もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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03 地区長の予感

  ……旧校舎裏 シアター……

 

「ここは?」

「劇場だよ。

 うちの学校、10年くらい前に立てなおしたんだけど、こうやって一部の建物は古いまま残ってるんだ」

 

 古い建物と言ってもボロボロというわけではなく、普通に実用に耐えうるものだ。

 まぁ、へんぴな場所にあるんで使われる事は殆ど無いが。

 

「元々は墓地だか古戦場だかで、お化けが出るんだとさ」

「お化けって、居やしないわよそんな漠然としたもの」

「本物の悪魔に言われちゃ世話ないな」

 

 こういう噂って一体誰が流すんだろうな。

 ……ちひろとかなら普通に流しそうだな。

 

「それじゃ、行くぞ」

 

 扉はギギギギと木が軋む音を立てる。

 雰囲気だけはおどろおどろしいな。

 

 建物の中は薄暗く、夏も近い時期だというのに空気は冷えきっている。

 人の気配は感じられない。

 

「い、言われると、多少不気味ね」

「人通りという意味では大して居ないだろうが、負の感情、マイナスのイメージが集まる場所だ。

 ここに居てくれると助かるが……」

 

ドロドロドロドロ……

 

 ハクアのドクロの髪留めが反応した。どうやら正解のようだな。

 

「反応あり! ここからは気を引き締めていくわよ。

 さぁ、私にしっかり付いてきて……」

「おいおい、何を言ってるんだ。僕はもう帰るぞ」

「え? ちょ、な、何で行っちゃうのよ!?」

 

 何でと言われてもだな……

 

「ここから先で僕が居ても何の役にも立たないだろ。

 駆け魂を捕まえるのはお前たちの仕事のはずだ」

「そ、それはそうだけど……あ、ホラ、私ここの構造とか良く分からないし……」

「僕もそこまで詳しいわけではないし、駆け魂の大体の方向さえ分かってりゃ十分だろ。

 それとも、初めての駆け魂の捕獲で不安なのか?」

「っっっ!! あ、アンタッ、どうしてそれを!?」

「お前の態度を見て分からないのはアホのエルシィくらいだ。

 と言うか、10匹も駆け魂を捕まえるベテランなら駆け魂を取り逃すなんてヘマはしない」

「う、ぐっ、わ、悪かったわね!」

 

 エルシィの口ぶりからするとハクアは学校では有能だったらしいが……

 学校の勉強に実戦の成果が伴わないっていうのはよくある展開だよな。

 

「仕方あるまい。お前の成績なんてどうでもいいが、ここで何かミスされて皺寄せがこっちに来るのも癪だ。

 一応手伝ってやろう」

「っっ……て、手伝わせてあげるわ。感謝しなさい!」

「はいはい。それじゃあまずはエルシィに連絡を……」

 

ドロドロドロドロ……

 

「今度は通信だわ! もしもし!?」

 

 着信音に続けて響いたのはエルシィの声だった。

 

『ハクア! すぐに来て! 駆け魂を見つけたんだけど、大変なの!!』

「……どうやら、連絡の手間は省けたようだな」

『あれ? 神様も居るんですか!?』

「ああ。あとエルシィ、人を呼ぶなら場所を言え」

『あ、はい! 旧校舎裏の劇場です! すぐ来てください!!』

 

 それだけ言って通信は切れた。

 

「どうやら先を越されたようだな。天然というのは恐ろしい」

「ボサッとしてないですぐに行くわよ!! こっち!!」

 

 近くの大きな扉を開いて飛び込む。

 そこに居たのはエルシィと……巨大な駆け魂だった。

 

「エルシィ!!」

「ハクア!? 近くまで来てたの!?」

「ええ。それよりコイツは……」

 

 駆け魂は大きな講堂を埋め尽くすような大きさだ。危険だ危険だと言っていたが、今まで見た駆け魂とは格が違うのがよく分かる。

 周りをよく見てみると倒れている生徒が多数居た。こんな場所に偶然来たとは思えないが……もしかして人を集める能力でもあったのか?

 

「この駆け魂、1人分のスキマじゃ足りないから数で稼いだんだ」

「そうみたいね」

「これって、もしかして魂度(レベル)3じゃないかな? こんなの実習でもやったことないよ。

 どうしようハクア!」

「どうしようって言ったって……やるしか無いでしょ!

 行くわよ! 勾留ビン!!」

 

 ハクアが巨大なビンを駆け魂に向かって構える。

 そして、駆け魂のガスのような身体をビンの中へと吸い取っていく。

 あれがエルシィは使えないっていう拘束具か。使う所は初めて見るな。

 

「凄いハクア! これなら簡単に捕まえられるね!!」

 

 おい! フラグ立てるな!! 嫌な予感がしていたにも関わらずわざわざ黙っていたというのに!!

 

「ふふん、まあ私にかかればこの程度は当ぜ……キャッ!」

 

 突然、周りでたおれていた生徒たちがゾンビのように起き上がり、ハクアに体当たりをした。

 その衝撃で勾留ビンは地面に落ち、吸い込まれていた駆け魂の身体は抜け出してしまった。

 

『ツカマラナイ』 『ツカマラナイ』……

 

 ……『ツカマラナイ』  『ツカマラナイ』……

 

 ゾンビのような生徒達からはブツブツとつぶやいている。

 これは……駆け魂に操られているのか? こいつはこんな事までできるのか?

 

「ハクア! 生徒さん達が!!」

「くっ、駆け魂さえ捕まえれば元に戻るわ!!

 エルシィ、コイツらを抑えて!!」

「う、うん! 抑えたよ! ハクア!」

 

 エルシィは、体を張って一生懸命抑えてる。

 

「って、何やってんのよ!! これだけ数が居るんだから羽衣使いなさいよ!!」

「ええっ!? これだけの人数を抑えるの、私には無理だよ!!」

「ああっ、もう!! 羽衣の複数制御なんて初歩中の初歩でしょうが!!」

 

 そんな感じでもたもたしているうちに駆け魂は天井を突き破って逃げ去った。

 周りの生徒たちも再び動きを止めたようだ。

 

 あの駆け魂は人を操る能力を持っている?

 あれだけ沢山の人間の妨害を抑えて駆け魂を捕獲、あるいは討伐する必要がある。

 逃走を防ぐ手段も必要……厳しいな。


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