直死の眼を持つ優しき少女   作:黄金馬鹿

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たまには戦闘のない話もいいよね


初めての外出 前編

 電は、体が熱いと思いながらも、閉じられていた瞼を開けた。死の線が壁や天井を裂く光景が目に入ってくると同時に頭痛が襲う。

 また、見える死の線が多くなっている。恐らく、死の線の塊を見たせいだろう。脳が、死をさらに認識してしまっている。

 だが、壁や天井がある時点で、電は海上から何処かへ送られたのだと理解し、視線を下げれば一系纏わぬ自分の裸体が、薄緑色のお湯に浸かっていた。鎮守府の湯船の中だと理解するのに数秒かかった。

 

「あ、目が覚めたのね」

 

 隣から姉の声が聞こえ、怠そうに顔を横に向ければ、姉である雷も包帯で腕を吊った状態で入渠していた。

 

「……包帯、びしょ濡れなのです」

「こうしとけって司令官が言ったのよ。まぁ、入渠してる間は湯船に浸けてもいいからこうしとけって」

「……まぁ、治るまではその方がいいのです」

 

 ボーッとしている頭を温泉の床に乗っけて天井を見る。纏めてない髪が少し鬱陶しいが、タオルか何かで纏めて巻くのも面倒で仕方がない。

 自分の額に手を当てて、熱を計ろうとしたがよく分からない。が、体が怠くて怠くて仕方がない。まぁ、脳が焼き切れそうな程の頭痛を感じていたのがここまで収まったのだ。それだけで儲けものだと電は溜め息を吐きながら思う。

 隣の姉は何時間入渠しているのかは分からないが、手に着けられたタイマーを見て早く上がれないかなと呟いている。顔が赤く、のぼせ気味らしい。電もタイマーを見てみれば、残り三時間と書かれていた。何故に、と思ったが、直死の魔眼の代償の頭痛のせいかと思うとどれだけ深刻なレベルの頭痛だったんだと思ってしまう。

 電の常に起こっている頭痛は最早普通の人なら薬を飲んで寝ないと日常生活にすら支障を起こすレベルなのだから、致し方がない。

 

「……雷ちゃんはあと何時間なのです?」

「三十分ね。多分、もう骨はくっついたから、腕は普通に動くわね」

「腕の粉砕骨折より重い頭痛って何なのです……」

「なんか、常人なら何かしらの後遺症が残るレベルの頭痛だったって聞いたわよ?」

「直死の魔眼こえーのです」

「艦娘じゃなかったら即死だったわね」

「死にはしないのです……多分」

 

 多分、これ以上凄い物が見える事は無いのだろうけれども、死の線の渦を短時間に数回見ただけでアレだ。これから先、死の線の渦を見るのは控えなければ仲間のお荷物になる。

 と、ここまで考えて、何でこんなにも戦闘に参加しているんだと考える。提督との初対面では戦いに参加したくないと言っていた彼女だが、今は立派に旗艦を務めてしまっている。直死の魔眼の頭痛が嫌で戦うのが嫌だったのに、今は深海棲艦にナイフ片手に突っ込む日々。どうしてこうなったと片手で頭を抱える。

 

「どうしたの?頭痛い?」

「あー……色んな意味で痛いのです」

 

 よしよしと頭を撫でてくるこのロリおかんは放っておくとして、もうここまで戦ったら後には引けないだろう。と、言うか引かせてくれないだろう。

 電が溜め息をつくと同時に、雷の腕のタイマーが音を鳴らす。どうやら、雷の入渠はこれで終わりらしい。包帯を取れば、傷一つない雷の右腕が現れ、ブンブンと振り回しても痛みはないようで、完治したとわかる。

 

「じゃあ、私は司令官に色々伝えなきゃならない事とかあるから、行ってくるわね」

「うらやましーのです」

 

 あと二時間半も入浴をするとか、軽く拷問にすら思える。と、言うか何故練度が低いのにこんなにも入渠の時間が長いのかが理解出来ない。練度が高い戦艦並みに入渠している気がする。

 段々と体調は良くなってきたが、それでも熱いしクラクラする。寝ようかな、なんて思っているとドッグ……と、言うかこの浴室と脱衣所を仕切る戸が開けられる。誰が入ってきたのか目線だけで確認すると、バケツを持った妖精さんだった。被れと言う事なのだろう。妖精さんはそのまま何処かへ行ってしまった。

 

「……よっと」

 

 立ち上がってバケツを持って頭から被る。冷たくもなく温かくもなく、丁度いい適温の液体を頭から被ると、体調が一瞬で良くなる。頭痛も一瞬無くなったが、すぐに再発する。

 

「ぷはっ……さて、とっとと出るのです」

 

 空のバケツを持って、全裸のまま浴室から出ようとした時、ガラッと戸が開けられる。

 

「……あれ?な、何で電が……」

「……」

 

 入ってきたのは、何故か提督だった。

 後から聞いた話だと、提督は誰も使ってない時間を見計らってこの大浴場に来ているらしいのだが、今回はどうやら命令の伝達ミスで電にバケツを渡す時間が何故か大幅にズレた結果、こうやってラッキースケベが起きた。

 電のジト目が提督に突き刺さり、提督は固まっている。

 

「……とりあえず、その粗末な物を片付けてからぶん殴られるのです」

 

 と、電は提督の股間にぶら下がっているモノを指さして呟く。

 

「そ、粗末じゃなぶべらっ!!?」

 

 提督が股間を隠した瞬間、電のバケツによるフルスイングが提督の顔面を捉え、提督がぶっ飛び、気絶する。

 

「……まぁ、記憶さえ無くなったら恥じる事も無いのです」

 

 ゲシゲシと何度か提督の頭を蹴ってから電は体と髪の毛を拭いてからいつの間にか直されている制服に袖を通す。

 

「とりあえずもう一発」

 

 さらにもう一回蹴ってから電は自販機でコーヒー牛乳を買い、鼻歌を歌って飲みながらバケツを工厰へと返しに向かった。

 ちなみに、提督はこのラッキースケベの記憶を完全に飛ばされており、風邪気味になったそうな。

 

 

****

 

 

「えっと、その、電さん……今日はその、休養日なのでどうぞご自由に」

「それは理解したのです。だからその口調止めるのです。端的に言ってウザいのです」

「いや、俺も何も覚えてないんだが、何かこう、電さんに申し訳ない事をした気がするんだが……」

「覚えてないのなら気のせいなのです」

 

 翌日、司令室に一人呼び出された電は何処か余所余所しい提督に休養日を言い渡された。と、言うのも本来は先日、提督が風呂に入った後に言うつもりだったが、提督が目覚め、風呂から出た時には既に電はグッスリ夢の中だったのだ。

 そのため、当日での言い渡しとなった。だが、電は特に気にした様子はない。所詮、この鎮守府の中だけで過ごす休暇だ。タブレットを弄ってれば終わる休暇だ。

 

「あ、別に鎮守府の外にも身分を隠すっていう条件付きでなら出て大丈夫だ」

「……え?」

「いや、当然だろ?まだ設備も整ってない鎮守府で休暇なんて暇なだけだ」

「……少しは司令官を見直したのです」

「あれ、もしかして俺の評価、かなり低かった?」

「昨日の諸事情で最低だったのです」

「えっ、俺何かしたっけ……?」

 

 これからはラッキースケベを注意しながら入渠しなければいけないなんて冗談じゃない。心休まる入浴中にラッキースケベされる身にもなって欲しいと電は軽く溜め息をつく。

 が、そんな溜め息ついた内心とは違い、今日の休暇に電は軽く心を踊らせている。なんて言ったって、初めて街へ出るのだ。楽しみでない訳がない。

 話で聞いたりネットの写真で情報だけはあったが、自分の足で行けるのは楽しみだ。目隠しを着けたままの電は司令官から出ようとしたが、呼び止められ、手に何かを渡される。触って確認すると、眼鏡のようだった。

 

「これは?」

「サングラス。グラサンとも言う」

「どうでもいいです。何でこれを?」

「街中でそんな目隠ししてたら変人に思われるからな。サングラスに変えて目を閉じて行動してくれ」

「障害持ちとして行動しろと」

「すまん、これも上からの命令でな……本来は鎮守府から出すなって言われたんだが、最大限の譲歩でこれらしい」

「まぁ、いいのです。ついでに司令官さんの評価も上げておくのです」

「そりゃ光栄だ」

 

 電がその場で目隠しを外し、サングラスをかける。目を開いても死の線は色濃く現れるため、サングラスは特に意味を成さない。視界が軽く暗くなっただけだ。

 

「どうですか?」

「恐ろしく似合わない」

「黙るのです」

「アウチ」

 

 提督を軽く小突いてから、電は退室した。

 これから街に出るのだと思うと、嬉しくて軽くスキップしてしまう。提督はサングラスをかけて目を閉じろと言ったが、目が見えないふりをするだけで元から目を閉じて行動する気は一切無い。かなり黒く、覗きこまない限り目を見れないサングラスだから、そうそうバレはしないだろう。

 軽くスキップしながら移動をしていると、バッタリと響と鉢合った。

 

「あ、電。それ……プッ」

「……なにか?」

「こ、子供が大人ぶって親のサングラスかけてるみたい……」

「必殺、マジカル☆八極拳」

「それただの鉄山こぐはっ!!?」

 

 電を軽く煽った響はマジカル☆八極拳とは名ばかりのただの鉄山靠をくらって吹き飛び、壁に頭をぶつけて白目を剥いて気絶した。胸ポケットからペンを取り出した電は響の額にアホと書いて放置し、着替えるために自室へ向かった。

 

 

****

 

 

 着替えるとは言っても、電は私服なんて殆ど持っておらず、基本的には艤装扱いの制服だったため、持っているのはワンピースと上から羽織るボレロだけで靴もスニーカー。だが、それでも電は初めての街が嬉しかった。

 最後に髪の毛を下ろして下の方で纏めてみれば、いつもとは違う自分に驚いた。この服も大本営に居た頃に最初に支給された物で、着たのはほんの数回。髪型なんていつも下ろすかいつも通りに纏めるかの二択だった。

 サングラスを着ければ案外、有名な芸能人やモデルが街中を歩く時の格好に見えて少しだけテンションも上がる。幾ら眼のせいで戦い方が男前だったり精神が擦り切れても根っこは歳頃の女の子と何ら変わりはない。お洒落が楽しかったりするのも当たり前だった。

 電位の外見の女の子が持つには多すぎるレベルの金を突っ込んだ財布を小さなバックに入れて肩にかけて部屋を出ると、偶然天龍が目の前を通った。

 

「ん?お前誰だ……って、電か?ヤケにおめかししてんじゃねぇか。グラサンまでかけてるから誰かと思ったぞ」

「そ、そんなにですか?」

「そりゃあもう。昨日はピシッとした軍人みたいで、戦いになったら殺気バリバリの深海棲艦絶対殺すウーマンみたいだったからな」

「あはは……」

「けど、ちゃんとおめかしすりゃ可愛いじゃねぇか。休暇、楽しんでこいよ」

「はい。そうします」

 

 んじゃあな。と言いながら去っていく天龍。自分の服装や髪型が褒められた事に上機嫌になった電は時折スキップを挟みつつ鎮守府から飛び出した。

 何時もは鬱陶しく感じる陽射しも今日は何となく心地がいい。鎮守府は街から少し離れた場所にあるため、十数分の歩きとなるが、その時間も何となく楽しく思えた。これで死の線さえ見えなければ完璧だったのにと愚痴を漏らすのも仕方がない事だ。

 樹の下を歩けば、木漏れ日が少し眩しく、上を向いたら目を細めてしまう。と、ここで目が不自由な設定だったのを思い出し、杖をついて歩く。

 暫く歩くと、やっと建物が見え始め、街に入ったのだと把握する。この日が国民的な休日だったため、それなりに人はいる。サングラスを少しだけ持ち上げて目が見えないようにしながら、歩く。

 人と何度もすれ違うと、本当に街に来たんだと改めて確認し、目が不自由な振りをして杖をついて歩く。もう周りを見ずに歩くのも慣れたもので、目が不自由な振りも簡単だった。

 地図は予め頭の中に叩き込んでおいたが、何処に行こうか考えるのを忘れており、溜め息をついてしまう。街中で立ち止まるのも迷惑なので、電はベンチを杖で叩いて見つけると、誰も座ってないのを念入りに確認してから座る。

 この近くにあるのは服屋とファミレス。何処に行こうか迷ってしまう。だが、ここで目が不自由な設定なのを思い出し、服を自分で選んでは不自然なのを思い出し、再び溜め息。ここは店員に良さそうなのを選んでもらおうと決めてから立ち上がり、杖を付きながら目が不自由な振りをしてサングラスの下では目を開けて移動する。

 こんな風に目を隠したまま行動しなくてはいけないのは艦娘として目覚めた直後の行動のせいなのだが、今更悔やんでも変わらないが、あの時この眼のせいで発狂せず、冷静でいられたらと考えてしまう。あの時の行動で解体されなかった時点で儲けものなのだと自分に言い聞かせる。

 少し憂鬱になってしまった心で歩いているうちに服屋に着く。どんな服があるのかワクワクしながらも電は中へと入った。

 まぁ、結論から言えば、目が不自由という事で店員に相談した結果、手触りや実際に着てみて着やすさを確認する程度しか自由に出来ることはなく、サングラスの下で時折チラ見した中で一番可愛いと思うものを数着購入するだけでかなり疲れてしまったのだった。

 そして、電は思った。変な命令をした大本営許すまじと。




響はフリーダム枠&不憫枠。天龍はイケメン枠。暁はお子様枠で雷はオカン&枠

あと、ここの電さんはラッキースケベされても対象の記憶を抹消することで無かった事にするタイプの人です。最悪、魔眼でその部分の記憶を殺すとか……w

あ、主人公は勿論電ですよ?

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