直死の眼を持つ優しき少女   作:黄金馬鹿

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暴走状態とは言えど、多少なりとも電の理性はあります。刃物持たせたら斬りかかってくる事には変わりありませんが


殺人鬼 後編

 天龍と龍田はすぐにやってきた。ノックをして声を聞く間もなく扉を蹴り開けるように入ってきた天龍はかなり苛つき、龍田もそれなりに機嫌が悪いようだった。まぁ、無理もないだろう。提督は椅子から立ち上がり、デスクの前に立った。

 

「おい、説明してくれよ」

「くだらない用だったら怒っちゃうわよ〜?」

 

 怖かった。主に薙刀を持つ龍田が。

 

「……電が暴走した。部屋の中は滅茶苦茶だ。このままだと市民を無差別に殺しかねない」

「……なに?」

「すまん、俺のミスだ。電の様子が可笑しい事に気付かずに電を鎮守府の外に出してしまった」

「ちょ、ちょっと待て!一体電に何があったんだ!?」

 

 流石に詳しい事を話していなかったせいか、天龍が困惑しながらも提督に聞く。龍田は何となくだが事態は察しているのか、何時もは細めている目を開き、提督を見ている。

 天龍についさっきの事を懇切丁寧に説明すると、天龍は小難しい顔を一瞬したが、すぐに焦りだした。無理もない事だ。

 

「天龍、龍田。脚部艤装を装着して暴徒鎮圧用陸戦装備を持って電の確保に向かってくれ。今は第六駆逐隊の三人が向かっている。俺も準備が出来次第、街へ向かう」

「そう言う事は先に言え!龍田、行くぞ!」

「えぇ、これはちょっと由々しき事態だものね」

 

 天龍と龍田が部屋の外へと出ていく。提督は部屋の中のロッカーを開け、中から提督専用の拳銃を取り出し、マガジンとチャンバーの中が空なのを確認してからゴム弾の詰め込まれたマガジンをセット。スライドを引きチャンバーへと弾を送り込み、取り出した拳銃用のポーチに突っ込んで腰に装着。軍刀を反対の腰に吊るし、すぐに格納庫へ。

 格納庫のジープに鍵を突っ込んで回し、エンジンを吹かす。車がもう一台無いのを見ると、暁達は車で出て行ったのだろう。艦娘に免許は必要ないため、特に咎める事はない。が、小学生から中学生にしか見えない彼女達は果たして無事に運転できたのか。そこが不安になる。

 車を発進させると、丁度脚部艤装と陸戦装備、それに加えて其々の得物である太刀と薙刀を持った天龍と龍田が走ってきた。彼女達の前で車を止めると、二人は走ってきた勢いそのまま車の後部座席に乗り込み、提督はそれを確認することなく発進させた。

 

「場所は分かってんのか!?」

「分かってないから探すんだよ!」

「これがリアル鬼ごっこってやつかしら?」

「少なくともそれはちげーよ!」

 

 天龍の声を聞きながら提督は車を走らせる。捕まると面倒なので法定速度を守りながら。

 

「そこはかっ飛ばそうぜ!!?」

「捕まると面倒なんだよマジで!!」

 

 

****

 

 

 赤い視界の中で電は何も考えずに歩いていた。ロングスカートの内側にはナイフを隠して赤い眼を隠そうともせずにブラブラと。誰を殺そうか、どの線をなぞろうか。

 視界の中には死の線と、渦と、点。三つの死が視界と脳を蹂躙し、頭痛を催す。筈なのに、その頭痛は感じない。

 

『いいから誰か、電を連れ戻せ!!』

 

 こっそりと持ってきた無線機から男の声が響いてくる。イヤホンで音楽を聞いているフリをして、少女と男の指示する場所からフラフラと離れて行く。

 何で離れるんだ?そう考えることも出来ない。ただ、頭にあるのは殺したいという衝動。人を殺して、その血を浴びて、生を実感し、死を実感したい願望、衝動。殺人衝動と名付けられたその衝動に電は従う。

 抗うことは出来ない。抗う事自体が間違っていると感じ、本能が拒否する。抑え込めないこの衝動は、胸の中に抱えながら歩くには少々暴れ過ぎている。早く、早く鎮静させたい。

 何も考えずに歩いていると、何かに肩が当たった。死の塊だ。見ているだけで吐きそうになる。もう、これを殺しちゃおうか。そう思い、ボーッとしているといきなり腕を掴まれ、近い路地裏へと引きずり込まれ、壁に押し付けられる。

 何なんだ、この死は。ボーッとしながら自分に下衆な笑みで話しかけるそれを見ると、何日か何週間か忘れたが、初めて外出した時に誘拐した馬鹿な男達だった。何人か増えてるが気にする事じゃない。むしろ、感謝するべきか。

 こんな人っ子一人寄り付かないような場所に引きずり込んでくれたのを。片腕を掴んで壁に押し付け、服に手をかけた目の前の男の死の線は、渦は、点は既に見えている。殺す手段は幾十とある。

 ニヤリと笑うと、目の前の男は何を勘違いしたのか乱暴に服を破ろうとしてくる。が、この笑みはそんな誘い受けの笑みでは無い。殺意の笑いだ。

 一瞬でロングスカートを捲り、ナイフを抜刀。逆手で一閃する。

 死の線が裂け、赤いナニかが溢れだす。あぁ、これだ。この暖かさだ。この液体を求めていた。さらにナイフを振るえばさらに目の前の肉は解体され、その温かい液体を噴出させる。そして、感じるのは充実感。これを求めていた。この充実感を求めていた。

 人を殺し、血を浴び、死を与える。この一連の動作が、一連の世界に決めつけられた動作を求めていた。

 一人殺せた。後ろにはあと何人かいる。吐いているのもいる。

 

『いいから見つけるんだ!早く!!電をこのまま放っておいたら手遅れになる!!』

 

 イヤホンから提督の声が聞こえる。それに答える姉妹達の声も聞こえる。が、理性には届かない。

 真っ赤になった視界にはそんな物は響かない。ナイフを逆手に、手に付着した血を舐め、軽く構える。

 さぁ、殺人の時間だ。

 

「死ね」

 

 そう呟いたのか、元々何も言っていなかったのか、それは定かではない。

 

 

****

 

 

 街の中を武装した少女が走り回る。肩にはショットガン、スカートと足の境界線には拳銃、腰にはフラッシュバンが括りつけられて、足には鋼鉄の何かが着いている。それだけで彼女が、街の中を走り回る三人の少女がメディア露出すら殆どしない存在、艦娘だという事が分かった。

 最初はその容姿と装備、そして乗ってきた車から、警察が声をかけたが、何かを見せつけただけで警察は何も言わずに敬礼し、彼女達を見過ごした。

 街中を走る少女の一人、雷はショットガンが落ちないように肩掛け用の紐を握り締めながら走る。直死の魔眼の事を、電の次によく知る彼女は、誰よりも焦っていた。あの眼を持って暴走されたら、文字通り地獄が生まれると分かっているから。

 あの時、魔眼で見た光景は余りにもこの世から離れていて、恐ろしくて、美しくて。胸の中に生まれていた想いは、この線をなぞってみたいという気持ち。そして、それを拒むような心からの叫び。雷は前者を認識せずに後者を認識し、目を潰した。

 もし、電が前者を取り、それを拒む理性が潰れていたのなら。説得なんて出来る訳がない。だから、雷は誰よりも焦り、誰よりも緊張していた。その緊張のせいか、頭が痛くなり、吐き気もして、目眩まで起きるような錯覚に襲われる。

 

『北エリア、見つからないね』

『南エリアもよ。司令官、東の方は?』

『駄目だ、見つからない。中央と西は?』

『中央、駄目だ。何処にもいねぇ』

「西もよ。郊外の龍田さんは?」

『いないわねぇ……』

 

 何処にいる。焦りが酷くなり、心臓が高鳴る。落ち着け、落ち着かなければ見つかる物も見つからない。動かしていた足を止め、深呼吸をする。

 やはり、海とは違って潮の香りはしない。何だか、生臭い臭いと鉄臭い臭いがして気分が悪くなるが。

 だが、ふと気が付く。こんな臭い、こんな街中でする物なのかと。この臭い、まるで死臭……

 

「まさか!」

 

 気が付いたら、走りだしていた。その臭いのする方へ。この臭いの発生源は少し先の路地裏。拳銃を抜き、フラッシュライトを装着。電源を入れ、その路地裏の前へ立った瞬間、構える。

 ――その先にあったのは、地獄絵図だった。

 血が至る所に飛び散り、肉が弾けて、人だった何かが転がり、異臭を放つ。地獄だ。この光景を表すなら、その言葉が相応しい。

 だが、その中に。その地獄の中に立ち尽くす、一人の少女。光に照らされ、全身を赤に染めた彼女は、まさに雷が探していた少女だった。

 

「いなづ……」

 

 彼女の名前を全て口にする事は許されなかった。彼女は血が水溜りのようになっている地面を蹴り、ナイフを手に突貫してきたのだから。

 まさか、いや、何で。考える間もなく艦娘としての力を存分に発揮し、歩道を飛び出し、車道まで後退。その数瞬後には電はさっきまで雷がいた所をナイフで斬っていた。

 今の電は正気じゃない。直感的に感じたそれに従い、周りを確認。何事かと思った市民がチラホラと見える。車も雷が飛び出してきた事で急ブレーキをかけ止まっている。

 このままじゃ市民を巻き込む。すぐに判断し、空へ向けて拳銃のトリガーを引く。

 発砲の音と共に市民達はこの光景が異常だと判断し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。電はその市民を見て、殺そうと体勢を整える。

 

「電ッ!!」

 

 させない。電へ向けてトリガーを三回引き、ゴム弾を飛ばす。しかし、電はすぐに標的を雷へと変え、ゴム弾を避け、近付く。

 それに対応して雷は横へ飛んで腰からフラッシュバンを取り出し、歯でピンを抜いてその場に捨て、電が突っ込んできた所で前方へ大きく飛び、目を覆う。しかし、光と音は聞こえない。

 すぐに目を覆った手を退ければ、電はフラッシュバンにナイフを突き刺していた。

 殺された。舌打ちをして拳銃を構える。

 小細工は効かない。話し合いも恐らく無理。なら、肉体言語しかない。突っ込んできた電に向けてほぼ零距離で拳銃のトリガーを引く。しかし、ナイフで拳銃を払われ、明後日の方向に弾丸が飛んでいく。それと同時にナイフが振るわれる。それを寸前で避け拳銃を撃つ。残り五発。リロードしている暇はない。

 ナイフを拳銃で受け止めた瞬間、腹に物凄い衝撃を受け、体が吹き飛ぶ。

 

「あぶっ……ァガッ!?」

 

 蹴られたと判断するのにそう時間は必要なく、吹き飛ばされた瞬間に拳銃の先だけを電へ向け、四発弾を放つ。しかし、その全ての弾丸はナイフによって斬り裂かれる。

 弾が一発だけチャンバーにあるのを確認してから、チャンバーに最後の一発が送られたため空になったマガジンを排出。タクティカルリロードでスライドを引く時間を省き、さらに銃口を向ける。

 艦娘としての力を使えていなかったら、きっと既に死んでいる。さっきの一撃だって、地面に蹲って吐いていた事だろう。それ程重い一撃だった。

 腹を抑え、考える。あの、殺意の塊となった電を止める方法を。殺人鬼となった電を止める方法を。艦娘と対抗できる生身の電を止める方法を。

 フラッシュバンは残り一つ。拳銃のマガジンももう無い。ショットガンの弾丸は元より詰め込んである七発だけ。しかも、散弾ではなくスラッグ。当てるのは至難の業だろう。

 考えている内に電は再び突っ込んでくる。ナイフを拳銃で受け止めようとするが、嫌な予感が体中を走り、体を後ろへ飛ばす。拳銃は間に合わず、ナイフと当たったが、ナイフは拳銃を斬り裂き、雷の服を斬っていった。

 

「やっぱり直死の魔眼って反則!!」

 

 使い物にならなくなった拳銃を投げ捨て、ショットガンを片手で構え、一発。しかし、その弾丸も斬られる。素の身体能力で弾丸斬りが出来るなんて反則だ。雷が心の中で叫ぶが勿論聞こえない。

 再び斬り込んでくる電。ナイフをショットガンで防ぎ、弾く。が、電はすぐに上段からナイフを振り下ろす。ショットガンで防ぐが、ショットガンがまるでバターのように斬り裂かれる。しまったと思うがもう遅い。左肩から右脇腹まで一気にナイフで斬られ、血が吹き出す。

 

「イッ……あ、ぐぁ……!」

 

 痛い。物凄く痛い。が、耐えられない程じゃない。やはり、艤装と艦娘の体に助けられた。生身なら今頃悶絶している。

 砲弾の爆発を受けても無事な体だからこそ、情けなく喚き散らす事は無かったが、それでも顔が苦痛で歪む。そして、激痛には変わらない痛みで体が思うように動かない。

 駄目だ。次に来られたら防げない。

 己に近付く死が見えるようだ。認識できるようだ。血は留まる所を知らず、地面に赤色の水溜りを作り出す。

 傷口は死んではいない。ショットガンの死の線の延長線上にあった体を切り裂かれただけ。だが、血を失いすぎたためか視界が霞む。いや、これはただ単に自分の傷を見てショックを受けたからか。吐き気と頭痛もしてきた。このままだと倒れてしまうかもしれない。

 再び電が突っ込む。駄目だ、死ぬ。

 そう確信した時、一瞬。ほんの一瞬、視界が元に戻る。その先にあるのは、かつて見た、あの光景。死の線が世界を覆う視界。

 何でこれが。そう思うのも一瞬。体は既に動いていた。

 ナイフに走る死の線を手刀で斬り裂き、ナイフを殺す。驚いた電の顔を鷲掴みにして力任せに地面へと叩きつける。それと同時に雷も顔面から倒れこむ。鼻が痛い。

 

「い、かづち……ちゃ……」

 

 最後に聞いたのは、何時もの優しい電の声だった。

 あー、死にそ。雷は心の中で愚痴ってから気絶した。




雷さん、必死とはいえ人外パワーで電の後頭部をアスファルトに叩きつけるの巻。我々の業界でも殺人です

まぁ、電も式や志貴並の身体能力あるから平気平気(?)

あと、この戦いは龍田さんと天龍さんが居たらすぐに電を無力化してくれました。この鎮守府の近接戦最強は龍田さんで次点が天龍さんと木曾さんなんで……

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