直死の眼を持つ優しき少女   作:黄金馬鹿

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戦えない直死の少女 後編

 夢を見ていた。海色の水の上を悠々自適に滑って、その心地よさに目を細める自分。そんな自分を、電は赤い赤い海の上で赤に染まってそれを見ていた。海の上の自分には、死の線が見えていない。しかし、赤い自分には死の線が見えている。

 そんな彼女たちを見るのは今の(自分)。楽しそうな彼女と赤い彼女は自分を見てこういうのだ。どっちが貴女?と。

 笑顔の彼女は何かしらの方法で魔眼を制御出来た、制御を諦めなかった自分だろう。そして、赤い自分はその手の刀で戦い抜くことを、自らの敵を殺し続ける事を決めた自分だろう。

 そして、一番の違いはその左薬指だ。笑う自分には銀色の輪っかがあり、赤い自分にはそれがない。きっと、笑う自分は女としての幸せも、艦娘としての幸せもつかんだのだろう。赤い自分は修羅に身を落とし、狂人として戦い抜くことを決めたのだろう。なるほど、どちらもあり得る未来だ。

 美しい青と痛んだ赤。まさに両極端な自分だったが、どちらも有り得る未来だ。

 彼女は、電は、どちらの方にも行くことができず、目を覚ます。出撃を禁じられ、それに応じてから早三日。彼女は鈍った体を存分に動かす間もなく、顔を洗うために洗面台のある場所へと向かう。寝ぼけ眼をこすりながら、まるで死の線を擦り落とすかのように目を瞼の上から擦り、しかし目は覚めずに洗面台についてから歯を磨く。

 最後に顔を洗ってタオルで顔を洗っていると丁度二つの足跡がこっちにやってくる。この時間に起きてくる艦娘と言えば新しくやってきた二人の駆逐艦だろう。

 

「あ、電。おはよう」

「おはようっぽい」

「時雨、夕立。おはようなのです」

 

 来たのは白露型二番艦の時雨と白露型四番艦の夕立だ。電の記憶には二人の姿はなかったが、自己紹介されてからしっくりと来た。

 二人とも、すぐに提督に懐いたが、その姿に犬耳と犬尻尾を幻視したのは可笑しくないだろう。特にぽいぽいと言いながらすり寄る夕立はまさに犬だった。

 そんな二人は犬のようだがその姿は今は立派に人型で体の作りも人間。顔を洗いに来るのも可笑しくはない。

 二人とも顔を洗い始めたのでその後ろを通って部屋に戻ってから着替えて朝食を食べに行く。前にジャージに着替えて玄関から出て運動場に出る。

 艦娘が増えた場合、体力の衰えを防ぐために作られた運動場だが、現在は提督しか使っていない。では、何故電がそこに赴くかと言うと、それは単純。提督含めた三人の模擬戦に混ざるためだ。

 

「よう、電。今日もやるのか?」

「木曾さん。勿論なのです」

「提督も大概人間やめてんなオイ!!」

「軍人ナメるなよ天龍!!」

「あー……もうヒートアップしてるのです」

 

 朝っぱらから五月蠅いのですと電が痛む頭を抑えて溜め息をつく。死の線を見ただけなら頭痛が悪化する事が無い事が分かったためこういう時は許されている限りは目隠しはしない事にしている。本来は死の渦を見ているためゆっくりと悪化しているのだが、本当にゆっくりなため、艦娘の体なら何ら問題はなかった。

 しかしながら、痛いのには変わりなく、大きな声は若干頭に響く。二日酔いの頭痛とは混ざってスパーキングして地獄を見せてくる事しか分かっていないため、二日酔いの頭痛とどちらが強いのかは分からないが、頭が痛いのには変わりない。

 ヒートアップしている中二病と上司を後目に木刀を構える木曾に向かって置いてあった木刀を足で浮かせて掴み片手で木曾に向かって構える。ひと昔前ならペーパーナイフ等で戦うのだが、今は迅雷を持っているため刀の訓練のため、木刀を構える。

 ナイフとは違って重さもありリーチもある。それ故にナイフとは戦い方が違う。特に、頑丈さだけで、艤装が無いため身体能力がブーストがかかっていない生身の状態だとかなり重い。鍛えたとは言え、所詮小学生から中学生の境目の体。力が付くのも限界がある。

 少しだけ揺れるものの、段々と意識が研ぎ澄まされていく。眼光は鋭く、揺れは止まり、殺気があふれる。

 既に癖となった、刀による自己暗示。これによって身体能力がブーストされ、頭痛も消えた……ような気がするだけ。だが、それでも木曾のやる気を引き出すには十分。獰猛な笑みを浮かべ、木曾が木刀を構える。

 暫しの沈黙。すぐに電から動き出す。思いっきり振りかぶって木刀を振るう電。しかし、木曾は冷静に刀を構えて受け止め、一歩踏み込んで鍔迫り合いに持っていく。

 

「やっぱり速いな」

 

 木曾が軽く苦笑しながら電の刀を受け止める。しかし、苦笑を浮かべているとはいえ、余裕そうな気配は消えない。

 それを体現するかのように、電の木刀は震えて木曾の木刀は微塵も震えていない。片手と両手。さらに体格差のせいで電の木刀は木曾を押し切る事が出来ないでいる。それは電も分かっているため、踏み出した足を逆に入れ替え、木曾からバックステップで距離をとる。

 しかし、木曾はそれを見逃す訳もなく、電と距離を詰める。ここでも体格の差が出て、電の全力のバックステップを、木曾は見てからで追い詰める。

 振るわれる木刀。それを半身で避け、お返しに下から上への一撃を振るう。それは紙一重で避けられ、返す刀で木刀が振るわれ、それを避け、上げた刀をそのまま、足を動かして蹴りを叩き込む。

 

「ぐっ……」

 

 短かな、しかし、少し堪えたような声が吐き出され、木曾が少しだけ怯む。その中を電が再び突っ込み、木刀を振るう。しかし、勿論阻まれ鍔迫り合いとなる。

 が、今の流れは電にある。鍔迫り合いの刀をそのまま、上へと持ち上げ、がら空きの胴に潜り込んで半回転し、その間に戻した腕に持っている木刀の柄を木曾の腹に叩き込む。

 木曾はたたらを踏んで後退する。しかし、電は追撃のために距離を詰める。

 後は首に刀を叩き込むだけ。残り一手で王手へと持っていける中で木曾は咄嗟の判断で電の木刀に己の木刀を叩き込み、弾き飛ばせはしなかったものの、両者の木刀が構えた場所まで弾かれる。

 ほんの一瞬。されど一瞬。その間に木曾は片足を後ろにやって体勢を整え、少したたらを踏んだ電の胸に前蹴りを叩き込む。

 足が一瞬浮き、飛ばされるも片手を地面に立て、何とか着地。しかし、蹴りの反動で若干せき込む。

 一手、木曾が上。筋力の差とも言えるが、それは言い訳にならない。電の相手する人型深海凄艦は木曾よりも力が強い場合がある。魔眼が上手く使いこなせず、死んでしまいましたでは笑い話にもならない。

 すぐに木刀を構えるも、その瞬間に電の腹から可愛らしい音が鳴る。

 短く声を漏らして腹を抑えれば、何時の間にか暗示は途切れて提督と天龍の視線まで集めている。顔を赤くしてそっぽを向いたが、それでも提督、天龍、木曾のニヤニヤ顔が視線を通さなくても分かる。そのせいでもっと顔が赤くなる。

 

「まぁ、確かに腹は減ったな。朝飯前だしな」

「そうだな。今日の朝食は誰が作ってるんだ?」

「龍驤さんなのです」

 

 龍驤とは、先日、夕立と時雨の次に建造でやってきた軽空母だ。初の空母という事で、提督がガッツポーズをしていたのは記憶に新しい。

 一日の運動はたったこれだけ。後は提督の秘書の仕事が待っている。特に汗もかいていないためジャージの前を開けて中のシャツが透けて無い事を確認してからそのまま食堂へと向かう。天龍と提督は汗をタオルで拭き、木曾は若干不満げに肩を回している。

 だが、腹は減っているようで、三人とも一直線に食堂へ向かっている。数分歩いて食堂に着けば、既に他の皆は着席しており、普通に見たら駆逐艦にしか見えない艦娘、龍驤と間宮が配膳をしている所だった。

 提督が入ってから皆に声をかければ、それに皆が返し、三人は余った席に、電は第六駆逐隊の皆が座っている隣に座る。響は利き腕の右腕がまだ上手く動かせないので、包帯で吊ってはいるが、明日明後日にはいつも通りに動かせると言う。高速修復剤様様だ。

 

「おはよ、電。また外で木刀振ってたの?」

「まぁ、それ位しか体を動かす時間なんてないから……」

 

 既に目の前には洋食風の朝食が並んでいる。トーストにスクランブルエッグ。そして、ベーコンとサラダ。朝食の量としては妥当だろう。男故に艦娘よりもよく食べる提督と体を動かしてきた木曾と天龍の前にはトーストが二枚おいてある。

 自分の分の朝食をもって電達の前に座った龍驤もトーストが二枚ある。

 揃ったところで提督のいただきますの声が聞こえ、すぐに他の艦娘もいただきますと声を出して朝食を口に運ぶ。

 

「そういえば、龍驤さん。この鎮守府には慣れた?」

「ボチボチやな。まぁ、アットホームな感じやし、居心地もええわ」

「まだ艦娘はそんなに居ないけどね。戦力もあんまりだし」

「そこはウチが何とかするから安心しとき。こう見えても空母やからな」

「えっ……?」

「おい雷。今どこ見てその疑問の声だしたんや?」

「フルフラット……」

「電、喧嘩なら買うで」

 

 少し喧嘩腰で額に青筋を浮かべてはいるが、根は優しく、ノリもかなりいいため龍驤は自分が思う以上には馴染んでいる。故に、こうやってフルフラットを弄っているのだが。

 ちなみに、駆逐艦の夕立と時雨に何処とは言わないが、大きさが負けているのは本人の尊厳のために誰も言っていない。龍驤は二人の何処とは言わないが、ある一点を睨んでいたのは知っている。

 そんな胸の話をされても額に青筋浮かべて、時々笑いながら追いかけてくるため、暁と響のいい玩具になっている。一回マジ顔で追ってきた事もあるが。

 これ以上フルフラットの事を弄ると机を乗り越えて制裁に来かねないので弄るのは止める。そんな龍驤の死の線は、成長を殺す線、特に胸の物が見当たらないため電は一目見たときから察している。彼女はフルフラットであり続ける運命なのだ。

 暫しの談笑の後に朝食は食べ終わり、すぐに電は自室で着替えてから指令室に向かう。

 ここからは仕事だ。既に艦隊は第一艦隊、第二艦隊に分かれて出撃準備を行っている。電は指令室にて提督の補佐、今日は第二艦隊の指示をしながら書類を纏める仕事がある。

 提督は新たな海域、南シナ海を占領する深海凄艦の打倒及び、シンガポールからの輸送経路の確保を行い、電は鎮守府正面海域及び遠征経路の哨戒を行う第二艦隊の指揮を執る。

 司令室に入った電は提督に敬礼してからすぐに自分のデスクに座ってパソコンを起動。書類を作成しながらも無線機の電源を入れ、キーボードの邪魔にならないように地図を広げて駒を何個か置く。

 指揮するのは旗艦、木曾に加えて夕立、時雨の三隻で構成された第二艦隊。提督は旗艦暁、加え、雷、龍驤、天龍、龍田、明石の第一艦隊。明石は新たな艦娘が現れた時に、新たな艦娘を連れて帰る随伴艦として同行させている。戦闘に参加できるのなら、戦闘に参加させる。一応、明石の練度は大本営で鍛えられていたため、三十を超えている。大破するという可能性は少ないだろう。

 

「時刻、九〇〇〇。第二艦隊、出撃なのです」

『了解。第二艦隊旗艦、木曾。同じく第二艦隊、夕立、時雨。出撃する』

 

 木曾の声が聞こえ、無線が一旦切れる。暫くすると、窓の外に海へと飛び出していく木曾と夕立と時雨の姿が見える。電の視線に気が付いたのか、木曾がこちらを見て手を振る。

 そのしぐさがヤケに男らしくて思わず胸がときめいた、気がする。そのすぐ後には龍驤を旗艦とした第一艦隊の姿が。

 この中で唯一ハブられた響は現在、一人でリハビリをしている。手が空き次第、電が無線機片手にそれを手伝うつもりだ。

 書類作成のためにキーボードを打つ手を止めずに電は画面を見る。死の線のせいで画面の一部が見えないのが難点だが、何とか書類を作成していく。提督はアナログな人間、というよりも、キーボードを打つのが遅いため、アナログ形式だが。

 カリカリと紙にペンを走らせる音とキーボードを打つ音が部屋の中を支配する。書類仕事を二人で分けれるようになったため、提督は最近、ゆっくり出来る時間が増えたと嬉しそうな声を漏らしている。

 印刷機が動く音が聞こえると同時に電が席を立って印刷機から吐き出された書類を手にして提督に渡す。

 

「確認、お願いしますね」

「あぁ。分かった」

 

 すぐに電は席に戻って再びパソコンとのにらめっこが始まる。図形作成等の面倒な事はしていないが、それでも時間がかかることかかること。

 書類の作成に頭を悩ませていると、無線機から通信が入る。

 

『電。敵艦隊を確認した。駆逐三、軽巡一だ。ここから突っ込めばT字有利に持ち込める』

「了解したのです。単縦陣でそのまま突貫。敵艦隊を殲滅してください、なのです」

 

 地図の上に駒を配置し、木曾の現在地を衛星からの映像で映し出し、敵艦隊の位置と味方艦隊の位置を割り出す。

 確かに、相手は木曾には気づかず、このまま戦闘に入ればT字有利で戦闘を開始できる。チャンスだ。

 映像の中の木曾は夕立、時雨に指示を出し、主砲を構え、射程距離に入った瞬間に発射する。爆炎で敵が確認できなくなる。

 

『敵駆逐一隻の轟沈を確認、そして軽巡小破!』

『やったっぽい!』

「そのまま敵を殲滅してください!」

『分かったよ、電』

 

 三人の声が無線機から聞こえ、単縦陣を崩す事無く三人は戦い始める。

 敵艦隊からの砲撃を危なげなく避け、魚雷がこっそり放たれ、さらに主砲が相手を襲う。直撃した主砲はもう二隻の駆逐を轟沈させ、丁度そこに追いついた魚雷が軽巡に炸裂。轟沈した。

 完全勝利。この上ないほどの勝利だ。夕立の喜ぶ声と、それに付き合う時雨の声が聞こえる。

 その戦果の書類を電はすぐに作り始める。

 

「第二艦隊はそのまま遠征地点に行って周辺の確認。敵を発見したら殲滅。その後、鋼材を貰ってから帰還してください、なのです」

『了解だ』

 

 これは前日の内から決めていた作戦だ。わざわざ提督にこの行動をさせていいかと尋ねる必要はない。

 無線機からの通信が途絶え、映像の中の木曾達が動きだした所で映像を閉じ、すぐに書類作成、今回の戦闘による資材消費量、その他諸々を纏めた書類を提出しなくてはならない。

 テンプレートの、所々空白のある書類にキーボードで文字や数字を打ち込んでいき、すぐに印刷、纏めてから提督に提出する。

 

「あぁ、ありがとう。えっと……うん、不備はないな。仕事に戻ってくれ」

「了解なのです」

 

 すぐに席に戻って他の書類を作り始める。提督は甘いから電は音楽を片耳だけにイヤホンを着けて最近お気に入りの音楽を聴きながらキーボードを叩く。

 他の提督の元だったら確実に許されないが、艦娘には全体的に甘く、仕事さえしてもらえば好きにしてもらって構わないというスタンスの提督は鼻歌が自然に漏れている電を見て気づかれないように笑うとその歌を聞きながらペンを走らせる。

 戦時中、しかも最前線の鎮守府とは思えない光景だ。暫く、電の鼻歌とキーボードの音、提督のペンを走らせる音だけが部屋を支配する。

 この日の戦果は木曾達が持ち帰った鋼材と、南シナ海の輸送経路の確保と、大戦果だった。

 しかし、電の中ではある衝動が、形を潜めていた衝動が目覚めつつあった。ずっと、敵を殺し続けてきた事によって抑えることが出来ていたあの衝動が。

 自分でも気がつかない程だったが、しっかりとそれはあった。電本人が戦わない毎日を何とか受け入れ、今の生活に充実感を持っていたとしても、彼女は、己の眼と衝動には、決して打ち勝つことは出来ないのだ。




「電。今日は休暇だ。ゆっくり休め」
「あぁ……頭が痛い」
「電の様子が変だった?」
「吐き気がする」
「誰か電を連れ戻せ!!」
「死がいっぱい……」
「いいから見つけるんだ!早く!!電をこのまま放っておいたら手遅れになる!!」





「死ね」

その日、街には幾つかの悲鳴が響き渡った

――次回『殺人衝動』

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