無機質な建物の中を歩く。
両脇には、武装状態の男が二人。会話はなく、足音と杖が床を打つ音のみが木霊していた。
しばらく歩くと、一行はとある扉の前に到着した。その扉の前にも局員が二人。緊張感が漂う中、扉が開き、俺は部屋に入る。
「……やあやあスカさん。ひさしぶり」
「これはこれは晃一君。よく来てくれたね」
檻越しに、スカさんの笑い声が聞こえてきた。
「テスタロッサから聞いてるだろうけど、戦闘機人達の一部は更正プログラムを受けてる。ここに来る前に軽く見てきたけど、元気そうだったよ」
「ああ、他の娘達はどうだい?」
「絶賛勾留中。意志は変わらなそうだね」
「そうかそうか」
ここは、第9無人世界『グリューエン』の監獄。現在、俺は絶賛勾留中のスカさんに会いに来ていた。表向きの目的は事情聴取。担当執務官であるテスタロッサに頼んだら、思いの外すんなり了承してくれた。スカさんの方も俺と話したがっていたらしい。
透明な壁越しのスカさんとの対面。スカさんは檻の中のベッドに座っており、俺は用意された椅子に座っている。この檻は、魔法的にも科学的にも鉄壁とのこと。スカさん相手なら、ダイヤモンドくらいの強度がないと逃げ出しそうだけどね。
「娘達とは話したのかね?」
「全員とじゃないけどね。ウーノさんと、あとは……チンクだったか。5番目の娘とは話したよ」
「おや、他の子達はともかく、オットーとディードとは話さなかったのかい?」
「いや、顔合わせはしたんだけどさ……」
俺が戦ったあの二人とも一応会いはした。ただ、オットーは敵意マックスで睨みつけてくるし、ディードはその陰でおびえてるしで、会話どころじゃなかったんだよね。オットーはとにかく、ディードはどうして恐がってるんだろうか。こっちは腕斬られてるんだけどなあ。
そんなわけで、更正組の中での長女的存在だったチンクとだけ話してきたのだ。……アメちゃんあげようとしたら怒られたけど。
「……腕に関しては、何もなかったのかい?」
「いやぁ、特に何も。怨むならスカさんを怨むし」
「ククク、それは何よりだ」
何よりなのか? 自分で言っておいてなんだが。
それにしても、と背もたれに体重を預ける。
改めて考えてみると、腕を切断されたというのに、大して怒りを抱いていないことに気付く。
──ま、俺にとって重要だったのはその後だったってだけだな。
そう結論付けていると、再びスカさんが口を開いた。
「それはそうと晃一君、学校はいいのかい?何やら危ないと小耳に挟んでいるのだが」
「おいそれどっから聞いた?」
なんで独房の中で俺の情報掴んじゃってんだよ。全然密封できてないじゃん。プライバシーどうなってんだ。訴訟するぞ。
「ククク。天才の私にかかれば調べようなどいくらでもあるのさ。……それで、実際問題どうなんだい?」
「おかげさまで留年確定じゃボケ」
「ハッハッハッハ」
素直に殺したい。
目が覚めてから直ぐに地球に帰ってたらギリギリセーフだったかもしれなかったのだが、腕のこともあり、自由に出歩けるようになるまで時間がかかってしまった。今はもう11月下旬。めでたくチェックメイトである。
――やっぱ怨めしいなコイツ。
そんなこと考えていると、ニヤニヤと笑みを絶やさなかったスカさんが、不意に真顔になった。
「……聖王の力を利用してテロを起こしたはずが、聖王の力によって邪魔されるとはね」
「その辺はご愁傷様としか」
スカさんはクローンを造ればいいと考えていただろうからな。滅んだはずの王家の血。それが管理外世界で生きていたとしても、見つける必要があまりなかったはずだ。
「ましてその王が晃一君だったとは……何とも皮肉な話じゃないか。笑ってくれて構わないよ」
「はははははは!!」
「成程、いざやられると腹立つ」
やり返してやりましたとも。ちょっとすっきりした。
「まあ第一目標はクリアしてるのだが!その点私は負けてないのだがね!」
「え、そうだったの?」
それは初耳だな。なんだろ、ヴィヴィオの誘拐とか? だったら本格的にJS事件だね、このロリコンめ。
「晃一君は、最高評議会の存在を聞いたことはあるかい?」
「すごい嫌な予感がするから黙って欲しいんだけど」
俺の制止も聞かず、スカさんは語り始めた。
表向きには存在しない、管理局のトップ。それが最高評議会。管理局をあらゆる面から支配する存在。地上本部のトップであるあのグレアムさんよりも強い権力を持つとのこと。要は『らりるれろ』ってわけだ。
「何を隠そう、この私も縛られていた身でね」
「え、スカさんが? 信じらんねえ」
「もちろん、『枷』は引きちぎってやったとも」
デスヨネー。やっぱりこの檻じゃこの人閉じ込めておけないんじゃないだろうか。
更にスカさんの話を聞くと、最高評議会の正体は管理局の創設者本人達なのだという。脳ミソだけとなりながらも、ずっと生き続けていたのだ。
そんな奴らによってスカさんは生み出された。つまりスカさんも人造生命体というわけで。
「ってことは、スカさんの第一目標は……」
「お察しの通り、奴らの殺害さ」
ニヤリと笑うスカさん。
安く言ってしまえば、スカさんの目標ってのは復讐だったというわけだ。自分を縛り、弄んだ連中の削除。んでもって、これは達成されたと。
「よかったじゃん、おめでとー」
「えらいアッサリしてるね」
「そっちの方は俺関係ないからな」
正真正銘、他人事だもの。六課には犠牲者は一人も出なかった、俺にとって重要なのはそこだけだ。殺したいほど憎い奴がいたわけでもないから、復讐に燃える人間に言えることはない。
ただ、復讐について自分の意見を言うならば。
「『復讐は何も生まない』なんてのはよく聞く言葉だけどさ、『復讐をしないこと』が何かを消してくれるわけじゃないだろ?」
俺はそう思う。復讐しないことを選んだとして、そこに救いはあるのだろうか。
それに、と少しだけ想像してみる。殺したいと心から思う存在がいて、そいつをこの手で消せたら。復讐に成功したら。
「……うん、やっぱり普通に喜んじゃうと思うんだよね」
そんな俺は、やっぱりあいつらとは違って、汚れて捻くれているんだろうな。
「ククク、そうかい」
だけど、スカさんは嬉しそうに笑っていた。
「というか評議会あたりの情報は、知ると消されそうだから教えないでほしかったんだけど」
「その心配はないだろう。知られて一番困る者は既に死んだ。トップを失くしたこの状況で、残された連中に『ゆりかご墜とし』の聖王様をどうにかすることなど、出来はしないさ」
「……その聖王様は、ヴィヴィオってことになってるんだがな」
古代ベルカ時代において『聖者の証』とされたらしいこの両目はあるものの、リンカーコアを失った俺に魔力光が虹色であったと示す術はない。一方、ヴィヴィオは聖王教会で祀られているオリヴィエ・ゼーゲブレヒト本人のクローンだ。
よって、聖王のゆりかごの破壊に俺は関わってないことになった。機動六課と聖王の力に目覚めたヴィヴィオの奮闘によってゆりかごは破壊された。表向きにはそういうことで落ち着いたのだ。こちらの話の方が信憑性があるし、これ以上ない美談にもなる。
何が言いたいかというと、俺には基本的に後ろ盾はない。不安要素しかない件について。
「まあ、殺されてんなら話が広まっても存在が明るみに出ることはない、か」
それなら大丈夫かな。……大丈夫だよね? スカさんの言葉を信じるよ?
「あーもうこの話は止めだ、止め! 俺はスカさんに頼みごとがあってきたんだよ」
「ほう?」
スカさんの眉がピクリと動いた。言ってみたまえと、視線で促される。
それを確認した俺は、ゲンドウポーズをとり、依頼を口にした。
「俺の左腕を造ってほしい」
「──あほなんか!?」
至近距離で叫ばれて、耳を塞ぐことの出来ない古夜は顔をしかめる。
「ご近所迷惑だぞ、うるさいなあ」
「うっ……最近、晃一君の当たりが強い……」
古夜の容赦ない物言いに、はやては言葉に詰まり、肩を落とした。
場所は変わって、ここは地球。スカリエッティとの面会の後、その足で古夜は海鳴市へと帰ってきていた。ちょっとした目的があってのことである。何処から聞きつけたのか、はやてもついてきたが。
尚、ジェイドとグリーヴァはマリエルに預けていた。
スカリエッティとの話が長引いたこともあって、時刻はもう夜遅い。暗くなった道を二人は歩く。
「腕斬られた相手に義手造ってって、何言うてんねん」
「いやいや、生体工学においてスカさんの右に出る人間はいない。合理的な判断じゃないか」
「変態的なマッドサイエンティストなんやけど……」
スカリエッティはテロを起こしたばかりの、歴史に名を残すであろう凶悪犯である。はやてからすれば合理的とは言えない選択だ。
「返事は、どうだったん?」
「快く承諾してくれたよ。あとは環境づくりだけだな」
「心配やなあ……」
古夜がスカリエッティと顔見知りであったことが未だに信じられないはやて。しかし、古夜は特に裏切られる心配はしていない。スカリエッティを信じているようにすら思える。
「……むう」
「うおっと、なんだよ?」
古夜に左側から抱き着く。はやては端的に言えば嫉妬していた。自分の知らないところで古夜と分かりあっているようであるスカリエッティに。あんな変態科学者に負けた気になってしまうのもまた腹が立つ。
杖を突きながらもはやてをしっかりと受け止めていた古夜は、そんな彼女の様子を見て微かに笑みを浮かべながら口を開いた。
「……もしかしたら、俺はスカさんの仲間だったかもしれないからな」
「え?」
思いがけない言葉に、はやては自分の耳を疑った。
「その話は後だ。着いたぞ」
「あ、うん。……ここが」
古夜はそこで話を切り、足を止めた。はやても古夜から離れる。
二人がたどり着いたのは────墓地。
そこは、古谷家の墓石のある場所であった。
線香に火をつけ、墓前に供えた後に合掌。古夜の場合は杖を置き、座りながら片手で拝む。
少しの間、辺りが静寂に包まれる。
「……思っていたよりも綺麗だな」
拝むのを止めた古夜が、ぽつりとこぼした。はやても拝むのを止め、古夜の方へと向き直る。
「墓参りに来るの、久しぶりなん?」
「久しぶりっていうか……初めてだな」
「え、ほんまに!?」
事実である。今まで古夜はリーゼ達の誘いを断り続け、墓の手入れも任せ続けていた。
「どのツラ下げて墓参りに来たらいいか、分かんなかったしな」
「あ……」
古夜の言葉ではやては思い出す。古夜には、両親との記憶がないのだ。グレアムに保護されてからの記憶しか、彼は持ち合わせていない。
そして『彼』からしてみれば、乗っ取ったかもしれない子の両親が眠る墓である。墓参りに行く気にはなれず、ずっと避け続けていた。
「でもまあ、それももう終わりだ」
杖を手に取り、立ち上がる古夜。避け続けるのはもう終わり。
彼は、この世界に生きることを選択した。
その為に、
──『死門』を開いて死んだのは、『あの世界の自分』だった。
帰り道。夜の帳が下りた町を歩く。
「それで晃一君、さっきの話なんやけど……」
「ん?ああ、スカさんの仲間になってたかもって話か」
「うん。……どうして?」
おずおずと切り出すはやて。古夜と敵対するビジョンが、はやてには浮かばなかった。
「俺は、この世界を認めたくなかったからな」
笑みを浮かべながら古夜はそう話した。
「世界を否定する側に立って、スカさんと一緒に、欲望のままに。……暴れまわってたかもしれない」
「でも!晃一君は私の味方をしてくれた!」
「ああ、そうだな」
頷き、古夜は優しく微笑んだ。今まで見たことのない古夜の表情に、はやての頬が熱を持つ。完全に不意打ちだった。
「俺ははやて達のおかげで、この世界が好きになれたんだよ」
この世界は良い人ばっかりで、格好いい人ばっかりだった。真っ直ぐで、強くて、眩しい人ばっかりだった。
はやて達は、彼の憧れだったのだ。
この世界を否定することは、出来なかった。この世界で生きようと、その為に覚悟を決めようと、そう思えたのだ。世界を受け入れることができたのは、好きになることができたのは、はやて達のおかげであった。
「だから、まあ、俺ははやての敵にはならないよ」
スカリエッティのように、復讐の道を選ぶこともないだろう。
『悲しみや憎しみは、誰かが歯を食いしばって断ち切らなければならない』
この言葉は綺麗事なのかもしれない。でも彼女達は、悲劇も理不尽も知った上で、それでも断ち切ろうとするだろうから。だったら自分も、たとえそれがつらい道だとしても、歯を食いしばって生きていく。
スカリエッティの誘いを断ったのも、結局ははやて達のお陰であった。
「……そっか」
どうやら、古夜と敵対する未来は訪れないらしい。安心したように、はやてはほっと息をついた。
「さ、はやてはそろそろ向こうに戻らなきゃな」
「え、今日は私、帰らんよ?」
「なんだ、月村の家にでも泊まるのか?」
古夜がそう聞くと、はやては満面の笑みで口を開いた。
「泊めて!」
「は?」
今度は古夜が自分の耳を疑う番だった。思わず立ち止まる。
「俺、お前のこと泊めたことあったっけ?」
「初めてやな!」
「泊まり道具はどうした?」
「一泊分なら大丈夫!」
最初からそのつもりでついて来たらしい。間髪入れずに返答する。
「ほらほら、晃一君の身の回りの世話もせんといかんし!」
「なんか押しが強くなってないかお前……」
「これからはグイグイいくって決めたんや!」
再び古夜に抱き着くはやて。オッケーしてくれるまで離さないと、そうアピールする。
何と言って断ろうかと考えていた古夜だったが、しがみついたまま動こうとしないはやてを見て、やがてゆっくりとため息をついた。
「……はぁ。仕方ない。今回だけだぞ?」
「やったぁ!」
喜ぶはやてに引っ張られるようにして、自宅へと歩き始める古夜。
風が、二人を優しく包んでいた。
これにて、本編は完結とさせていただきます。
番外編的なものは今のところ一切書いてませんが、いつか出せたらなあと思ってます。
書きたいことはたくさんありますが、それらはあとがきにて。ええ、あとがき書きたかったんですよ。
ひとまずこの場ではこの程度で失礼させていただきます。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。