直死の眼を持つ優しき少女   作:黄金馬鹿

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これにて最終話。決着です


正義の直死・罪なる直死

 膝をつく。マズイ、ここまで強いとは思わなかった。電は額からの血を拭くこともせずに迅雷を地面に突き刺し、その柄頭に両手を置く。

 最初はそれなりに攻勢に回っていた。しかし、電は一ヶ月も監禁されていた。そのせいで体が思うように動かず、砲撃が額を掠り、艦載機の爆弾が腹を焼き、左腕を機銃が貫いた。全身が赤に染まっても可笑しくないような攻撃を受けてなお、電は健在だった。

 武装も既に、迅雷は残り一本。迅雷・改は刀身半ばから折れ、紫電も弾切れになり、電光も一本紛失した。

 対して離島悽姫の傷は無い。無傷だ。何度か紫電の弾丸もぶち込んだが、豆鉄砲程度だったようだ。与えれた損害は砲弾の数が減ったのと艦載機が減ったことだろうか。

 

「モウ諦メロ。オ前ジャ私ニハ勝テナイ」

「うるさい。私の自由のために死ね」

 

 血が混じった唾を吐き捨て、迅雷を杖代わりに立ち上がる。もう万策は尽きている。が、諦めるわけにはいかない。お上の命令なんて知った事か。目の前の相手は気に入らない。高飛車な雰囲気とか色々と。だからぶっ殺す。

 迅雷の峰に手を添わせ、徐々に持ち上げていき、後ろへと振り払うと同時に飛び出す。その速さに離島悽姫は驚く。そして、銀色が煌めき、離島悽姫の後ろへと電が通りぬける。

 だが、手応えが無かった。まさかと思い迅雷を見れば、真ん中から刀身が捻じ曲げられている。あの一瞬で魔眼でねじ切った?

 驚愕が頭を支配する。あの魔眼はついさっきまで少し時間の猶予があった。

 

「アノ程度、読ム事ナド容易イ」

「……置き魔眼とかチートくせーのです」

 

 迅雷を投げ捨て、迅雷・改を構える。が、その瞬間に柄から空間が曲がり、破棄。距離を取る。

 マズイ、残りの武装は電光一本のみ。袖から電光を抜いて構える。

 が、離島悽姫は嫌らしく艦載機を出す。それの放つ爆弾や機銃を走り回って避け、飾りになった紫電を投げ付けて落とし、弾が切れた所を近づいて電光で斬り裂く。が、その瞬間に電光を握っていた右手を何かに掴まれる。

 

「なっ!?」

 

 それは、離島悽姫の艤装だった。

 確かに、足があって自立しそうだったが、まさか本当に本体から離れて攻撃、いや、拘束してくるとは。

 

「凶レ」

 

 マズイ。そう思った時にはもう遅い。電光を握った手が曲がっていき、血と肉が飛び散り骨がひしゃげながらねじ切られたかのように腕が千切れた。

 

「イッ、ガァッ!!?」

 

 腕を千切られ、断面を抑えながら電が千鳥足で下がる。マズイマズイマズイ。武器が無くなった。死ぬ。殺られる。

 体勢を整えなければ。どうやって?わからない。武器は全て使えない。痛みで思考がマトモに機能しない。

 そして、額につけられた冷たい鉄の感触で思考が元に戻ってきた。

 

「チェックメイトダ」

 

 電の青い瞳を、離島悽姫の赤い瞳が見つめていた。

 この殺し合い、電の負け。電の口元が歪み、離島悽姫は笑った。

 

 

****

 

 

 雷とレ級は接戦を繰り広げていた。まだ直死の魔眼を持ってからの戦闘は初である雷は、狙った死の線を切り裂くという行為の想定外の難しさに苦戦していた。

 電はこれを息をするように行い、投擲した装甲で行っていた。それがどれだけの離れ業だったか、今になってから驚愕する。

 再びの接近と一、二、三撃。しかし、その全ては腕で阻まれ、鉄と鉄がぶつかり合う音が響くのみ。たった一週間の近接戦闘の特訓ではここまでが精一杯。レ級が腕で迅雷を防ぎ、それを力づくで押し込んで隙を作ってから斬ろうとしても、駆逐艦と戦艦。馬力の差は圧倒的で、雷の全力の押し込みが、レ級の虫でも払うような手の動きで押し返され、体勢が崩れかけるが、自分から飛んで隙を最小限に抑える。そして、飛んでくる主砲を斬り裂き殺し、艦載機を機銃で撃ち落とす。もう、機銃の残弾も少ない。魚雷を一刀の元で斬り捨てながら雷は己の残り燃料と弾薬を確認してから舌打ちする。

 燃料はもう残り一割程度。弾薬も同じ程度。燃料もこれ以上使えば誰かに引っ張ってもらわないと補給艦まで戻る事はできないだろう。

 しかし、それすら顧みずに雷は迅雷を構えて再び接近。迅雷を振るうが、今度は指で摘まれ、止められた。

 

「なっ!?」

「モウイイ。飽キタ」

「飽きっ!?」

 

 喋った?姫でもない深海凄艦が?しかも、飽きた?

 あまりの事に一瞬脳がパンクする。その瞬間を見計らってか、レ級の口元がニヤリと歪み、レ級の靴と一体化した足が雷の腹に突き刺さる。

 

「ゥゲッ……ガッ……!?」

 

 余りの衝撃に雷は迅雷から手を離してふっ飛ばされる。ただの蹴りが腹を突き破って貫通してしまいそうな程の威力だった。

 それを直で受けて分かった。あの深海凄艦は姫に限りなく近い力を持った特別製だ。そんじょそこらの深海凄艦とは訳が違う。

 海面の上で蹲りたい心を抑えて立ち上がるが、迅雷は相手の手の内。攻撃に移れない。

 

「クダラナイ玩具。ンジャ、返ス」

 

 レ級が摘まんでいた迅雷を持ち替えてから雷へと投げた。その速さは弾丸並みとも言えた。

 勿論、そんな物を咄嗟に避けれる程、雷の体は人間離れしていない。ヤバイ、死ぬ。額にスローモーションで近づく迅雷を見ながら雷は必死に手を動かすが、動かない。

 が、雷へと迅雷が突き刺さる寸前、二つの腕が迅雷を阻み、雷の額にあと数ミリという所で止まった。

 

「いった……盾越しにこれって、どんな刀よ、これ」

「もう人間がこれ持って斬りかかって欲しいよ。いたたた……」

「暁、ヴェールヌイ!?」

「まぁ、妹を守るのも姉の仕事よ」

「そういう事だ」

 

 雷を守った二つの腕は、暁とヴェールヌイの腕だった。二人は盾を装備した腕を雷の前へと突き出したが、迅雷は二人の腕を盾ごと貫通した。結果、二人の腕は仲良く縫い合わされたが、すぐにヴェールヌイが迅雷を抜いて雷へと返した。

 

「で、でも、二人共腕が……」

「穴が開いた程度だ。動かせる」

「切断されなきゃ、私達の身体はまだ動くわ」

 

 暁が服を千切って包帯代わりに巻きつけ、ヴェールヌイも酒を口に含んで傷口にかけてから服を千切って巻きつけた。応急処置故に、巻きつけた布には血が滲んでいる。

 痛むが、艦娘としての力を発揮していれば多少和らぐ。暁とヴェールヌイは貫通した腕をプラプラ動かしながらレ級を見据えた。

 それだけで分かる。相手は規格外だ。改二となり強くなったからこそ分かる、相手との力量の差。だが、引くわけには行かない。

 

「雷、私達が隙を作るわ。そこを狙って」

「そ、そんな!?無茶よ!」

「大丈夫だ、問題ない」

「それフラグゥ!!」

 

 何とかして雷が腹を抑えながら立ち上がり、二人を下がらせようとするが、二人の背中は後ろへと動かない。

 

「まぁ、巫山戯るのは止すとして、本当の所は策がある。だから、安心してくれ」

「そうそう。お姉ちゃん達にドーンって任せておきなさい」

 

 そういう、何時もは子供っぽい暁と大人っぽいヴェールヌイの背中は、何だか大きく見えて、安心できた。

 

「……うん、お願い」

『任せて』

 

 暁とヴェールヌイは雷の言葉に背中を向けながら手を上げて返すと、そのまま海面を滑る。主砲で狙われないよう、二人で不規則な動きをしながら主砲で目くらましをして近付く。艦載機は暁の対空機銃で落とし、魚雷はヴェールヌイが自分達に当たるぶんを主砲で撃つ。

 完璧な連携でレ級との距離は徐々に縮まっていく。主砲は確実に当たらない動きをし、攻撃は全て分担して防いでいく。普通の駆逐艦では己の可愛さ故に出来ないことだ。だが、二人はやってのける。妹のために。

 

「ヴェールヌイ!」

「タイミングは合わせる!」

 

 短な言葉の応酬で暁とヴェールヌイは全てを伝え尽くし、そして間合いは素手の間合いへ。

 

「ていっ!!」

пошел на хуй(くたばれ)!!」

 

 暁は拳で、ヴェールヌイは足でレ級の顔をふっ飛ばそうと攻撃を繰り出す。しかし、二人の攻撃はレ級の手に掴まれて防がれる。

 だが、その程度予想の範囲内。ヴェールヌイが目で合図し、暁がそれに行動で答える。

 

「フラッシュバンじゃないけど、眩しいわよ!!」

 

 その瞬間、レ級の視界が光に包まれ潰される。暁が使ったのは左肩にある探照灯。それをレ級の目潰しに使ったのだ。

 ヴェールヌイは目潰しが効いた時にはすでに行動していた。魚雷を両手に持てるだけ持ち、レ級が二人の手足を離した瞬間に後ろに飛びながらそれをレ級へと投げ付けた。が、それだけなら爆発しない。

 

「プレゼント」

「ふぉーゆー」

 

 だが、そんな事はすでに承知している。ならば、起爆するだけ。

 暁がそのまま主砲を魚雷へと撃ちこみ、ほぼ零距離で起爆。二人を巻き込んで数本の魚雷が爆発。暁とヴェールヌイの体が一瞬にして後ろへと吹っ飛び、それで隙が出来たと確信し、迅雷を手に既に雷は突っ込んでいる。

 このまま殺す。迅雷を下段に構え海を走る。この一撃で、殺す。そう決めて。

 だが、黒煙は中から青白い腕に突き破られた。まさか、と雷が目を見開けば、レ級は黒煙を真ん中から引き裂き、全身がボロボロになりながらも現れた。

 まずい、防がれる。不敵な笑みを浮かべるレ級を前に雷が命の危機を感じる。が、その瞬間にレ級の後ろを紫が煌めいた。

 

「後ろが!!」

「お留守よ?」

 

 次の瞬間には一閃。紫がそのままレ級の後ろから雷の後ろへと煌めき、それと同時にレ級の両腕が肩から離れて空を舞った。

 

「殺れ、雷!!」

 

 天龍と龍田だ。後ろからあの一瞬だけを狙って両腕を飛ばした。

 あの黒煙は後ろの天龍と龍田の事を悟られないため。レ級の装甲を削って腕を二人の腕なら十分に切り飛ばせるようにするため。

 それなら最初から教えておいてよ。と雷は一瞬だけ口元を緩めるが、すぐに引き締める。

 このチャンス、逃さない。ここで殺す。

 

「その唯識全てを殺す!!」

 

 既に一足一刀の間合い。逃しはしない。

 そして、銀が三回煌めいた。雷はレ級の後ろで背を向け、残心。血払いをして鞘へと納刀する。

 

「コ、コンナ事ガァァァァァァ!!?」

 

 納刀した刹那、レ級の全身からは血が吹き出す。雷は必要な死の線を二刀で殺し、文字通り唯識、五種の感覚と意識、二層の無意識、その全てを殺した後、最後の一刀でレ級を殺した。

 レ級は体が縦に二分割され、叫び声を上げながら沈んで行った。

 勝った。勝てた。後ろを見ても、もうレ級はいない。

 

「雷ぃぃぃぃぃぃ!!」

「へっ!?ちょわっ!!?」

 

 だが、暁がいた。暁に抱き着かれ、雷はバランスを崩してそのまま海面に転がる。ヴェールヌイと天龍はそれを見て一緒に溜め息をついて、龍田は仲がいいのね、とニコニコしている。

 

「ちょっ、暁、離れて!」

「良かった〜……勝てて良かったよ〜……!」

「はいはい。分かったから分かったから。あと、まだ周りには敵がいるから、そっちを片付けましょ?」

 

 雷が暁を何とか引き剥がして立ち上がる。そう、まだ深海凄艦は周りにいる。ほぼ無尽蔵に増えている。

 暁も最初はブーたれていたが、すぐに立ち上がった。

 さて、後は持久戦だ。電が勝つまでの。雷が刀を抜いて構える――その時、海が揺れた。

 

「うわっ!?」

「地震!?」

「こういう時は海震じゃないかな?」

「どうでもいい!」

 

 雷がヴェールヌイにツッコんだが、どちらにしろ海が揺れているのは変わらない。

 が、その震源はすぐに分かった。後ろの離島だ。

 

「地震だったね」

「そんな事より、あそこには電が!」

 

 雷が島へと向かおうとするが、急にル級からの砲撃が五人を襲う。

 

「うわっ!?」

「行かせないつもりか……!」

 

 足止めを食らった五人はそのまま立ち往生。電を助けに行けないもどかしさに襲われた。

 

 

****

 

 

 電は離島悽姫に主砲を向けられ口を歪めた。笑わせて。

 

「何ヲ笑ッテイル?」

「距離を詰めたのがお前の間違いなのです」

 

 何を、と思った時にはすでに遅い。電はスカートの内側から隠していたナイフを取り出し、主砲の搭載されている尻尾のような艤装の死の点へと突き刺した。

 たったそれだけで艤装は存在そのものを殺され、分解されていく。だが、砲はそこだけではない。浮かんでいるアンロックユニットから砲弾を放つが、電は後ろへ飛びながらそれを避け、足元に着弾した瞬間にその爆風に任せて空へと飛ぶ。

 ここで決める。でなければ死ぬ。

 主砲を一撃、二撃。いつもの装甲で受け止めるが、それだけで装甲は吹き飛び使い物にならなくなる。これで主砲は電の体が落ちるまで使えない。

 

「凶レ!!」

 

 そして、歪曲。目の前の空間が歪んでいき、電の体を引き裂こうとする。が、その歪曲が現実の物を捻じ曲げた時には、電はもう居ない。代わりに、艤装が捻じ曲げられ、爆発した。

 電は既に離島悽姫の真ん前。ナイフが突き刺さる距離。何故、と離島悽姫は目を見開く。その種は簡単。目の前の空間が歪んだその瞬間、電は背中の艤装本体をパージ。脳が焼き付くような痛みに耐えながら空中で少し体勢を整え、空中の艤装を蹴って一瞬で離島悽姫の前に着地した。ただ、それだけ。

 人間離れどころか艦娘離れすらしたその一瞬の行動に離島悽姫が固まるのは無理もない事だった。

 だが、その硬直こそが命取りであり、電が待っていた物。しゃがんだ状態から突き出された手にはナイフが握られていて、そのナイフは死の点を穿ち、その存在を殺していた。

 

「ア、アアアアアアァァァァァァァァァァ!!?」

「うるさい。潔く死ね」

 

 ナイフを抜いて後ろを向きながら首へと一閃。首の死の線を切られた離島悽姫の頭は体と別れ、ゴロンと地面に落ち、体からは断面から体液が吹き出し、電の全身にかかる。

 勝った。最後に油断したお前の負けだ、と電は離島悽姫の首に目で語りかける。

 最後はナイフ一本。最弱であり、電の始まりでもあった武器、ナイフ。それで最強を落とした。

 だが、電も限界だった。電の足は既に立てるほどの余裕は無く、膝から崩れ落ちて地面に倒れた。

 もう、動けない。全てを使い果たした。試作改零式の武装のせいで脳への負担もいつも以上であり、本当に指一本動かせない。が、何とか力を振り絞って自分の来た海の方へと這う。が、その速度は遅い。遅すぎる。

 電が離島悽姫の体を通り過ぎた時、離島が震え始めた。それを見た電は全てを察した。

 この島は沈む。海の底へと、離島悽姫の死体を乗せて。

 だが、電は間に合わない。ここから出られない。もう、死ぬしかない。這うために動かしていた手ももう動かない。

 クソッタレな二度目の生だった。電は握っていたナイフすら手放して思考を放棄する。

 もう助からない。せめて、このまま自分の意志で眠ってそのまま海の底へ沈もう。そう思い、目を閉じる寸前、視界の先に何かが見えた。

 あれは?分からない。もう、視界も霞んできた。だが、こっちへ走ってくる三つの影はどこかで見たことがあった気がして。それが幻覚なのか現実なのか。電はよく分からないまま、意識を手放した。




次回、エピローグ

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