「何処行ったんだよ」
多くの人が行き交うこの夏祭りの会場では容易に人を探すのは簡単なことではなかった。千早から何度も椎名にコールするのだが出てくれない。
「よお、スッキリ顔した奴がいるな」
「連太郎・・・」
そんな千早に声をかけるのは沢村と一緒にわた菓子食べている連太郎の姿であった。
「覚悟決まった訳だな」
「覚悟?んなもん、決まってねーよ。覚悟っていうか、一歩前に出ることに前向きになっただけだ」
「相変わらず遠まわしな言い方だな。お前、小説家でもなったほうがいいんじゃねーの?如月だよな?いつの間にか消えて、橋の方に行ったような」
「橋?サンキュー!」
連太郎から情報を受け取った千早は更にその速度を増して走り出す。途中何度か他の人とぶつかってしまいながらも彼は探した。
すると、橋を歩く二人の男女を彼は捉える。紛れもない、椎名と宮野であった。千早その二人の背中に向けて走る。
「ほら、そろそろ花火が始まるよ」
「あ、そうですね」
(千早と恋奈・・・何処に行ったのかな?確かにイケメンと二人は美味しいシュチュレーションだけど・・・なんか・・・)
椎名は自らが望んでいたそのシュチュレーションに若干の疼きを感じながら周囲を見る。だが、その友人二人はその場にいない。
と、花火が打ち上げられた。甲高い音ともに打ち上げられた火種は上空で綺麗な花を咲かせる。一瞬それに見とれた二人であった。すると、宮野はこれ見よがしに椎名を真っ直ぐに見る。
「椎名さん・・・」
「え・・・あ・・・はい・・・・?」
そう徐々に顔を近づけてくる宮野。完全にキスをしようとするパターンであったが、椎名は一言こう思った。
(違う・・・)
「あの・・・ごめんなさい」
その次の瞬間には不意に椎名はそんな言葉を喋っていた。
「・・・・ん?」
「私には他に好きな人がいますから・・・そういうの、止めてください」
「え・・あ・・・・そ、そうだったのか。なんかごめんね」
あくまで誠実さを感じさせるような素振りを見せる宮野。それに反対してやや不機嫌になってしまった椎名。
宮野からすれば相当参った展開になってしまった。
自分のこと好きなんだろと思ってキスしようとしたら断られてしまったのだ。これほど、イケメンフェイスとしては屈辱的な展開はないだろう。
「そうかい、それじゃぁ・・・俺は行くわ」
それだけポツリと言うと宮野はその場から立ち去っていった。少し豹変してしまったその彼の態度に対してかなりドン引きした椎名はまぁ猫かぶっていたのだろうと椎名は納得する。
(うん・・・納得しちゃったなぁ、なんだか)
ヒューン ドンッ!
と、彼女の視線の先で火の華が咲く。それを綺麗だと思いながら寂しいという気持ちが椎名の心を揺さぶる。
それでも、なんでかなぁと思ったら彼女自身自分の浅はかな考えが原因だと感じた。
「私もなぁ・・・」
自分でもそう気になることはあった。
十村千早。彼のことを思い浮かべるだけで椎名の胸はキュンと締め付けられる。それが恋心だというのに気づくのは速かった。千早が椎名を好きになる前よりもずっと前から椎名は千早のことが好きだった。
しかし、その友人間の態度というものを崩せずにズルズル気持ちを引きずったままでここまで彼女は来てしまった。
そして、振り返れば彼はいなかった。
「嫌になるなぁ・・・」
ついイケメンだからと思ってついていった結果がこれであった。本心からそんな関係になることを望んでいなかった。
(神様がツケを払えと言っているのかな?)
そう椎名が苦笑いした。
「椎名・・・はぁ・・・はぁ・・・ここにいたのか」
そう彼女の名前を呼ぶのは息を切らした千早であった。若干汗だくになりながら千早は彼女の目の前に出る。
「え・・・あ、うん」
「花火始まってたんだな」
「そうだよ・・・ほら、凄く綺麗」
「ああ、綺麗だな」
喋りながら息を整えた千早は椎名を見た。
「まだ言ってなかった。浴衣、似合ってる」
すると、椎名は千早の言葉に一瞬キョトンとした後に口角を釣り上げて「そうかな?ありがとう」と頬を染めた。
そうこうして花火が終わると、椎名のケータイが震える。画面を確認すると椎名から連太郎たちと先に帰ったとの報告があった。
「恋奈たち、先に帰ったんだって」
「あ、そうなん?じゃぁ、俺らも帰るか」
そうして二人は同じように帰宅する他の人々で大変混雑していた。ギュウギュウの満員電車に乗って二人は最寄駅へと出てくる。
住宅街へ出て椎名の家にもう直ぐ着こうとしていた。
「なんか、また送ってもらったね」
「別に今回だけじゃないだろ。珍しいことじゃない」
「へへ、ありがとう。千早って、女の子にはいっつもこんなことするの?」
「どうだろうな。お前以外の女の子送ったことないから」
「へー、そうなんだ」
「ああ、女子の接点なんて俺は少ないからな。あんまり。それで、宮野とはどうだったんだ?あいつ、変に手出してきてないか?」
「え・・・あー、なんかキスされそうになった」
「は?え、お前まさか」
「いやいや、しないしない。結局ああいうのって顔だけだった。あんまりタイプじゃなかったなぁ」
「・・・そっか」
「うん、そう」
二人の歩く距離はどんどん短くなり、いつしか自然と二人は手を握っていた。お互いの手汗で気持ち悪くなりながらもその手を離すことはなく、二人は歩いた。そして、椎名の家の前まで来た時にその手は名残惜しくも離れて行った。
「それじゃぁ・・・ね」
玄関の前で綺麗にお辞儀する椎名を見た千早は胸がズキズキと痛み出すのを感じていた。
(本当にこれで良かったのか・・・分かんないけど、このままじゃ嫌だし。椎名と心が通じ合っている訳でもないんだから、俺は・・・)
千早はそこでやっと言葉にした。
「好きだ」
「え・・・」
椎名の口から戸惑いの言葉が出る。次の椎名の反応を待つ前に千早は言葉を紡いだ。
「俺と付き合ってください」
直後、椎名の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ばかぁ・・・千早のばかぁ・・・」
一歩ずつ千早に向かって歩く椎名を千早が迎え、その手を握った。そして、椎名は泣きながら更に続けた。
「ずっと・・・・ずっと、待ってんだから」
「ごめん、随分と待たせちゃったな。それで、答えは・・・」
そう言うと嗚咽交じりに椎名は言う。そこに可愛さはないものの、そこには如月椎名というたった一人の女の子が確かにいた。
「こんな私で良かったら、お願いします」
彼女はそう静かに言った。
こうして彼と彼女の人生の一幕は一旦閉じるとする。
運命とは皮肉なものでお互いにそんな関係を求めていなかったのにも関わらず、否応なくあたかも決まっていたかのようにそうなってしまう。
しかし、運命を知ることは出来ない。故に変えることは出来るのだろうかと考える。結果この二人が付き合ったことが何を意味するかどうかは分からないが、十年二十年後に互いに運命の人と言えることになれば素晴らしいことなのだろう。
オタクと腐女子であったからこそ、その平行線は交わることはなかった。
決してオタク女子が全員リア充男子に恋している訳ではない。そういうことを言う奴は自らの運命から目を背けているだけに過ぎない。それを千早は身を持って感じた。
だけど、前述した通りに変えられない訳ではない。
これから先、彼らがどんな人生を歩んでいくのかどうか分からないが、様々な苦難が待ち受けていることは確かであろう。
それでも彼は一つの大きな答えを導き出す。
遠すぎて霞んだものも、近すぎて見えなくなったものも。きっと、自分の答えなんだって。
以上をもちまして、『近すぎて見えない』は終わりになります。
どうですか?みなさんもこんな体験あったでしょうか?
作者としては共感出来る作品を考えたんですが、どう考えてもギャグはありえませんよね。
みなさんの時間潰しにでもなってもらえたなら幸いです。
・・・・と、言いたいところなのですが、作者としてももう少し続きが書きたいなと思いまして、
色々と番外編でも書いていこうかなと思いました。
現段階としては今回のものを高校生編として、大学生編みたな感じにその後も続けていけたらいいなと思っています。
ブックマークをつけてくれた皆様、読んでくれた皆様、まだ終わりませんから今後ともよろしくお願いします。