近すぎて見えない   作:青野

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第十話 文化祭Ⅱ

 

 その頃、椎名はお茶の入った紙コップを持った状態でポケーと天井を見ていた。

 

「どうしたの、椎名?ははーん、かっこいい千早君のこと思い出していた?」

 

「うぇっ・・・ちょっ・・は?え・・・いや、そんなんじゃないし」

 

「なーに照れてんの?」

 

「も、もう!」

 

 千早のおかげによって椎名は乱暴されずに済んだ。普段と違って男らしいその姿に椎名は少し動揺していた。今しがたやっと彼女の心が落ち着いたところであった。

 

「おーす、椎名ちゃん。具合はどう?落ち着いた?」

 

 クラスメイトにからかわれていると、恋奈が椎名の様子を見に来た。恋奈と交代するように他のクラスメイトが接客に出る。

 

「うん、ありがとう。結構落ち着いてきた。変に心配させちゃってごめんね」

 

「何言ってんの?心配するのは友人としての務めだと思うけど。それに、あの変な輩は今頃生徒会長の餌食になってると思うし」

 

「生徒会長って、藤野京凪先輩のこと?」

 

「うん。そうだよ。あの生徒会長変に生真面目だし、武道の心得があるからめっちゃ強いよ」

 

「へぇ、そうだったんだ。知らなかった。あー、だから千早たちがあんなに怯えていたんだ」

 

「会長、エッチ系には耐性ないらしいって聞くしね」

 

 とまぁそんな感じに椎名の傷ついた心は次第に癒えていくのであった。

 

一方その頃、千早と連太郎は年に一度のこの祭りを満喫していた。彼らの両手には焼きそばやたこ焼き。フランクフルトなどが握られている。

 

「いやぁ、あれだよな。普段食べる食い物より高いけど、それなりの旨さというものがあるな。モグモグ」

 

 と千早。

 

「そうなんだよな。学生のレベルなのに普通に旨いように感じるんだよな。学生のレベルなのに。モグモグ」

 

 と連太郎。

 

「あなたたち、せめてベンチに腰かけて食事が出来ないの?」

 

 と京凪。

 

「「・・・・・ってうぉい!」」

 

 いきなり京凪の登場に二人はビックリして小ジャンプした。

 

「そんなに驚くことないと思うんだけど」

 

「えっ、いや・・・まぁ、はい。すみませんでした。で、何でしょうかね?」

 

「え?いや、だから食事するならせめてベンチのある場所で食べてと言っているの」

 

「おい、連太郎。生徒会長がまともなことを言っているぞ」

 

「奇遇だな。俺もそう思ったところだ」

 

「ちょっと!私のイメージどうなっているの!」

 

 その言葉に千早と連太郎の二人は顔を見合わせて言った。

 

「対エロ魔人兵器」「動く殺戮マシン」「いつか総合格闘技チャンプ」「火力馬鹿」

 

「ふむ、こんなところか。おいおい、連太郎。流石にいつか総合格闘技チャンプは言い過ぎじゃないのか?」

 

「お前こそ火力馬鹿なんて失礼し過ぎやしないか?」

 

 そんな心ともない会話に一歩引いて話を聞いていた京凪は立ち止まって地面を見ながらブツブツと喋る。

 その異様な光景にやっと気がついた二人は視線をズラす。

 

「えー、なにそれ。対エロ魔人兵器とか動く殺戮マシンとか、えっ、私ってそんなに他の生徒から怖がられているのかな?いやいや、そんなことないよね。ちゃんと威厳のある生徒会長としてそれなりの仕事をしている訳でありまして、エッチなのに過剰に反応しちゃうのはわ、私だって苦労しているんだから。けど、それでも・・・火力馬鹿はないんじゃないかな?馬鹿?な訳ないよね。一応、学年一だからね。トップの成績収めているからね。そのまま進化したら今度は私ゴリラとか言われちゃうのかな?ゴリラって流石に女の子に対してゴリラはないよね。まぁ、腕力だけ見たらゴリラと間違えられても仕方がないかもしれないけど、私も結構可愛い方だと思っているんだけど。ゴリラかぁ・・・へぇ、ゴリラかぁ・・・・・ふーーーん」

 

 

「おい、どうしよう。生徒会長が壊れた」

 

「ああ、そのようだ。しかも俺たち一言もゴリラなんて言ってないのにゴリラ発言したと思われているぞ」

 

 その議論は関係なく、虚ろな目で二人を見つめている生徒会長に妙な鳥肌が出る。

 ていうか、汗が止まらない。恐怖なのであろうか。京凪が発する異様な空気。所謂、オーラが二人を包み込んで動かなくしてしまう。

 京凪の目は徐々に黒くなり、目の光は失われていく。

 

「れ、連太郎・・・・」

 

「どうやら俺たちは言ってはならない言葉を口にしていたのかもしれない。だけど、それが『ゴリラ』なら俺たち一言も言ってないよな?うん、一言も言ってない」

 

「だけど、俺たちだってこのままやられる訳にはいかない!いくぞ!連太郎!」

 

「おう!今まで逝ってしまったエロの戦士たちのために!ここで逃げる訳にはいかないんだ!」

 

 十村千早 level 5 HP 50 MP 0

 スキル:オタク知識 効果:あらゆるアニメ、ゲームの知識をもって相手を倒す。現実に反映できるかどうか別である。まぁ、ゲームみたいな動きは出来ない。

 

 伊藤連太郎 level 5 HP 45 MP 0

 スキル:身代わり 効果:自分のメガネを身代わりに相手の攻撃を一度だけ凌ぐことが出来る。だが、次のターン自分自身の視力を失うことになる。

 

 VS

 

 藤野京凪 level 38 HP 472 MP 103

 スキル:破壊神 効果:物理的制圧

 

 

「くっ、なんで旅立ちしたての勇者が魔王の四天王と戦うようなイベントになってんだよ!レベルの差がありすぎだろ」

 

「それにスキルの説明てきとうすぎんだろ!物理的制圧ってなんだよ!」

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

「もはや人語すら喋っていない」

 

「だ、ダメだ。やっぱり勝てる気がしない。だが、ここまで逃げる訳にはいかないだろ?」

 

「ああ、その通りだ。俺たちは戦うしかないんだ!」

 

 二人は顔を見合わせて軽く頷くと狂気となった京凪に向かって走り出した。彼らも男である。今までの借りを返さなければならないと考えていた。

 

 生徒会長藤野京凪は校内のエロ魔人の天敵である。勿論、千早と連太郎は例外ではない。最初の出会いをはじめとして彼女の制裁というなの物理的制圧に耐えてきた。

 だが、ここで逃げてしまえば今までの生活と一緒である。

 戦え戦士よ!戦え童貞よ!明日を掴め!

 

 数秒後

 

 楓ケ丘高校文化祭。本棟二階の廊下にて天井に突き刺さる二人の男子生徒という出し物はこの日一番人気があった。

 

 

 

 


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