ホテルの地下。山積みになっている無人機の残骸の中、俺は構えていたグリーヴァを降ろした。
「………ふう」
一息つく。取り敢えずは守りきったかな。
木箱を囲っていたプロテクションを解除する。
最低限の固さで一瞬しか展開しない普段のものと違い、出来るだけ固いバリアを張った。こういう本来の使い方は魔力の消費が激しいからあまり使いたくはない。
ぶっちゃけ守る類いの魔法苦手だし。俺が使うと燃費悪くなってしまうのだ。
もう敵が来る様子はないが、念のためバリアジャケットとグリーヴァはそのままにしておく。残心は大事。
しばらくすると、ホテルスタッフ達が駆けつけてきた。管理局員らしきのもちらほら。六課かどうかは知らんが。
少しのやり取りの後、骨董品の入っていると思われる木箱を引き渡す。そういえば中身なんだったんだろう。私、気になります!
なんてくだらないことを考えている内、ユーノとアコースが現場の確認に来た。多分、箱の中身の確認とかだろう。
どうやらこちらのゴタゴタを片付けてた間にオークションの方も終わったようだね。
「お疲れさま、晃一」
「おー、そっちもな」
お互いに軽く労いの言葉を交わす。
「オークションは無事問題なく終わったよ」
「そりゃ良かった」
これでミッション完全完了ですな。
「こっちにも、やっぱり無人機が来てたみたいだね」
「ああ」
周りの状況を見て、ユーノの隣にいたアコースが俺に声をかけてくる。
『も』ってのは六課が対応した外の方を指しているのだろう。
「外の方はどうだった?」
「防衛ラインは一機も割らせなかったって。流石、はやての部隊だね」
笑顔で答えるアコース。優秀そうでいいじゃないですか。
六課の戦果を聞いてると、ユーノが戻ってきた。箱の中身の確認を済ませてきたようだ。
アコースがユーノに尋ねる。
「中身、どうだった?」
「予想通り、密輸品だったよ」
「密輸品?」
どっかの犯罪者が紛れ込ませてたのか?
「中身は質量兵器だったよ。……多分、戦闘機人のパーツだと思う」
「戦闘機人だと?」
「知ってるの?」
「まあ、一般的なことならな」
実際に見たというか、戦ったこともあるけど。まあこれは言えないね。
ともあれ、密輸品なのでホテルスタッフではなく局員が回収。アコースが責任を持って本局に護送するそうだ。
「今から外の方の現場検証に行くけど、一緒に行くかい?」
「いや、いい」
アコースから誘われたが、断らせてもらった。俺の仕事はオークション中の護衛だ。もう仕事は終了。ここにいる理由はない。
「俺は帰るよ。疲れた」
「顔を出さなくていいの?」
いいでしょ、別に。話す程度ならオークション前にしたし。
あ、でもそうだ。
「ユーノはきっちり高町の好感度あげてこいよ」
「そんな晃一の好きなゲームじゃないんだから……。あと、なのはとは別にそんなんじゃないって」
いやギャルゲー特に好きでもないけどね。あとギャルゲーだったらお前らとっくにゴールインしてると思います。
○
そんなことがあったオークションから数日がたち。
今日も今日とて、俺は六課を訪れていた。
今週は訓練場を使うつもりだ。この前は使えなかったし、今度こそがっつり使いたい。
スケジュール的に俺がいる時間とフォワード陣が訓練場を使ってる時間が重なりやすいらしいんだよね。
それに使えるときでもデバイスルームにいたりすると、デバイス調整を優先しちゃえんだよね。設備が整ってるし、色々はかどるのである。
そんなわけで来ました訓練場。
「あ、晃一さん!訓練場を使いに来たんですか?」
「ああ。フォワード陣は?」
訓練場の管理室には、何故かシャリオ・フィニーノがいた。端末で何かやっている様子。
「えっと、今は訓練レポートを書いてると思います。ヴィータ副隊長から指導を受けながら」
作業中のようだったから使用中かと思ったが、違ったみたいだ。どうやらフォワード陣は事務処理の訓練中らしい。頑張れ社会人。
「じゃあ今ここ、使えるかな」
「あ、はい。ちょっと待ってください。今、フォワード陣の訓練メニューを送ってるので……」
端末をいじりながらフィニーノが答える。
恐らくは訓練用にVR空間に形成するデータを送ってるのだろう。
この訓練場、データを送れば自由に空間をつくれるのだ。割と簡単に。
しかもフィールドだけでなく、魔法弾なども設定して生み出すことができる。科学の力ってすっげー!ん?魔法の力か?
何で知ってるのかというと、実は初体験ではないからである。何回か少しだけ使ったことはあるのた。
やべーよ、VR空間。まじでソードアートできそうだったもん。
「時間がかかるなら別にいいが」
「あ、大丈夫です!もう終わります」
そう答え、数秒したところで端末から出ていたウインドウが消えた。作業は終わったらしい。
「じゃあ、どうぞ!」
「はいどうも」
フィニーノがどいたので、ありがたく使わせてもらおう。
ジェイドからデータを端末に送る。
今日は思いっきり弾幕ごっこといこうか。
○
古夜が修行を始めてからしばらくして、暗くなってきた頃。
事務処理を終えたティアナは、スバル達と夕食を取った後、一人で訓練場に向かっていた。
今日はもう予定はない、フリーである。それでも訓練場に行くのは勿論、自主練のため。
――頑張らないと。
ヴァイス陸曹には止められたが、どうしてもティアナは訓練をしたかった。
思い出されるのは、先日のホテルでの一件。無人機、ガジェットドローンが襲来した時のこと。
戦闘時、ティアナはガジェットを一掃しようと、限界まで量を増やした誘導弾を使った。その試みは失敗。スバルとフレンドリー・ファイアをおこしかけてしまったのだ。
防衛ラインを割らせることはなかったが、それはほとんどヴィータ達隊長陣のおかげ。
自分のミスで、スバルを危ない目にあわせてしまった。
――自分に、力が足りないから。
フォワード陣の中で、自分だけ何もない。
でもそれを言い訳になんてできない。
「……頑張らないと」
「うん!頑張ろうティア!」
「うひゃあ!!?」
こぼれた言葉に、反応する声。一人だと思っていたティアナは驚きのあまり飛び上がった。
「ス、スバル!?なんで……」
ティアナに声をかけたのは、彼女と同じスターズ隊のスバルだった。ティアナとは訓練生時代からの相棒である。腐れ縁とも言うが。
「自主練でしょ?私も行くよ!」
やる気満々と、拳を握りしめながら言うスバル。その様子を見て、ティアナはため息をついた。
「……あんた、さっきまで撃沈してたじゃない」
「うっ……」
さっきまでというのは、事務処理が終わるまでのことである。訓練レポートや、他の部隊への小さな出動などをまとめていたのだ。事務処理が苦手なスバルはヴィータにしごかれまくっていた。
ティアナの指摘につまりながらも、スバルは言葉を重ねる。
「で、でもほら、体も動かしておきたいし、それに……」
「?」
「私、ティアのパートナーだから!」
屈託のない笑顔で言う。
「……はぁ」
再び、ため息。
この相方はいつもこうだった。そのくせ、見かけによらずわがままで頑固で。
ここ数日もなんだかんだいって一緒に自主練をしている。ティアナが一人でやると言っても中々聞かないのだ。
――敵わないわね。
心の中で苦笑する。
「……クロスシフトの練習、するわよ」
「うん!!」
そんなこんなで二人、足並みを揃えて訓練場へと向かうのだった。
○
「あれ……誰か使ってる?」
スバルが言った。
訓練場の上空で、光が瞬いている。
目を凝らすと、魔法弾らしきものが飛び交っているのが分かった。
「…………なにあれ」
ティアナがそうこぼす。
膨大な量の魔法弾が蠢いている。よく見れば、いくつかの集団が規則を持って動いているのがわかった。
まるで流星群のように、夜の空を光が流れる。
「あれは……晃一さん?」
視力に自信のあるスバルが先に気づいた。飛び交う魔法弾の中に、男が一人、入っている。古夜晃一のことだ。
「……晃一さん、空戦魔導師だったんだ」
「……そうね」
スバルの呟きに、ティアナも相槌をうつ。
古夜の戦いを前に見たのは、シグナムとの模擬戦一度きり。その時は地上での斬り合いしかなかったので、古夜が空を飛べることは知らなかったのだ。
「凄い」
自然とこぼれた。
古夜はあの数の魔法弾の中でも被弾することなく動き回っている。前後左右だけでなく、上下にも。三次元に空間を把握し、回避し続けていた。
やがて。
「…………ん?」
古夜の方が二人に気づいた。回避訓練を止め、地上に降りる。
「なんだ、自主練か?」
「あ、はい!お疲れさまです!」
「止めろよ、俺は管理局の人間じゃないんだ」
こちら、スバルとティアナの方に歩いてきたのであわてて敬礼すると、古夜は苦笑しながら手をひらひらと振った。
「晃一さん、ミッド式も使えたんですね」
「ん?ああ、むしろミッド式の方が使って長いよ。古代ベルカはグリーヴァができてからだからな」
ミッドチルダ式はジェイドで、古代ベルカ式はグリーヴァで魔法を使う。マルチデバイスは最近では使い手が減っている。特に、ミッド式と古代ベルカ式の組み合わせは中々貴重な存在だ。
「……どうして、あんな訓練をしてたんですか?」
ふいに、ティアナが古夜へと尋ねた。
古夜の行っていた訓練はティアナ達が普段行っているものよりもはるかに過激だった。
古夜は既に、シグナムと引き分ける事ができるほど強い。魔導師ランクこそティアナ達よりも下だが、実力は比べ物にならない。隊長達に匹敵するだろう。
それなのに、あれだけ無茶な修行をする必要がわからない。理解できなかった。
「……ティア?」
スバルが心配そうにティアナの顔を覗きこむ。
ティアナの瞳には、疑問と、そして言い表せないような感情が映っていた。
一方質問を受けた古夜は難しい顔になる。何と答えるか、少し迷ってるようだ。
「……そりゃあ、そうでもしないとできないことがあるからな」
やがて、語り始める。
「あいにくと、俺は魔法の才能があるわけじゃないんだ。魔力量なんて今はCだし」
「才能が、ない?」
「ああ」
肩をすくめながらそう言う古夜。
それを見てティアナは意外そうな、というより信じられなさそうな顔になる。
古夜には、才能があるといわれるほどのものはない。魔法の適性はどれもそれなりにはあるものの、なのは達ほどのものはないのだ。
強いて挙げるとすれば、生命力だろうか。魔法とは一切関係がなくなるが。
そんなことを考えながらも、古夜は話を続ける。
「無茶の1つや2つ、しなくちゃいけない、して当然なのさ」
無理無茶無謀は百も承知。だがそれを重ねてきたからこそ、今はそれなりの強さでいられるのである。
「……そうですか」
古夜の答えを受け、何を思ったのか。目をつぶり、ティアナはそう言った。
もっとも古夜の場合、強さはあまり求めてはいないのだが。修行そのものが目的という部分もあるのだ。
――いや、それも正確には違うのか。
心の中でそう呟く。
ともあれ、質問には答えた。
「じゃあ俺は帰るから」
「あ、はい!お疲れさまでした!」
「……お疲れさまでした」
「あいおやすみー」
古夜が訓練場を去る。訓練場にはティアナとスバルが残された。
「……無茶の1つや2つ、して当然」
古夜の言葉を反芻する。
――あの人は、私と似ているのかもしれない。
ティアナは思う。
才能が無いのを知りながらも、上を目指すその姿は。
ティアナには、理想のように映っていた。
――あの人のように、生きることができたら。
無茶を重ねてでも、前に進み続けたら。
――あの人のように、強くなれるのかもしれない。
前回で言っておいてあれですが、年内に終わらない気がしてきました。
大☆誤☆算