖の地図を貼り付け、暁型四隻の名前が書かれた磁石を取り出し、深海棲艦と書かれた磁石も一緒に取り出し、パソコンを起動させた。
提督として出来るのは、艦娘のバックサポート。衛星から送られるデータを参考に敵の位置を割り出し、指示し、艦娘を移動させる。そして、敵の奇襲を割り出し、未然に防ぎ、戦いをスムーズに、有利に行わせる。
今回の旗艦、それに伴う部隊は軽巡へ級、雷巡チ級、軽巡ハ級、駆逐イ級が二隻。駆逐艦だけでは中々辛い相手だが、それでも第六駆逐隊なら倒せると信じている。彼女達なら絶対に、と。
その他の準備をしている内に、時刻はヒトゼロマルマルとなった。既に暁達は準備が完了し、残りは艤装装着のみとなっている。
「準備はいいか?」
『当然よ!』
『大丈夫だ』
『任せておいて!』
『問題ないのです』
通信機を起動し、四人に通信を入れれば、自信に満ち溢れた返事が三つ、気怠そうな返事が一つ返ってくる。
まぁ、頭痛が酷いのだろうし、仕方が無いだろう。と提督は苦笑いをする。
「よし。第六駆逐隊、抜錨!!」
『了解!』
四人が同時に出撃と書かれたパネルの上に乗り、足に艤装が装着され、射出される。そして、四人の艤装が同時に吊られて落ちてきて背中へ接続。神経とも接続され、艤装が手足のように動く。さらに、雷は後ろから射出された連装砲に視点を合わせ、交差する一瞬の間に取っ手に手を突っ込みキャッチ。自動でベルトが手に巻かれ、固定される。それと同時に主砲も神経と接続され、自在に動くようになる。
艤装から離された主砲は破壊されてもそこまで痛くはないため盾に使えるが、それは最終手段。失えばただの的になってしまう。
閑話休題。
艤装を装着した四人は勢いのまま海へと飛び出す。そして、雷がここだと手を上げ、他の三人に知らせると、三人は雷を中心に三角形となるように陣形を組む。問題ないかと雷が合図を送れば、問題ないと返ってくる。四人だけの輪形陣が完成し、燃料と体力の節約のため、スピードを抑え羅針盤の指す、南西諸島沖の方角へ向けて航海を始める。
そんな四人を鎮守府の窓から見送った提督は通信機を口に近づける。
「今回は初めての長距離航海となる。電探は暁と響に積んであるから、基本的にはツーマンセルで警戒。残る二人は自由でいい。ローテーションに関しては各自決めるように」
『了解したわ』
「それと、電の目隠しは本人の自由で構わない。着けたかったら着けていいし、外したままでいたいんなら外しておいていい」
『了解なのです。それと、さっきから響ちゃんの艤装からヤケにボルシチの匂いがしてくると報告しておきます』
「……響?」
『予め、積んでおいた。これでお腹が空いても大丈夫だ』
「何処に積んだ?なぁ、どこに積んだんだよその小さな艤装に!!っつかホントフリーダムだなお前!!あと、お前ら艤装装着してる時は飯いらねぇんじゃねぇのかよ!!」
『あ、響。一杯頂戴』
『はい、暁』
「何故食う!?何故今食うんだ!?」
『うわ、そこから……へぇ、そんな所に……』
『はい、あったかいボルシチだ』
『ありがと、響。うん、美味しい!』
『暁、私にも一口頂戴?』
『いいわよ。はい、あーん』
『あむっ。あ、凄い美味しいわね!』
『本場のボルシチを再現してみたんだ』
「凄い気になるから止めろぉ!ってか、輪形陣保てよお前ら!はいあーんじゃねぇよ!!あと、帰ってきたら俺にもください!」
いきなり艦娘達がボケ始めた事により、提督がツッコミに入った。まさか響が艤装の何処かにボルシチを予め積んでいるとは予想外だった。
『ちなみに、錨の中はパン入れになってるよ』
「どうやって改造したんだお前ぇ!!ってか、その中にどうやってパン入れてんだよ!!」
響のフリーダムは留まるところを知らないようだった。
『ちなみに私の艤装には音楽プレイヤーが内蔵されてるのです』
「お前も何勝手に改造してんだよ!!」
電も結構フリーダムなようだった。
次回、1-2こと南西諸島沖攻略作戦