直死の眼を持つ優しき少女   作:黄金馬鹿

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 色々設定の甘い部分はありますが、楽しんで頂けると幸いです。今回は海域での戦闘が入ります


駆逐艦『電』 後編

 進軍は至って順調だった……と、言うのも既にある程度の安全は確保された鎮守府正面海域。敵である深海棲艦がわんさか居ては問題でしかない。

 今回は出撃という名のパトロールなのでそう気を張り詰める物ではない。だが、鎮守府設営の際、この辺りに居た深海棲艦を一掃したため、その残存勢力がいる可能性もある。

 電探に意識を割きながら肉眼での確認も怠らない。電と暁は索敵しつつ、初めての姉妹の会話をしていた。

 

「まさか、こんな形でまた会えるなんて思わなかったわ、電」

「私もなのです。また会えて嬉しいのです」

「嬉しいんだけど……電、何か変わった?」

 

 暁がふと尋ねる。鉄の駆逐艦だった時の電とは雰囲気が違う気がする。

 初めて会った時に着けていた目隠しもそうだが、どこか普通とは違う気がする。

 

「それに電、何でかこっち見ないわよね?」

 

 その時、電の笑っていた顔が一瞬凍り付いた。が、すぐにさっきまでの笑顔に戻った。

 が、その顔はさっきとは違い、どこかおかしい。なにかを隠しているような顔だった。

 

「な、なんの事ですか?」

「じゃあ、こっち向いてよ、電」

 

 電だって、姉の顔を見たいのは山々だ。だが、それと同時に見たくない。

 この眼が見る彼女が、容易に予想出来る。視界の中で線が走り、全身が崩れるように輪切りになり、崩壊していく世界。

 全ての生物が、いや、無機物にさえ見えてしまうソレが、姉に浮かんでいるのを見たくない。

 自分の手に視線を向ければ、忌々しいそれが見える。それと同時に吐き気とどうしようもない気持ち悪さが襲ってくるが、自分に浮かぶソレにはもう慣れた。

 姉に今は哨戒任務中なのですと冷たく返し、電探に意識を割く。

 

『そんな冷たい事言わずに話したらどうだ、電』

 

 艤装に内蔵されている無線装置から電だけに聞こえる程度の音量で司令官からの言葉が聞こえてくる。

 可笑しい、こっちの会話は無線装置を起動させないと聞こえない筈なのに、と思っていたら出撃する時に起動させていたのを忘れていた。

 

「女の子の会話を盗み聞きするなんて、変態さんなのです」

『まぁ、そこは許してくれ。それより、敵は今は居ないんだろ?別に、姉妹の会話に華を咲かせる程度じゃ怒らないよ』

 

 なんとも軍人らしくない。と思ったが、ここに来るまでに聞いた話で、彼は軍のお偉いさんにスカウトを受け、最低限の訓練を受けてから提督になったと聞いたのを思い出した。

 民間人上がりの彼が、幼い女の子にしか見えない彼女達に優しくするのは全然不自然では無かった。なんで、資料用の写真が死んだ目で髪の毛もボサボサだった当時の荒れた彼女を初期艦に選んだのかは謎だが。

 だが、そんな事を言われると、お子様な姉の暁が調子に乗って目の前に出てきて顔を合わせようとするのは目に見えている。

 顔を逸らしてそれを回避する。

 

「むぅ……えいっ!」

 

 それに軽く怒った暁が電の顔を両手で挟んで無理矢理正面に向かせる。

 電の視界には黒色の髪の姉が、暁の視界には青い、どこか不気味な眼を持った、髪の毛の先端を上に向けて束ねた妹の姿が見えた。

 

「あれ?電の眼って、青かったっけ?」

 

 彼女の中の電は、確か鳶色の目をしていた。こうやって顔を合わせたのは初めてだが、そんな感じがしていた。が、それは外れていた。

 どこか、違う所を見ているような眼は、なんだか少しだけ不気味だったが、綺麗な眼だった。吸い込まれてしまいそうな程。

 だが、電は何も反応しない。それを不審に思った暁がおーい、と声をかけ、目の前で手を振った瞬間、電は急に暁の手を振り払い、横を向いた。

 息を荒げ、口元を抑える電は、明らかに様子が可笑しかった。まるで、襲ってくる何かを必死に抑えつけるような。

 

「い、電?」

 

 暁が声をかけるが、電は荒げた息を抑えようと必死だ。

 

「あ、暁ちゃん。ちょっとだけ休ませてほしいのです」

 

 電の震える声を聞き、暁は速度を抑えて索敵に集中する。その瞬間。

 

「げっ、二時の方向になにかいるわ!数は二、肉眼じゃまだ確認できない!」

『双眼鏡はあるか!?』

「ないけど……電、借りるわよ!」

 

 暁が電が首にかけていた双眼鏡をそのままのぞき込む。体が密着するがお構いなし。

 

「……居た!駆逐イ級が二隻!こっちに向かってきているわ!」

『戦闘準備!射程距離に入り次第砲雷撃戦!!』

「了解!」

「あ、暁ちゃん……く、くるしいのです……」

「ご、ごめん」

 

 どうやら運悪く首を絞める形になっていたのか、電が青い顔をしながら暁をタップしていた。

 双眼鏡が自由になり、暫く酸素を補給した電は暁の前に移動し、敵の方向へと移動を開始した。

 移動する事十数秒。段々とイ級二隻が姿を現した。

 

「魚雷良し、主砲良し。何時でもいけるわ!」

「私もなのです」

 

 相手は既にこちらを確認していたのか、一直線に突っ込んでくる。

 そして、電の眼にはアレがくっきりと見えた。それと同時に、さっき抑え込んだあの衝動も。

 

「……」

 

 駄目だ、抑えきれない。ふつふつ沸いてくるそれは、電の心を侵食する。

 相手は殺していい。抑える必要はない。そう無意識に思うと、抑えが効かなくなる。

 そして、有効射程内に入ったとき、それはピークに達する。

 

「電、一斉射撃……」

「殺す……殺す!!」

「ちょ、電!!?一人で前に出ちゃダメ!」

 

 暁が何か言ったが、お構いなしに速度を最大にして砲門を構えるイ級に向かって突撃する。スカートのポケットからは一振りの、安物のナイフを取り出し、主砲すら撃たずに突撃する。

 

『何っ!?戻れ、電!集中砲火されるぞ!!』

 

 構うもんか。既にアレは、『線』は見えている。

 イ級の口から生えた砲門が火を噴き、電へと殺到する。が、その砲弾も見えている。

 一発は至近弾、もう一発は直撃弾。なら、確実にノーダメージで行ける。

 ナイフを構え、その瞬間に砲弾が目の前に飛来していた。

 が、それよりも電が速い。銀の一閃が煌く。その瞬間に水柱が上がる。

 

「電!!」

 

 直撃だ。あんなのは中破は確実、下手をしたら大破だってしてしまうだろう。すぐに救出に行けなければ。そう思った直後、変な違和感に襲われる。

 直撃したのなら爆発が起きる。それは当たり前の事だ。だが、可笑しい。直撃したのに爆発が起こっていない

 疑問に思った直後に水柱は収まり、現れたのは、敵に向かって突き進む無傷の電だった。

 

「よ、よかった」

 

 だが、暁の眼には直撃していたように見えた。何でだと思うが、ここは電を呼び戻さなくては。声を上げようとした直前、暁の眼が魚雷を発射するイ級を捉えた。

 

「電!避けて!!」

 

 一直線に突っ込んではタダの的だ。当たれば最後、大破し機動力が落ちた所を撃たれ、轟沈してしまう。

 暁は危険を覚悟で機関を最大にし、水面を滑る。だが、同じように突っ走る電には追い付けない。

 そして、魚雷は電に接触する。その直前。電は飛んだ。

 暁が思わず絶句する。水面を立つ形で浮かんでいる艦娘は、装備が軽ければある程度のジャンプは出来る。だが、それで魚雷を避けようなんて普通は思わない。

 魚雷を飛んで避けた電は危なげなく水面に着地し、再び全速で突っ込む。まさか素手で殴る気なんじゃ、と暁は思うが、そこで電の手にナイフが握られているのを確認する。

 基本的に、深海棲艦には人間の武器は通用しない。それは、刀剣類もだ。通じるのは艦娘の武器のみ。

 だから、電のナイフはイ級には通用しない。筈なのに。

 

「死の塊が、私の前に立つな!!」

 

 電は限界まで集中力を高め、二隻とすれ違うホンの一瞬の間に、ナイフを振るう。

 ナイフが振りぬかれ、銀色に太陽の光で煌くソレで切られたイ級は、体から血のような物を噴き出す。さらに後方で方向転換した電のさらなる一撃でイ級は機関を破壊させられ、二隻同時に沈んでいった。

 暁が、再び絶句する。ナイフ一本でイ級を二隻同時に沈める。そんな有り得ない光景に絶句しない訳がない。司令官が何があったのか説明するように声を荒げているが、気付けない。

 

「……戦闘終了、なのです。旗艦、電及び、暁。共に無傷。完全勝利なのです」

『そ、そうか……よかった』

 

 暁の悲鳴にも似た声しか聞いていなかった司令官は、二人が無傷なのを聞いて安心した。

 司令官は付近を探索後、帰還するように言うと、通信を切った。

 電はゆっくり暁に近寄ると、顔を見ないように声をかけた。

 

「暁ちゃん、終わったのですよ」

「……電、そのナイフは?」

「そこら辺に売ってる安物なのです」

「……じゃあ、なんでそれでイ級を倒せたの?」

「そうですね……」

 

 電は初めて自分から暁の眼を見て言った。

 

「私には、『死』が見えるのです」

「死が、見える?」

「万物に訪れる死。それを見る……視てしまう眼、それが私の眼なのです。この眼を使って、イ級を『殺した』。それだけの話なのです」

 

 言っている意味が分からない。死が見える?何の冗談だ。

 

「司令官さんにも。勿論、暁ちゃんにも死はあるのです。こう……死の線が全身に……」

 

 電の眼が妖しく暁を見つめ拘束する。電は無抵抗な姉の肌をゆっくりとなぞり……途中で止める。

 

「ふふっ、冗談なのです」

「……どこまでが、よ」

「どうでしょう?暁ちゃんの死の線をなぞった事がかもしれませんし、そもそも全部が冗談かもしれませんよ?」

「……」

 

 暁は直感で思う。電は本気だと。言っている事が、だけではなく、自身を殺す気だったと。

 彼女の殺意が指越しに伝わってきた。恐らく、あれが電の本性。理性で抑えつけた本能。

 殺したい、死を送りたい。無作為に殺したい。

 殺人衝動を抱えた、心優しさを持つ、矛盾した少女。殺したいけど殺したくない。助けたくないけど助けたい。

 

「あ、電探が何か捉えたのです。ちょっと行ってくるのです」

「……電」

 

 背中を向け、捉えた物を見に移動し始める電を呼び止める。

 

「辛かったら相談して。力になるから」

 

 電が何を想い、どんな感情を抱いているのかは分からない。だが、彼女を支えることは出来る筈だ。

 電は足を止め、暁の言葉を聞くと、再び移動を始めた。

 直接死を見て殺す眼。彼女の眼はきっと、こう呼ばれるのだろう。

 『直死の魔眼』と。




 深海凄艦が生き物なのか、鉄でできた生物兵器なのかは分かりませんが、ただ、轟沈して海の藻屑になる事は『殺せる』という事であり、直死の魔眼が通用する事になります

 ただ、近づいてナイフを振るうのには、尋常ではない危険を味方にも自分にも振りかけるという事になるので褒められた戦術は取れませんが、ル級等、駆逐艦では太刀打ちできない相手が出てきた場合は、唯一の打開策となってくれる……かもしれません

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