もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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04 実戦練習

「くぅっ……やっぱり勝てへん!」

「やっと終わったか。約束、忘れてないだろうな?」

「……忘れとらん。ちゃんと約束は守る」

「そいつは安心だ。

 それじゃあ細かい話はそいつから聞いてくれ」

 

 中川へとトスを上げて部室を出る。僕の役割はしばらく終了だ。

 後は……頼んだぞ。

 

 

 

 

 

 

 うん、任されたよ。

 とは言っても、この計画は私から言い出した事なんだけどね。

 これからの1週間で七香さんと仲良くなって、まずは心のスキマの仮定が正しかったのかを確認する。

 間違っていたなら計画を修正、合っていたなら……何とかなるはずだ。

 

「榛原さん……だったよね? よろしくお願いします」

「七香でええよ。あんたは……」

「あ、西原です。西原まろん」

「んじゃうちも『まろん』って呼ぶわ。しっかしうまそうな名前やな」

「そ、そうですね、よく言われます」

 

 桂馬くんが適当に付けた名前だけど、その由来は某魔法少女らしい。

 確かに間違ってはいないんだけど、もうちょっと普通の名前は無かったのかな?

 

「んで、今から始めるんか?」

「そうですね。七香さんさえ良ければ」

「なら始めよ。お前強いんか?」

「いえ、一昨日始めたばっかりの素人です。お手柔らかにお願いします」

「敬語もええよ。しっかし初心者か……駒の動かし方とかは分かっとる?」

「それくらいならまぁ……」

 

 流石にそれくらいなら覚えてる……はず。

 あれ? ちゃんと覚えてるよね、私。

 

「まずは対局してみよか。平手でええか?」

「いや、それは無茶……いやでも実力を見る分にはそっちの方が良いのかな?」

 

 将棋にはハンデを付ける処置として『駒落ち』がある。

 格上の人は最初から駒の数を減らしてから試合を開始するという物だ。

 また、その駒落ちが無い場合は『平手』と呼ばれる。

 つまり、七香さんが言ってるのは『実力も見たいからとりあえずハンデ無しでやってみような』という事である。

 最上級のハンデである六枚落ちでも足りないと思うんだけどなぁ……とりあえずやってみようか。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「おう、よろしく」

 

 

 

 その後、私が七香さんに瞬殺された事は語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

  ……攻略2日目……

 

 昨日は実力を確かめる為の一局だけで終わったけど、今日から本格的に教えてもらう事になる。

 ちなみに場所は舞島学園の将棋部だ。

 他にもいくつかの案(東美里高校の将棋部とか、桂馬くんの(私が住んでる)家とか)があったけど、何とか交渉して結局ここになった。

 この姿で東美里高校なんて行ったらかなり面倒な事になるし、ラスボスの桂馬くんが居る場所に七香さんを連れていくわけにもいかなかったから。

 部員でも無い人が部の設備を使うのも迷惑にならないか不安だったけど……主将さん曰く、県の個人戦で二連覇してるのでそこそこ多めの部費が貰えており、将棋セットは余ってるから自由に使って良いとの事である。主将をちょっと見直した。

 

「よっし、強うなるためには実戦が一番や! やるで!!」

「お、お手柔らかに……」

 

 ……その後、六枚落ちのハンデを貰ったけど負けまくった。

 圧倒的な実力差に心が折れそうになるけどまだ大丈夫。桂馬くんのゲームの方が理不尽だから。

 数十回ほど負けてから、本日の特訓は終了した。

 

 

 

  ……攻略3日目……

 

 今日も変わらず六枚落ちで対局する。

 そして今日も変わらずボコボコにされる。

 一向に進展が無いのでしばらくしたら流石に別メニューを提案してくると思ったんだけど……これは素直に教える気なんて無いというアピールなのか、それとも七香さんが脳筋なだけなのか。敵意は感じないので後者なんだとは思うけど、これほど将棋が上手い人が初心者への教え方を知らないなんて事があるんだろうか?

 ……十分有り得るか。桂馬くんみたいに天才タイプだと理論をすっ飛ばして行動に移ったりするし。

 ボコボコにされるのは展開としては悪くは無いんだけど……どの辺で切り替えるべきか。

 

 そんな風に悩みながら将棋を指していたら七香さんの方から声をかけられた。

 

「……なぁ、ちょっと聞いてもええか?」

「え? なあに?」

「アンタ、ずっと負けてて辛くは無いんか?」

 

 

 私の望んだ通りのその言葉が出たその時、桂馬くんがギャルゲーが好きな理由が少しだけ分かった気がした。






七香の将棋の指導力は不明ですが、彼女であれば特に指定しなければ実戦練習しかしないんじゃないだろうかというのは作者の気のせいではないと思う。

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