空条承太郎と奇妙な女神の守護者達   作:( ∴)〈名前を入れてください

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第13話

それは吐き気を催す邪悪の使い、この恐怖劇を掻き回す尖兵の一人に過ぎない。だが…実力は折り紙つき、物語の幕開けだからといって油断すれば閻魔大王が罪人の舌を引っこ抜くように呆気なくその命は失われるだろう。

 

「俺のやる事はただ一つ……」

 

「貴様らの皆殺しだよぉ!分かってんのかクソダボ共がァッ!」

 

星のタロットの暗示を持つ男と世界のタロットの暗示を持つ男の運命はついに交わる。さて…それでは今宵のグランギニョルを始めよう。

 

藤井蓮は暇である…それはもうとても暇である。承太郎が持ってきてくれたゲームも終わり、ラジオから流れる相撲の試合を聞きながらぼぉっと1日を過ごしていた。溜息まじりに欠伸をしながら伸びをして病院のホールの中でその日を過ごす。

 

退屈だが、病院の外に出れない。時々承太郎か綾瀬がお見舞いに来るがそれも毎日彼等が来る筈も無く、彼は病院の中で何をするでもなくただ1日を過ごす。何もしないと言うのは凄く楽そうに見えて案外辛いものなのだ。皆さんは子どもの時に風邪を引いたがちょっと風邪が引いたから動きたくなってウロチョロして熱を上げてまった経験は無いだろうか?あれを数日間繰り返していると言っても良い。

 

つまり藤井蓮は風邪を引いている子どもがウロチョロしてまうレベルで暇なのだ

 

「あっ…千代の富士勝った。珍しい、最近負け越しだったのに勝つなんて」

 

相撲ゲームをしてからすっかり相撲に詳しくなった蓮は相撲の面白さと言うものを理解し始め最近はラジオで相撲の実況を聞くようになった。人間やることがなければ新たな趣味を開拓し始める物である。つい最近の蓮ならば「相撲?見て面白いものでも無いだろ」と言うのであろうが今の彼ならば「まぁ…きらいじゃない」というくらいには興味を持ってる。土俵際の駆け引きの熱さと言うものを知ってしまった彼は何処ぞの誰かみたいな趣味に目覚めてしまった。

 

「ほぉー…若いのに相撲が好きとは珍しいのう。日本の文化を忘れん心は大切じゃ、関心関心」

 

「あーはい…そりゃどうも」

 

「カカカカカッ!そう恐縮せんでええぞ!儂は唯の相撲好きの爺さんじゃ。お前さんが相撲の実況を聞いておる姿を見てちと、話でもと思うてな」

 

そう言いながら蓮に話し掛ける老人。病院の暇な患者が集まるホールの中で蓮の隣に座った老人は快活な笑い声を出しながら話し掛ける。その姿はとても健康的で何処も病気をしているようには見えない程であった。

 

「爺さんも相撲が好きなの…んですか?」

 

「別に無理して敬語を使わんでええ。そうじゃなぁ…儂は相撲が好きという訳じゃぁない相撲は儂にとっての『生き甲斐』なのじゃよ」

 

「生き甲斐……?」

 

突然語り始める老人に困惑する蓮だが老人はそこからベラベラと話し始める。隙あらば昔語り、隙あらば自分語りを始めるのが老人の性質の一つだ。自分の過去の経験、それを若い者に話したくて仕方ない。大概は良かれと思ってやってる老人と聞いてる者はウンザリしながら聞くアレだ。そこから始まる老人の昔語りに耳を傾ける。

 

儂にとって相撲とは人生じゃった…戦後ロクにやる事が無い中、儂は何か『心が熱くなるスリル』を求めておった。戦場から帰り、平和になった日本で儂は退屈感を感じておったのだよ

血と硝煙の臭い。砂埃が目に入り、爆音が辺りで鳴り響く日常…戦っている時は逃げ出したくて仕方なかったがそんな日常を儂は心の底で肯定しておったのだ

 

そのスリルを感じたくて色んな事をやったよ…じゃがどれもかれも儂の心を潤す物では無かった

いっそ死んでしまったらこの退屈な日常からとも思ってしまう事もあった。

 

だが…そんな中『相撲』に出会った。

 

何故だが分からない、男共が土俵の中で突き合うそれは特に刺激的でも無い筈なのだが…それは儂の心に深く突き刺さった『これが男が求めるべき全てなのだと』な。土俵際での熱い攻防、押すか押されるかの一本勝負、別に命を賭けている訳でも無いのに感じる熱気。

 

『戦い』とはこうあるべきだと…な

 

互いに面と向かい武器など邪道。真正面から身体をぶつけ合う事こそが至高なのだと、この文化こそが日本が誇るべき至宝だと。無くしてはならないと。

 

「そんなこんなで儂は相撲に惹かれていった。まぁ…つまらなかった人生に光を与えてくれたのが儂にとっての相撲と言えば良いのか……」

 

「そっ…そうですか」

 

突然の自分語り。それがどうしたと思うが老人の言葉は無下に出来ず返事をするが蓮の在り方とは余りにも違う、正反対な考え方に納得が出来ない。

藤井蓮は『日常』を愛している。どうしようもない程に当たり前な日常を愛しているのだ。何も変哲な無い日々を唯ひたすらに愛している。『時間が止まって欲しい』と願うほどに、それが藤井蓮という男なのだ。だからこそ目の前の老人のような『命を賭ける程の心が熱くなるスリル』という考えが理解出来ない。

 

何気ない日常こそが彼にとって何よりも大切…それこそ『時間が止まって欲しい』と願うほどに

 

老人がベラベラと話している中、蓮は突然承太郎が見舞いに来た時のような感覚に襲われる。頭の中で自分の知らない事が流れ込んでくる、まるで頭の中でテレビを見るような感覚に抵抗しようとするもその抵抗虚しく映像は流れて行く。

 

時間を止める…それは即ち世界を支配する事と同義である。我が『The World』の力は正しく『世界を支配する力』を持っているのだ。

 

DIO樣ァァァッ!貴方は必ず世界を支配する事が出来る御方ですじャァッ!

HBの鉛筆の芯をべキッとへし折るように、息を吸うように『出来て当然だと』と思う事が大切なのですじゃぁッ!

 

流れて行くノイズ塗れの映像、一人の男の力の目覚め、世界を支配する力。そこから感じるのはどうしようもない程の『吐き気を催す邪悪』猛烈な吐き気。感じる険悪感、この男は『自分の日常を壊す敵』だと蓮は感じた。

 

「のう若いの、お前さんは『日常』をどう思っておる?いや…答えんでええ、きっと儂とお前さんは分かり合えん。」

 

「儂はのう…『日常』とは壊れてこそ意味があると思うておる。」

 

老人の言葉は蓮に届く事は無い。蓮は今頭の中で流れるノイズ混じりの映像を見ているから老人の言葉を聞く余裕は無いのだ。だが…この時、老人の話を聞けていたら彼のこれからの運命はまた違った物へと変わっていただろう。

 

運命とは上流から下流へと流れ落ちていくの中を流れて行く笹船のような物だ。どれだけ進めるか、どんな進み方をするのか…それは笹船次第だが水はそんな事お構い無しに流れて行く、上から下と流れ落ちていく水の上に浮かぶ笹舟は上へと戻る事は出来ない。

 

それはつまり『選んだ結果はもう翻す事は出来ないと言うことであり』

 

「儂の勘がもう直ぐこの病院で儂の心を浮き立たせる何かが始まる…そう叫んでおる。お前さんは早うここから逃げた方がええ」

 

「年寄りの長話に突き合わせてすまんかったの。じゃあな若いの長生きしろよ」

 

そう言いながらその場を去っていく老人。その姿を見送る事も無く蓮はノイズ混じりの映像を見るだけだ。

 

『運命』とは中々に面白いもので、ほんの些細な物から変わっていく物なのだ。雨が降ってるから今日は外に出るのを止めようと考えたらその日行こうと思っていた場所で事件が発生していたり、バスを降りて食事を取っていたらその乗っていたバスが土砂崩れで埋もれてしまったり九死に一生を得ている者は少なくない。

 

つまり…人々は『運命』に左右されながら死んだり生き延びたりしている。『運命』に愛されている者等と言われる者は時折いるがそんな者は運命の流れに上手く乗れていると言っても過言ではない。

 

「…って、あの爺さん。いつの間に何処へ行ったんだ?」

 

では藤井蓮と呼ばれる男は『運命』に愛されている者なのか?

 

それが分かる者は『神』くらいだろう

 


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