近すぎて見えない   作:青野

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第五話 放課後ランナウェイ

 

 

 

「んー・・・どうすっかなぁ」

 

 と放課後の席にてボヤくのは千早の悪友の一人、伊藤(いとう)連太郎(れんたろう)である。彼と千早は

今日の抜き打ちテストの反省点を活かして取り敢えず今日のテスト分を勉強することを名目にして課題を含めて勉強をしていた。

 放課後も中盤を抜けてそろそろ自由に遊ぼうかという時間になってきた頃、連太郎が呟いた。

 

「何が?」

 

「いや、なんか新学期始まってから椅子の調子がガタガタすんだよな」

 

 そう言いながら連太郎は後ろの席の千早に椅子がガタガタする様子を見せた。それを見た千早と「フム」と考えた後に口を開いた。

 

「なら、他教室行って机取っ替えたら?」

 

「なるほど、そういやそうだな。先生に文句言ってやろうと思ってたんだが、まぁいいや。ちょっくら行ってくるよ」

 

「手伝うよ」

 

「悪いな」

 

 連太郎は眼鏡をかけた一見クールな表情でもあるが、本性はただのエロガッパである。見てっくれだけはいいのだが、中身が割と残念でもある。連太郎とは入学式の頃に意気投合してそれ以来よく二人でいる。椎名や恋奈たちとも仲が良い。

 二人は勉強の休憩がてらということで連太郎の机と椅子を隣の空き教室まで持っていき、適当な机でも見繕うと思った。

 廊下まで運んで二人はガラリと空き教室のドアを開けた。

 

「「「あ・・・」」」

 

 そこには下半身下着姿の女子生徒が一人いた。丁度、スカートを履く途中であった為、着替えをしている様子だと千早たちは理解した。

 

 ガランッ!

 

 といきなり連太郎はドアを閉めた。

 

「おい、いきなりとは危ないな。まぁ、あのままってのはちょっとどうかと思ったが」

 

「千早、荷物をまとめろ。逃げるぞ」

 

「逃げるって?」

 

「お前はあの女の恐ろしさを知らない」

 

「はぁ?」

 

 と、次の瞬間、ドアが開いて先ほどの女子生徒が頬を染めながら千早たちを睨んでいた。

 

「あ、あなたたち覗きなんて校則違反よ!」

 

 などと千早たちは叫ばれた。ある意味、目の前の彼女は割と錯乱状態にあり、無理矢理にでも言ったようにも感じたのだ。

 

「逃げるぞ!」

 

 連太郎は千早を掴んで廊下を走り出した。何故と疑問を千早は感じたのだが、連太郎は口を開いた。

 

「千早、今の女知らないのか?我が楓ケ丘高校の頂点にして絶対的存在、生徒会長、藤野(ふじの)京(きょう)凪(な)だ!」

 

「藤野・・・京凪?」

 

 今現在、三階の廊下を逃げている連太郎と千早の二人を後ろから追っているのは楓ケ丘高校生徒会長の藤野京凪。三年生である。愛嬌のある豊かな表情と責任感ある性格から教師からの期待は高い。ルックスも高く、勉強運動ともにかなりの高スペックの持ち主であ

る。外見は他に栗色の背中まである長髪である。

 だが、連太郎を含むエロ担当枠の男子にとっては天敵とも言ってよい存在だった。

 

「まぁ、あの生徒会長はこういったH系の話題についてあんまり耐性を持ってなくてな。恥ずかしがって覗きとか、エロ本持っていた男子を殴るという生徒会長にしてはあるまじき愚行を犯すんだよ」

 

 千早が一瞬だけ視線を後ろにすると女とは思えない脚力で走ってきている京凪の姿が見えた。その表情はかなり恥ずかしそうなもので、その目は二人を睨んでいる。急いで来たせいなのか上にブレザーは羽織っていなかった。

 

「おいおい、なんでそんなのが生徒会長やってるんだよ」

 

「知るかよ、あのルックスと万人受けする性格は周りからのウケがいいんじゃねーの!?」

 

「あ、あなたたち止まりなさい!覗き行為の現行犯で逮捕します!」

 

 放課後ということもあり学校の廊下は昼間と違って通っている人数は少ない。おかげで二人は全力で走ることが出来たが、それは生徒会長、藤野京凪も同じ条件であった。

 

「ヤバイ、あの生徒会長逮捕とか言ってんぞ!俺たちをボコボコにした後に警察に突き出す気だ!」

 

 連太郎の言葉を聞いて千早は走る速度を上げていく。運動もできる京凪なので男子に負けず劣らずの脚力である。

 

「ちょっと!それは表現の間違いよ!そう、なんていうの・・・うーん、思いつかない。なんていうの・・・ちょっと記憶を消すだけよ!」

 

 その言葉は千早の頭の中に恐怖を刻み込む。

 

「うぉぉぉぉい!あの人、完璧に俺たちを殴る気でいるぞ!」

 

(だが、このまま走っていても意味がない。どうにかしないと)

 

「そう錯乱するな、千早。俺にいい案がある」

 

「いい案?分かった。今は、お前の案に乗ろう」

 

「よし、俺についてこい!ふははははははははは!」

 

 連太郎は更に速力を上げて千早の前に走る。三階から一気に一階まで降りると校舎の周りを走り出す。

 

(確かにここは校内と違って隠れるところが多い。流石は連太郎!)

 

「って、連太郎?」

 

 千早が何処に隠れようかと考えていると前を走っていたはずの連太郎の姿が消えていた。どこに行ったのだろうと千早が探していると屋外プールを覗いている連太郎が見えた。

 

「連太郎、サッサと隠れるぞ」

 

「待て待て、もうちょい見させてくれよ。うちの水泳部の女子はスタイルいいんだから」

 

「んなもんで納得出来るか」

 

 そうこう連太郎とやり取りを千早はするのだが、その筋金入りの煩悩にイライラを越えて呆れすら感じ始めていた。

 

(もうこいつほっといて一人で逃げようかなぁ)

 

 そう千早が思って最後の声掛けをしようとした時、連太郎の後ろに近づく影が見えた。

 

(あれは・・・生徒会長!?)

 

 ガシッと連太郎の肩を捕まえた生徒会長は連太郎が反応する前にフェンスを越えてプールの真ん中に連太郎を投げた。

 その場にいる千早は何が起きたのかサッパリ理解出来ず、ただポカーンと口を開けたまま綺麗な放物線を描いていく連太郎の姿を追うことしか出来なかった。

 

 そして、処刑を終えた京凪は額にかかった汗を拭って一言。

 

「ふぅ・・・恥ずかしかった」

 

(な、何なんだこの女。恥ずかしいとかそういう次元の話じゃねーーーぞ!)

 

 とか千早が考えていると連太郎の落ちた衝撃によってプールの水飛沫が大量に京凪に降りかかった。そのせいで大量の水を京凪は受けてしまい、制服はビショビショになってしまう。

 

「あーあ」

 

(こればっかりは仕方がないわ。自業自得。連太郎をプールに投げたのがアウトだったな。俺にはなんの責任も罪悪感も生まれん)

 

 無言で滴り落ちる水滴を見つめる京凪を千早が見ていると、千早は驚いた。京凪はすんごい胸の持ち主ではないがそれなりの育ちはよく、女子高校生にしては大きいほうだと思われる。だが、特筆するのはそんなところではなく、水によって濡れた京凪の状態だった。

 ブレザー、つまり上着を着ていない彼女の装備はカッターシャツにスカートという夏服の状態である。

 

 そんな状態で水を被ってしまえばどうなるかと言われれば・・・。

 

「ブラ透け」

 

 あっと思った時には遅く、千早の方向に向かって京凪が走ってきた。彼女は濡れている制服のことなんて考えず真っ直ぐ千早に向かって走ってきている。完全に千早を物理的に制圧する気満々であった。

 

「ちくしょぉ!俺の馬鹿!」

 

 千早はまた走り出す。背後には恥ずかしさという名の暴力を振りかざした女が走ってきているのだ。

 

(あの女、濡れてるのとか気にしてないのかよ!)

 

 そう思いながら千早が飼育小屋の隣を走っているといきなり学校で飼っている豚が飛び出してきて、京凪に突撃した。思わぬ乱入者に京凪はあたふたしていると豚の突撃を受けてその場に倒れる。

 そうすれば後の祭りで体の上を豚が踏んで来なかったが体は跳ねた泥などで泥まみれ。更に水をかぶった後なので酷いものだった。

 

「うわぁ・・・」

 

 千早は思わず可愛そうだなと思うのだがこれも自分勝手な行動の天誅だと思考を切り替える。のだが、それでも京凪は諦めずその場で立ち上がった。その顔には今の失態の羞恥心が上乗せされているせいか、更に恥ずかしがっているように見えた。

 

「ヤバイ・・・この生徒会長まだやる気だ」

 

 一体何を考えているのかここまで来るとわからなくなってきた千早は兎に角逃げることを選択した。

 

 一方、生徒会長藤野京凪は焦っていた。

 

(どうしよう、恥ずかしさのあまり相手を悪人にしたてあげることで自分の行いを正当化させるなんて・・・そもそも空き教室で着替えてた私が悪いのになんてことを・・・けど、一人やっちゃったから今更に元には引き返せないし)

 

 京凪は幼少期より武術の心得がある父親から護身術を習っていた。おかげか痴漢が出てきた時には見事撃退してしまい、勉強もやってみたら高得点が取れた。周りの空気を読みつつ自分の考えを言うことで周囲と協調出来ることも知った。

 

 だが、Hな話とはほぼ無関係で父親と母親に大事に育てられた京凪にとってはそういった卑猥なことに対する耐性がなかった。だからこそ、体が勝手に動いてしまう。

 

「ちょい待ち生徒会長さん。あんたのパンツを見たことは悪いと思っているが、流石にこの仕打ちはないんじゃないのか?」

 

 千早の一言に本能で体を動かそうとしていた京凪の意識がハッキリと戻ってきた。

 

「・・そ、そうね。だけど、私の下着を見たんだから謝りなさい」

 

「・・・す、すみませんでした」

 

 千早が素直に認めると羞恥心で動いていた京凪の体が徐々に落ち着いてきた。こうしてしまえば京凪は生徒会長としての威厳と責任を取り戻して通常に戻る。

 

「うん、ならよし。君、二年生?」

 

「あ、はい・・・十村千早と言います」

 

「十村君ね・・・分かったわ。今回ばかりは大目に見ます。まぁ、私も悪かったし、今回はお互い様ということね」

 

(まぁ、こっちは美人の下着姿が見られたんだ。連太郎はプールに落ちたが俺はなんとか説教で済みそうだ・・・って、頭の中に下着姿の記憶が全然ねぇ)

 

「以後気をつけます」

 

「よろしい、それじゃぁ私は行くから」

 

 そう言って京凪が立ち去ろうとした時、いきなり突風にそのスカートがめくれ上がった。偶然にも千早はそのスカートの中身を見てしまう。

 

「黒・・・」

 

 この発言が男の死を意味した。

 

「イヤァァァァァァッ!」

 

突如、羞恥心によって限界突破した京凪は目の前にいる千早を背負い投げしてしまった。

 ハレンチな場面での女の子から暴力は羞恥心を隠す為なものだと考える。だが、一方的に見せておいてこの仕打ちはないだろうと千早とともに連太郎もそう感じた。

 そして彼は大きく体を打ち付け、薄れゆく意識の中でこう誓う。

 

(いつか絶対に仕返ししてやる)

 

 


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