──…………
声が聞こえる。あいつの、俺の声だ。
耳を澄ます。ささやくような、小さな声。
そして、古夜晃一は。
──ありがとう
ただ、それだけを言って。
これが最後の、夢だった。
海の底から浮かび上がるような感覚。意識が段々とはっきりしていく。
「……眩し」
閉じられた瞼を光が貫通してくる。眉間に皺を寄せ、俺は目を開けた。
「……ここは」
視界に入って来たのは知らない天井。本局の病院ではなさそうだ。
確か……そう。ゆりかごの破壊に挑んだんだった。最後の砲撃で力を使い果たして、そこで意識を失ったんだっけ。
ゆりかごは、どうなったんだろうか。
首だけを動かし、周りを確認。コキリと小気味のいい音が鳴る。
やはり本局の病院ではない。海鳴の病院も違うな。雰囲気からして、恐らくは聖王教会関連の病院だろう。
ジェイドとグリーヴァは見当たらなかった。……当然か。八門遁甲の陣を使い、あいつらには限界まで負担をかけた。はやての杖だってボロボロになってたし、今は揃って修理中だろうな。
そこまで考えたところで、気づいた。
ジェイドとグリーヴァ。二機との繋がりが、全く感じられなくなっていた。半生を共にした、あの魔力的な繋がりがである。
それに、と胸に手を当てる。……胸の奥の、リンカーコアの感覚も無い。あるのはうずくような痛みだけ。
それは、つまり。
「…………ま、分かってたことだ」
とりまナースコールかな。体に力を入れて起き上がると、俺は枕元のボタンを押した。
「馬鹿じゃないんですか!?」
ナースは十秒で飛んできた。ナースっていうかシャマルだったけど。そして第一声がこれである。ひどい。
「やっと目が覚めたと思ったら、もう立とうとして!今は起き上がるのもダメです!てか何で起き上がれるんですか!?」
信じられないとシャマル。相当重傷だったらしい。
すぐさま検査へ。車イスにバインドで固定されて運ばれた。絶対に動くなとのこと。犯罪者じゃないんだから。
その間もずっと説教である。
「本当に八門まで開くなんて!リンカーコア消し飛ぶって自分で言ってたじゃないですか!?」
「ああでもしなきゃ、ゆりかご壊せなかっただろうし」
アルカンシェルでの破壊予定だったものを、個人でぶっ飛ばそうってんだから。ま、是非もないよね!
「まず何故個人でゆりかごを落とそうなんて考えたんですか……」
検査が終わると病室に戻り説明を受ける。
驚くべきことに、事件から既に1ヶ月も経っていた。つまり、俺もそれだけ眠っていたということである。
尤も、容態は安定していたらしく、特に心配されるようなことはなかったそうだ。長く眠っていたのは、それだけ体が休眠を必要としてたからとのこと。
外傷の治療が終わった時点で、本局の病院からこちらに移送されたらしい。
次に体のことについて。
左腕は肘から先を切断されたが、ここは治らないと言われた。当然だ。魔法技術がいくら高くても、なくなった部分は戻らない。他の外傷は殆ど治っているらしい。
ただし、1ヶ月も寝てたので、体は思うように動かないだろうとのこと。そんな感じはあまりないんだけどね。むしろ調子が良いというか。
最後に、リンカーコア。
眠っていた間に何度か検査したが、リンカーコアは検出すらされなかったらしい。予想通り、消し飛んでいたようだ。
つまり、俺にはもう、魔導師としての力は残っていない。
暫くは、胸の痛みが発作的に続くそうだ。
以上が、今の俺の状態。
あ、それと目が覚めて分かったことだが、右目が翡翠色になってた。人体の神秘だね。
「……皆本当に心配したんですからね」
「……そうか」
はやてやヴィヴィオ、高町達もしょっちゅうお見舞いに来てくれていたそうだ。てことは、ヴィヴィオに後遺症は特にないみたいだね。良かった良かった。
「あんな傷だらけの状態でゆりかごを壊そうとするなんて、正気の沙汰じゃありません!」
「まあまあそれは後で聞くから」
説教は程々に聞き流し、事件の顛末を尋ねる。
「事件のことなら……」
説教を流されたのが気に障ったのかムッとした表情のシャマル。それでも説明してくれるらしく口を開くが、話す前に扉が勢いよく開かれた。
「私が説明するッ!」
入って来たのは、肩で息をするはやてだった。
はやては、俺の意識が戻ったことを聞くと、すぐさま仕事を切り上げて飛んできたそうだ。シャマルに廊下は走らないでと注意されていた。
そして現在。俺たちは、病院の中庭を散歩している。
寝てる間に時は過ぎ、季節はもう秋。木の葉も紅く色づき始めている。
「まさか、こんな日が来るとはなあ」
背後から感慨深げなはやての声が聞こえてくる。
俺は拘束されたまま、はやてに車いすを押してもらっていた。昔は逆だったからね。確かに奇妙な縁だと思う。
「……別に俺は動けるけどね」
「絶対安静ってシャマルに言われとったやん」
体の感覚的に、バインドが無ければ歩けるとは思うんだけどね。シャマルにもそう言ったのだが、全然聞き入れてくれなかった。
「一か月も寝てたんやで? 少しは安心させてな」
そう言われると、何も言い返せなくなっちゃうぜ。
「……で。事件は、どうなったんだ?」
雑談もそこそこに、本題に入る。
「その前に」
……入ろうとしたのだが、はやてに遮られた。俺の前に回り込むと、懐から取り出す。
「はい、これ」
俺の膝の上に置かれたのは、翡翠色の宝石と獅子のネックレス。
『おはようございます、マスター』
『お久しぶりです』
「……ジェイド。グリーヴァ」
ジェイドと、グリーヴァだった。
考えてみれば、1ヶ月も経ってたんだから、修理も終わっていて然るべきか。
にしても、この距離でもジェイドとグリーヴァとの繋がりは感じられない。改めて、魔力を失ったということを実感する。
「それじゃ、事件のことを話そっか」
はやてはそう言うと、再び俺の後ろに回り、車イスを押し始めた。
古代ベルカ時代のロストロギア、『聖王のゆりかご』は無事破壊され、地上の方に大きな被害は出なかったそうだ。
「よかった」
「何がよかったやねん。砲撃放った後すぐに気絶したから、一瞬死んじゃったかと思って凄い焦ったし。その後は晃一君寝てるせいで私だけみんなから怒られるし。散々だったわ」
「悪い悪い。助かったと思ってるよ」
わざとらしい、すねたような声が聞こえてくる。……まあ、ゆりかごの破壊は、きっと俺一人では失敗していた。はやてがいたからこそできたことだ。純粋にそう思ってる。
「ありがとな」
「むう。……分かればよろしい」
素直に礼を告げると、はやてはすんなりと許してくれた。
一連の事件は、ジェイル・スカリエッティの名前を取って、JS事件と名付けられた。
「JSか……」
「どうかした?」
「いや何でも」
女子◯学生とか考えてないですよ? ……後でスカさんに会ったらからかってやろう。
主犯のジェイル・スカリエッティはテスタロッサによって逮捕。一味もとい娘である戦闘機人達も全員が捕縛されたという。
管理局への協力という減刑の交渉をジェイル・スカリエッティと娘達の内の数人は拒否、今は勾留されている。
一方、正しい教育が行われていなかったと認められ、かつ管理局に対して協力的な姿勢を見せた数人は、更正プログラムを受けた後、釈放されるそうだ。
そこでふと思い出す。
「召喚師の協力者っていなかったか?そっちはどうなった?」
「その子なら後者。シグナムが引き取ることになったユニゾンデバイスの子と一緒に更正プログラムを受けとるよ」
なるほど、そっちも捕まったのか。
はやてによると、ガジェットを大量召喚してくれやがったのは、ルーテシアという名前のまだ幼い少女だったそうだ。
というか、あれ?
「ちょっと待て。ユニゾンデバイスだと?」
ただでさえツヴァイがいるのに? 激レアの古代ベルカユニゾンデバイスを一家で二人?
「炎熱の魔力変換資質持ちで、シグナムと相性良くてなぁ。資質の面でも、その他でも」
「あのサムライまだ強くなんのか」
八神家の戦闘力が留まるところを知らない件について。新世界の神にでもなるおつもりか。
「それと、アギトのことなんやけど……」
そこから、話はアギト周辺のことについてになった。僅かに、声のトーンが落ちる。そこには触れず、俺は黙ってシグナムが引き取る前の主人のことや、事件とのかかわりについての話に耳を傾けた。
アギトの前の主人、ゼスト・グランガイツは、もとは管理局の魔導師であり、古代ベルカ式使いの騎士だったという。グランガイツはルーテシアやアギトの面倒を見る傍ら、己の目的のために動いていたのだとか。
その目的は、旧友であるレジアス・ゲイズとの対話。……だが。
両者は対面することは出来ても、対話は成されなかった。
理由は一つ。
「……レジアスさんが殺された、か」
「……うん」
何かを語る前に、不意を突かれ、戦闘機人の一人に背後から刺されたのだ。
致命傷を負い、レジアスさんはそのまま死亡。グランガイツは戦闘機人を撃破した後、居合わせたシグナムと一騎打ち。シグナムは騎士の騎士としての最期に立ち合い、アギトを譲り受けたそうだ。
レジアスさん……悪い人では、なかったんだけどな。
「もう、うまい飯も奢ってもらえないな」
「……晃一君……」
クロノは黒い噂が絶えないなんて言ってたが、管理局に所属してない俺にはあまり関係なかったので何だかんだよくしてもらった。地上を想う気持ちは確かに本物だと感じたし、状況を打破しようと、あの人はずっと頑張っていたのだ。
……墓参り、行かなきゃな。
「……さて、事件に関してはこんなもんか?」
「うん、晃一君に関係してそうなのはあらかた話したかな」
「そうか」
ふと顔を上げると、空は綺麗な夕暮れ模様となっていた。だいぶ長く話し込んでいたらしい。気温も大分涼しくなり、頬を撫でる風が気持ちいい。
「……それで」
「ん?」
はやてが口を開いた。他に何か、話すことでもあったのだろうか。
「晃一君のことは、話してくれないの?」
風が、一際強く吹いた。木々のざわめきが沈黙を埋める。
はやては黙って、俺の言葉を待っている。
「……大したことじゃないさ。聖王の血が流れてたってだけだ」
「……むー」
「にゃにさ」
答えが気に入らなかったのか、ほっぺをつねってきた。今日はよく唸りますね。
「
分かっとるくせにと、むにむに抗議してくる。……ああ、分かってるさ。何を聞いているのかも、何を言うべきなのかも。
顔を逸らして、はやての手から逃れる。
「……そのうち話すさ、そのうちな」
「ほんとやろな?」
なぜだろう。顔を見てないのにジト目で見られてると分かるぞ。
「……ふふ」
「……ちょっと」
急に目の前に現れる細い腕。こっちがバインドで動けないのをいいことに、彼女は後ろから抱き着いてきたのだ。
「ふふふ、お返しや」
何の、とは聞かない。
息遣いも柔らかな感触も、密着しているとそのまま伝わってくる。恥ずかしくなるから勘弁して欲しいのだが。
「晃一君」
「なんだよ?」
抱きついたまま、はやてが口を開いた。吐息が耳にあたってくすぐったい。
「やっぱりちょっと、雰囲気変わったな」
「……かもな」
そこは否定しない。色んな事があって。色々とけじめを付けた。変わったんだろうなと、自分でも思う。
「これなら、遠慮はいらんかなー?」
「何のだよ?」
「ふふ、分かっとるくせに」
「…………」
とぼけてみるが、お見通しのようだ。即座に返され、押し黙る。
そんな俺を見て、はやては満足そうに笑うのだった。
「さてと! 晃一君、これから大変やで?」
「は?」
なんかあったか?聖王関係なら魔力失ってるし、面倒事はヴィヴィオの方にいくと思ってたんだけど。
「ほら、大学とか」
「──」
めのまえが まっくらに なった
八門遁甲+聖王の力の影響で主人公の肉体は活性してます。1ヶ月寝てたのにすぐに起き上がれたのはそのせい。
次で最終話になります。あとがき書くのが楽しみです。