直死の眼を持つ優しき少女   作:黄金馬鹿

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かなり急ぎ気味の内容のため、結構詰めが甘い場所があると思いますが、ご容赦を


仲間の溝

 電による市民殺害事件から早一ヶ月。デモとマスコミは留まる所を知らず、毎日毎日飽きることなくやってくる。

 軍上層部はほとぼりが少し冷めてから電の軍事裁判を行う気だったが、それも出来ず、一ヶ月経ってしまった。何とか隙を見て出撃や演習はしていたものの、中々にキツい状況ではあった。

 新たに仲間になった艦娘も消化不良が目立つ感じだ。

 

「今日も出撃は無し……こんなに暇だと体が鈍ってしまいそうですわ」

「んー、そだねー……流石に暇だねー……」

「仕方がありません。現状は数回の演習で我慢するしかないのよ」

 

 新たな仲間、熊野、鈴谷、太鳳は現状に不満しかないのか、よく愚痴をこぼしている。そして、それは新たに加わったもう二人の艦娘も同じだ。

 

「こうなると守るべき国民ですら面倒な物に思えてしまうものだ」

「そうね……でも、今は我慢するしかないわね」

 

 ビッグセブンが一人、長門型の長門とその妹、陸奥。彼女達もこの鎮守府初の戦艦であり、希少な戦艦の力を持った艦娘である。が、その力は鎮守府で燻っている。

 やはり、この鎮守府に戦うために来たのに、こうも戦闘がなければ愚痴の一つも言いたくなってしまう。だが、そんな新参とは違い、電が事件を起こすまでに在籍していた艦娘達は敗戦が決まってしまったかのような、暗い雰囲気だった。特に、第六駆逐隊の三人。

 暁は元気に振る舞おうと、雷は出来ることをしようと、無理しているとしか見えない表情と仕草で出撃のない日々を過ごしているが、一番荒れているのは響だった。至る所で響が何処から仕入れてきたのか分からないウォッカを片手にフラフラと歩き、時々座り込み、壁を殴っている。最初は文句の一つでも言ってやろうと言っていた鈴谷だったが、そんな第六駆逐隊の三人の様子を見て、止めた。それほど、三人の様子は痛々しかった。

 そして、提督も目の下に隈が出来るのも躊躇わず、栄養ドリンクの山が出来るのも躊躇わず書類を書いて電話をかけている。だが、艦娘と話す時は無理に作った笑顔を浮かべる。天龍と龍田と木曾も訓練に身が入らず、龍驤はそんな仲間にかける言葉が見つからず、夕立と時雨も何時もは五月蠅いほどはしゃいでいるのに、考えこむように歩いては座って、自分の部屋に戻っている。

 直死の魔眼という理不尽を知っているからこその、やり場のない怒り。八つ当たりするか溜め込むか堪えるしかないその怒りを胸にして無理をする仲間に新参の艦娘達は何も言うことが出来なかった。

 

「……直死の魔眼、か。見たことが無いから、私達には何も言えない。それがこの溝を生み出しているか……何とも理不尽な物だな」

「そうさ……この世は理不尽な事ばかりだ」

「その声は……響か。また酒を飲んでるのか。今は戦争中だぞ」

「別にいいだろ。私の勝手だ」

 

 長門の呟きに返したのは真っ白な肌をアルコールで赤く染めた響だった。心なしか、目の焦点が合ってない気がする。

 ヒップフラスクに入ったウォッカを一口飲み、響は長門の隣の壁にもたれた。相当アルコールが回っているのだろう。千鳥足になってしまっている。

 

「こんな事なら私が電を疑った時に殺しておくべきだったか……そうしたらこんな悲しみも背負わなくて済んだ……いや、変わらないか。ククク……」

 

 自虐的な笑いを口にしながら酒を飲む響。これが正気の時に出た言葉なら、長門は仲間に、姉妹に向けてその言葉を吐くのはどういう了見だ、と殴っていただろう。だが、響の目に涙が浮かんでいれば、その言葉は本心ではないのが分かる。だから、長門はそうか。としか返すことが出来ない。

 響の数分置きの飲酒に無言で付き合っていると、響が懐からもう一つヒップフラスクを取り出し、長門の目の前に投げる。それを受け取った長門は疑問を浮かべながらも栓を開ける。中は日本酒だろうか。

 

「愚痴に付き合ってくれるのならあげるよ。私は日本酒は苦手なんだ」

「そうか、ならありがたく頂こうか」

 

 今この場に陸奥は居ない。響と長門だけの一方的な愚痴りあいだ。

 

「言っておくが、日本酒はこの容器に入れるものじゃないぞ」

「瓶で持ち歩くより楽だっただけだ。容器に意味はないよ」

「そうか。で、愚痴りたい事は何だ?この長門、愚痴を聞くのには慣れている」

「戦艦時代に艦の中で愚痴ってた軍人でも居たのかい?」

「軍人ではなく廃棄された同業者だったがな」

「それは愚痴じゃなくて遺言じゃないのかい?ククッ……」

 

 洒落た事でも言って場を馴染ませようとでも思ったのだが、これは馴染んだと言えるのだろうか。

 元々口が硬派な長門にとって、素面で出せる洒落はこれが限界だった。日本酒を口に含んでから飲み込み、響に話せ、と促す。

 響は赤い顔で頷き、再び酒を煽って話し始める。

 

「最初会えた時は誰かと思ったよ。私の代わりに死んだあの子はあんな眼をしていなかったからね」

「あんな眼、とは?」

「この世の全てを殺し尽くしてやるって眼さ。まぁ、そんなのはどうだっていいんだ。もう解決した」

「そうか。それはいい事だ。悩みを抱えては戦場で指先を鈍らせる」

「戦場、か。産まれてから戦場戦場戦場。戦争戦争戦争。人間様は戦いがいお好きなようで。お陰様で私達艦娘は人間様の匙加減一つであの世行きだ。理不尽極まりない」

「だが、その人間様が居なければ産まれることもなかった命だ」

「だから理不尽なのさ。自分達のエゴで産みだしておいて私達には人権の一つも寄越さない。こんなの、ただの奴隷だ。私も、私達も、あの子も」

 

 響の言葉が第六駆逐隊の四人を指しているのは聞かなくても分かった。

 兵器として産まれながらも感情を持ち、思考を持ち、人間の体を持つ。だと言うのに、この仕打ちだ。幾ら戦うために生み出されたとは言え、余りにも人間は勝手が過ぎる。

 

「今思えば、電の眼はこんな世界を殺してしまえっていう神様からのお告げだったのかもね。人間という種族を生体ピラミッドの頂点から蹴落として、新しく艦娘と深海凄艦がその頂点を占める」

 

 自虐気味に笑いながら呟く響の声には悲壮感が詰まっていた。それと同時に、彼女の言葉は聞くに耐えなかった。

 中身がない。ただ、思った事を口にしているだけのようだ。愚痴とは言えない。独り言と言った方が正しい内容だった。

 途中から響もそれに気がついたのか、一気に酒を煽ってヒップフラスクを逆さにして中に酒がないのを確認すると、それを懐にしまい、迷惑かけた。とだけ言ってフラフラと歩き去る。

 

「……響。お前の気持ちは私には分からない。だから、アドバイスもロクに出来ん。すまんな、こんな戦艦で」

「期待してはいないさ。私自身、暇潰しの反面が強かった」

「潰せたか?」

「ぼちぼち。雑巾絞りして一気に潰したいね」

「それはプチプチだ」

「なんだ、ツッコミも出来るんだ」

「それなりにな」

 

 去っていく響。長門は何も言わずに酒を煽る。窓から見える空は深い深い雲に覆われている。

 

「……嫌な風だ。まるで……」

 

 日本軍の敗戦が濃厚となった、ミッドウェー海戦の日に感じた風のようだ。口に出すことは無かったが、長門の雰囲気からそれは察せれた。

 静かな海を見て長門は溜め息をつくしか出来ない。が、ここで疑問を感じた。

 静かな海?今は昼間。デモ隊がデモをしている時間帯だ。なのに、何故静かなんだ?まさか、軍が動いて排除したか?と考えたが、その可能性は低い。なら、何故。

 嫌な予感を感じ、ヒップフラスクに栓をしたその瞬間、けたたましい程の警報が鳴り響いた。何だ。そう国にする前に放送が流れた。

 

『秘書艦の龍驤や。大至急、艦娘の皆は司令室に集合するように!繰り返すで!』

 

 龍驤の声が聞こえる。タダ事ではない。すぐにヒップフラスクをポケットに仕舞って走り出す。この場所は司令室からは遠い。長門がついたのは第六駆逐隊の三人が揃う数分前だった。

 すまない、遅れたと口にしたが、提督は気にするな。とだけ言い、待機を命じる。

 数分後に泥酔した響を暁と雷が肩を貸して運んできた所で提督が口を開いた。

 

「……急な事だが聞いてくれ。つい数分前、大本営から全鎮守府及び全艦娘を運用する超大規模作戦が発令された」

『ッ!?』

 

 提督からの言葉に全員が息を呑む。全艦娘による超大規模作戦。それは、相手である深海凄艦が現存する艦娘全員の手でなくては殲滅しきれない事を意味した。

 かつての大規模作戦はどれも甚大な被害を被った。避難指定区域の設定を見誤ったため、民間人にすら被害が出た作戦すらある。だから、今回は先にデモをしていた住人を退去させたのだろうか。

 提督はさらに作戦概要を口にする。

 

「作戦開始は一週間後の一二〇〇。それまでに、大本営からの新艤装を馴染ませ、我が鎮守府は艦隊を二つに分け、敵の前哨艦隊を殲滅せよとの事だ」

 

 恐らく、そこからは他の鎮守府の艦娘が引き受けるのだろう。練度もそれほど高くないメンバーしかいない鎮守府にはこれが精一杯の事だ。

 質問は?の提督の言葉に泥酔した響が手を上げる。何か喋れるのか?と皆が視線を向けるが、響は気にせず口を開いた。

 

「敵の数が知りたい。なるべく、具体的な数をだ」

「なるほど、確かにそうだな。龍驤、スクリーンの用意を」

 

 提督の言葉に龍驤が頷き、スクリーンが天井から降ろされ、映像が映しだされる。

 その光景は、真っ暗な海が映っているだけだった。が、響はそれを見て赤かった顔が青く染まる。

 

「……流石に酔いも覚める冗談だよ、司令官。敵が八割に海が二割かい?」

「敵が九割、海が一割だ」

 

 その言葉に司令室が騒然とする。あの黒い海が全て、深海凄艦だと?冗談ではない。こんな物量にどうやって対抗したらいいんだ。全員の頭がそれで埋まるが、提督が一度手を叩き、それを鎮める。

 

「流石にこれを相手にするのには現状の装備では足りないものがある。そのため、大本営は数人の艦娘に改二艤装を支給するとの事だ」

 

 改二艤装。艦娘の力を最大限、もしくはそれ以上に引き出すことが出来る、現行の艤装とは比べ物にならない艤装だ。

 

「改二になるのは、暁、響、夕立、時雨、木曾、龍驤の六名。そして、熊野、鈴谷は航空巡洋艦に、それぞれ改装する。他のメンバーも、改修艤装が送られてくるから、この一週間の間に馴染ませておくように、との事だ」

 

 無茶を言っているのは分かっている。そう、提督の顔には書いてあった。

 本来はもっと練度を上げ、従来の艦装では物足りなくなった艦娘へと与えられる改修艤装と改二艤装。それを現状の艤装で満足している艦娘に一週間。いや、運搬の手間を考えれば数日で使いこなせるようになれという。無茶苦茶な要求だ。

 だが、やらなければ負けるのは目に見えている。提督の言葉を否定する事など持っての外。二つ返事で返し、他に質問はないか、と提督は聞く。それに、暁が手を上げる。

 

「なんだ、暁」

「……その、電の件はどうなるの?もう一ヶ月も経って超大規模作戦まで……」

 

 その言葉に艦娘達が浮かべる表情は千差万別。提督はすぐに暁へと言葉を返した。

 

「超大規模作戦が終わるまでは保留だ。それ以上の事は言えない」

「そ、そう……」

 

 提督の言葉に暁は、その事件を知っている艦娘は口を閉じた。が、その空気の中で一人の艦娘が口を開いた。

 

「あのさー、鈴谷達が着任してからもずっと電が電がって言ってるけどさ。その件の電は街中で殺人をしたわけでしょ?なら、罰せられて当然なのに何でこんなにも処罰を渋ってるの?」

 

 口を開いたのは鈴谷だった。その鈴谷の言葉に雷と暁は怒りに任せ口を開こうとするが、肩を貸してもらっていた響が髪を引っ張ってそれを止める。

 鈴谷の言葉に頷いているのは熊野と大鳳。彼女等も鈴谷の言葉には異論はなく、同意を表していた。まるで、鈴谷が二人の言葉を代弁しているようだった。

 

「悪いけどさ、鈴谷達はここに戦いに来てるの。なのに、ここまで出撃も無しにいきなり超大規模作戦って……いくら何でもさ、少しは遺憾がある訳なんだけど。そこんとこ、どうなの?提督と第六駆逐隊。それと、鈴谷達より前に来た人。鈴谷達は電って子には何の思いやりも無いからこうやって言ってるから、怒られても謝らないよ。デリカシー無いのには謝るけど」

 

 こんな場でなければこうやって言うことはできないだろう。鈴谷の言葉に口を開いたのは、天龍だった。

 

「確かに、鈴谷の言うことにゃ一理ある。いや、そう思って当然だ。だけどな、お前達には分からないが電にはそれをしてしまった理由がある訳だ。だから、オレ達は納得できない」

「あー、殺人衝動、だっけ?それでもさ。例えば、狂人が殺人をしたとしても、罰せずに見逃せるの?」

「だからだ。理由はある。だが、あんな理不尽で罰するのには納得できていない。けど、しなきゃいけない。皆が皆そう思っちまってるからここまで引き摺っちまっている」

「あっそ……だってさ、熊野、大鳳」

「確かに、仲間を思いやるのはいいですわ。けど、それを命のやり取りに持ってきて欲しくない、というのが本音ですわ」

「早く決着を付けて気持ちを入れ替える。それが重要だと思います。電さんも一ヶ月近く独房で拘束されているんですから、終わらせるんなら終わらせた方が本人の為だと思います」

「反論のしようもないな。けど、理不尽だから粘っちまうのさ」

「理不尽だ何だでここまで引き伸ばされても……」

「そこまでだ、鈴谷、熊野、大鳳、天龍。これはここまで引き摺った俺達にも非はある。だが、超大規模作戦が発令してしまったのには変わらない。俺から言えるのはこの一週間の間に万全の体勢を整えてくれという事だ」

 

 提督の言葉に鈴谷達も、天龍も黙る。しかし、その四人に敵意の視線は向けられない。鈴谷達の言うことは最も。天龍の言うことも最も。そう思ってしまうのは仕方のない事だ。だから、天龍も詫びたし、鈴谷も怒った。けれど、止まらなかった。だから、提督が無理矢理止めた。

 

「鈴谷、熊野、大鳳、長門、陸奥。無茶苦茶な要求をしてるのは俺にだって分かる。けど、やるしかないんだ……頼む、理解してくれ、完全に受け入れてくれとは言わない。だが、出来る事はやってほしい」

「……まぁ、鈴谷も怒りすぎたよ。確かに、鈴谷も熊野が薬とか打たれて狂って人殺して捕まったら限界まで粘るだろうし」

「そうですわね……わたくしも鈴谷と同じ事を思って行動しますわね。少し、みっとも無かったですわね」

「はい。こうなってしまったらもうどうにも出来ませんから。精一杯を尽くすだけです」

「あぁ。そろそろ、オレ達も腹を括らなきゃいけねぇからな。分かっちゃいるんだけどな……」

 

 腹を括る。つまりは、電の死刑を受け入れる。提督が何度も掛け合っても認められることの無かった電の救命を。

 暗い雰囲気になる室内。だが、その雰囲気を晴らす事が出来る者はいない。

 時間が経ち、自然と解散という雰囲気が漂い、段々と艦娘達は司令室を去って行った。残ったのは、長門と陸奥、それと第六駆逐隊だった。

 

「……提督。もう、駄目なのね」

「そうみたいだ……過去三度の人殺しから、もう看過は出来ない、と」

「言わせてもらうが、当たり前の結果だ。むしろ、すぐに処分されなかったのが奇跡だ」

 

 暁の諦めの言葉。それを肯定する提督の言葉と長門の第三者視点からの言葉。

 そうだ、ここまで電が生かされてきたのが奇跡だ。一ヶ月近く猶予を貰えたのが奇跡なんだ。そうは思っても悔しさと悲しさと怒りが混ざり合って何とも言えない気持ちに変化する。

 一ヶ月近くのデモ。そのせいで、既に政府内では艦娘の運用禁止、そして全艦娘の解体の案が飛び出している。現在は海外、特にアメリカからの圧力があるためどうにかなっているが、次に小さなイザコザでもあったら確実に艦娘の運用は禁止となり人類は滅びるだろう。国民への体裁を保つのに政治家も必死なのだ。必死過ぎて数年先が見えていないだけとも言えるが。

 それを何とかするための今回の超大規模作戦とも言える。艦娘の深海凄艦への有用性を政府に見せつけ、信用を取り戻すための、超大量の深海凄艦に対する、二百に満たない艦娘での全面戦争。これで輝かしい戦績を残せば、政府は嫌でも深海凄艦に対する核より効果的な艦娘の性能を認めるだろう。

 そして、電の死刑によっても、海軍は信用を取り戻す。

 

「……悪いが、これに関しては私は産まれを呪え、としか言えんのでな」

「そうね……産まれが悪かっただけよ。それしか、言えないわね」

 

 長門と陸奥の言葉に、暁と雷の肩が震える。怒りではないのだろう。長門と陸奥はここに居ても彼女達を傷付ける発言しか出来ないと悟り、無言で部屋を出て行った。

 それと同時に、暁と雷の膝が崩れた。響は何とか自分の足で立っているが、帽子を目深に被り直す。

 

「電が……あの子が何をしたっていうのよ!!何であんな忌々しい眼を持って産まれなきゃいけなかったのよ!!あんな優しい子が!!」

「こんな事になるんなら、私が代わりに全部を引き受けておくんだった……そうしたら、そうしたら電はこんな事にならなかったのに!!」

 

 暁と雷の慟哭。それを聞き、提督は何も言えなかった。慰めるための言葉が見つからないから。

 

 

****

 

 

 翌日。大本営からは輸送ヘリで艤装が送られてきた。提督はそれを全て、妖精さんと共にチェックしてから艦娘達を召集。改二艤装及び、改修艤装を装備させ、演習をするようにと命令した。

 暁はかつての最後に戦った時の装備を再現した暁改二に。響はロシアの技術協力の元、ソ連へと送られた響の再現、信頼の名を冠するヴェールヌイに。木曾と龍驤は、もしもの可能性を実現させた木曾改二、龍驤改二に。夕立は純粋なる性能強化、時雨は最終時の武装を元に艤装が作られ、夕立改二、時雨改二へと強化された。

 その他の艦娘も全員、艤装を強化し、改修し、改となった。だが、その中で雷だけは少し違った。

 雷は艤装を装着したあと、提督に呼び出され、提督からある物を渡された。

 

「……司令官、これは?」

「電が使っていた専用刀、迅雷だ。唯一、第六駆逐隊の中で改二がないお前にこれをやるのが一番だと思ったからな」

 

 提督から渡されたのは、たった一度しか使われなかった電専用の刀、迅雷だった。抜いてみれば、銀色の刀身が光を反射する。

 まさに、電の遺品とも言えるそれは、本来あるべきロックを全て外され、雷へと渡された。雷はそれを何も言わずに腰へと吊るし、柄を優しく撫でる。無骨で、たった一度しか使われてなかった刀だが、何となく愛おしく感じた。

 

「雷!もうすぐ演習よ!」

「司令官、雷を連れ出すのは勝手だけど、手を出したら撃つからね」

 

 少し遠くから改二になり、服に黒が増えた暁と、姉とは反対に真っ白になった響、ヴェールヌイが呼んでいる。

 

「響、その可能性は無いから安心しろ。ほら、雷、行ってこい」

 

 少し巫山戯た響に笑いながら言葉を返した提督は雷の背を押した。雷は分かってるわよ、と笑顔で言うと、暁とヴェールヌイの元へと駆けていった。

 そして、演習のために海へと向かう三人の背中は、どこか寂しそうで、何か物足りなかった。

 提督はその背中を手を振って見送ると、持っていた書類を幾らか捲り、最後に近いページを開き、呟いた。

 

「……そういう事かよ、大本営様よ」

 

 その言葉は誰の耳にも届かず、提督は天井を仰いだ。

 書類は、輸送完了のチェックリストの一つだったが、その紙にはデカデカとそれは書かれていた。

 『駆逐艦『電』専用試作改零式装備』と。




大本営から送られてきた電の謎艤装。果たして使われる時は来るのか……

恐らく、次回からは超大規模作戦が始まり、そのまま完結へと駆け抜けます。超大規模作戦の話を書き終わるまでは更新はありません。書き終わり次第、一日一話更新し、そのまま完結します

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