プロローグ
「ねえ桂馬くん、ちょっと頼みたい事があるんだけど……」
突然そんな事を言われても悪寒が走らなかったのは彼女の日頃の行いが某バグ魔に比べて非常に良い事を示しているのだろう。
攻略関係でも色々と助けてもらってるから借りを返すという意味でも快く引き受けようじゃないか。内容次第だが。
「何だ? また勉強か?」
「ううん、今回はそっちじゃなくて仕事関係だね。
桂馬くんって将棋はできる?」
「ああ、指す事ならできるぞ」
「え? 刺す?」
「そこからか? 将棋では『する』という意味で『指す』という言葉が使われる。
盤上に置かれている駒を指で指し示して動かすからな」
ちなみに相手から取った駒を使う時は『打つ』という言葉が使われるが、あくまで将棋を指す時の行動の一つなので『将棋を打つ』とは言わない。
ついでに、囲碁なら『打つ』だ。盤の外から碁石を持ってきて置くからな。
「へ~、そうなんだ」
「で、それがどうかしたのか?」
「あ、うん。昨日のオーディションでアニメのヒロイン役に選ばれたんだけど、将棋がすっごく強いって設定なの。
だから少しでも勉強しておこうと思って」
「なるほど、それじゃあ将棋のソフトを……と言いたい所だが、丁度いいものが無い」
「え? 持ってないの?」
「将棋が絡むギャルゲーは何点か持っているんだが……」
「……問題が、あるんだね?」
「ああ、バグだらけでな。
酷いものなんか王手しただけでフリーズする上に相手が五歩とかやってくる」
「ゴメン桂馬くん、王手は分かるけど五歩って何?」
「……ふむ」
その辺の用語とか、一度きっちりと教えておいた方がスムーズに進みそうだ。
口頭で説明するのも不可能では無いだろうが……
……仕方あるまい。
「明日、一緒に学校に行くぞ」
「え? 分かった」
……翌日……
口頭で教えるよりもちゃんと実物を使って教えた方が教えやすいし実感しやすいだろう。
だが生憎と僕の家に将棋セットなど存在しない。ある家庭の方が珍しいと思うが。
使う駒はトランプみたいに規格を合わせる必要は無いのでその気になれば手作りも不可能ではないが面倒だ。
「というわけで、
「いや、どういう訳だよ!? いきなり来て何言ってんだテメェ!」
あれ、おかしいな。ギャルゲーでは空気を読んでサクサクと話が進むはずなのに。
あ、これ
「あの、ちょっと将棋のお勉強がしたいので、1セット貸して頂けないでしょうか?」
「お、おう! お兄さんたちが優しく教えてあげるよ~!」
「あ、桂馬くんに教えていただくので大丈夫です」
「ごふあっ!!」
西原モードの中川が一言頼んだらあっさりと貸してくれた。
下心満載の将棋部員が撃沈していったが放っておこう。
「よし、じゃあ始めるぞ」
「よろしくお願いします!」
「…………」
「…………あの、桂馬くん?」
「……どうやって並べるんだ?」
「知らないの!?」
だって仕方ないだろう。ゲームでは並んだ状態でスタートするんだから。
「フッ、君達はそんな事も知らないのかね」
どうしようか悩んでいたらいかにもやられ役っぽい部員が話しかけてきた。
「あの、どなたでしょうか?」
「フフッ、まあ初めてここに来る君が知らないのも無理は無い。
僕は田坂、
モブ部員かと思ったら主将らしい。
それでもすぐに負けそうな顔をしているが。
「主将って事はお強いんですか?」
「当然さ。何たって僕は奨励会の人間にも勝ったことがあるからね!」
「奨励会……って何? 桂馬くん」
ここで僕に振るのか。目の前のおしゃべりなモブに任せれば良かろうに。
「そうだな、あえて誤解を招く言い方をするとプロの事だな。
入会試験やら何やらを頑張って入会し、そして研鑽を積む事でのみプロを名乗る事ができるようになる」
「へ~、って事は主将さんはお強いんですね」
「フフン。当然さ」
随分と偉そうにしているが、強さを主張したいのであれば『プロに勝った』と言えば良いだけの事だ。
ということは、恐らくは……
「奨励会と言ってもピンキリだ。
そして、奨励会三段以下はプロではないので『奨励会に勝った』=『プロに勝った』ではないな」
「むぐっ!」
やっぱりプロに勝った事は無かったんだな。
「……まぁ、奨励会に入るだけでも結構な実力を持ってる事は確かで、たとえ勝った相手がその下っ端であってもアマチュアとしては十分に自慢できると思うぞ」
「ふ、フフン、キミ、良く分かってるじゃないか」
「……そういうわけだから、将棋の礼儀作法とかは僕から教わるよりもこの男から教わった方が良いかもな。どうする?」
「え? う~ん、私は桂馬くんに教えてもらいたいです」
「そうか、分かった」
「フフン、まあ何かあったら遠慮なく声をかけるといい。
僕は向こうの方で棋譜を並べているからね」
「あ、ちょっといいか?」
「どうしたんだい?」
「駒、並べてくれないか?」
「……初心者用の入門書を持ってこよう」
見た目によらず案外良い奴だな、主将。
「……ところで桂馬くん」
「どうした?」
「あの主将と桂馬くん、どっちが強いの?」
「僕は神だぞ? ゲームで負けるはずが無いだろう」
「……それもそうだね」
という訳であの人のルートです、ヒロインまだ出てきてないけど丸分かりですよね。
将棋の知識はにわか仕込みです。妙な豆知識を出すのが精一杯です。
皆さん田坂主将はご存知ですか? 神のみではかなり珍しいフルネームが出てくる男性です。
男子『生徒』と条件を付ければ桂馬を含む3名のうちの1名になります。『駆け魂隊の協力者でない』まで条件を付ければ唯一に。
主将は実力をちゃんと認めてくれる人にはちゃんと対処してくれるんじゃないかと勝手に想像してみました。
まぁ、おだてられやすいってだけな気はしますが。
実は最初はエルシィモードの錯覚魔法だったんですが、色々あって西原モードに変更しました。
ちなみに、一番の問題点は『エルシィの姿の人がまともに将棋をする事』だったりします(笑)
流石に私服姿だと目立つので制服です。美里東高校の。