もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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02 地区長の実力

 僕が求める情報の対価としてひとまずハクアの駆け魂探しを手伝ってやる事にした。こいつの性格を考えると脅して聞き出すんじゃなくて貸しを作ってから聞き出す方が色々と得だろう。脅迫なんて僕の性に合わないしな。

 

「逃げ出した駆け魂ってのはどういう風に動くもんなんだ?」

「基本的には人の多い所に集まるわ。そういう場所に案内してちょうだい」

「人の多い所か。そうだな……」

 

 授業中なら各教室の人の数はほぼ同じ、せいぜい体育館とか校庭で複数クラスの合同授業をする時くらいしか人が偏らないが、幸いな事に今は昼休みだ。

 自然と人の集まる場所は出てくる。

 出てくるんだが……

 

「まあいいか。とりあえず中庭に行くぞ。こっちだ」

 

 

 

 

 中庭は学食や外パン(オムそばパン専門の売店)といった場所への通り道であり、いくつかベンチも置かれているのでそこで休憩して昼食を取る人も居る。

 学校で一番人が集まる……とは断言できないが、かなり上位の場所である事は間違いないだろう。

 

「へ~、確かに人が居るわね」

「だが、センサーに反応は無いようだな」

「そうね。ちょっと待ってなさい」

 

 ハクアは羽衣を操ると自分の正面にかざした。

 半透明な羽衣は向こう側の景色を映しているが、人の動きが違った。

 

「これは何だ?」

「今から30分前の映像を映し出してるの。駆け魂の痕跡が残ってるかもしれないわ」

「へ~、そんな事もできるのか。悪魔の力ってのは凄いな」

「まぁ、エルシィには無理でしょうね。私は優秀な悪魔だから」

「優秀だったら駆け魂逃したりしないだろ」

「うぐっ、あ、あれはたまたまよ! たまたま!!」

 

 これ以上いじってもしょうがないのでそういう事にしておこう。

 

「ところで、駆け魂は人の多い場所に集まるっていうのは心のスキマを探しているからって事なのか?」

「それもあるけど、今回は駆け魂がかなり成長してるから体の大きさに合うスキマなんてそうそう無いわ」

「ん? じゃあ何で……いや待て、もしかして、負の感情を摂取する為か?」

「ご名答。人間や新悪魔が食事を取らないと生きていけないように、あいつらも栄養が無いと消えちゃうからね」

 

 肉体が無くても栄養を必要とするんだな。

 しかし、新悪魔か。気になる単語が出てきたな。

 おそらくはエルシィやハクアは新悪魔で駆け魂は……旧悪魔って事か?

 その辺の事も後でしっかり訊いてみるか。

 

「う~ん、痕跡は見あたらないわね」

「駆け魂の目的が負の感情なら、もっと負っぽい場所を探した方が良いんじゃないのか?」

「負っぽい場所って何よ」

「そうだな、例えば……」

 

 

 

 

 

  ……校舎裏……

 

「アァ? 何見てやがんだ、コロすぞ!」

 

 そこに居たのはいかにもテンプレなロン毛の不良とその取り巻きだ。

 役割的にはパセリみたいなもんだろう。

 

「う~ん、こいつらは存在自体が負なだけで感情のエネルギーは大したことは無いわ」

「なるほど、深い話だな」

「アァ!? 喧嘩売ってんのかぁ!?」

 

 その後不良たちは特殊警棒やらバタフライナイフやらを操って攻撃してきたが、ハクアに返り討ちにされていた。

 

 

 

「じゃあ次は……あそこ行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

  ……野球場……

 

 野球場では試合が行われていた。

 うちの野球部と他校との練習試合のようだな。

 9回の表、守備は舞島、攻撃側のチームは……世紀末学園か。

 

 純白のユニフォームを身に纏う投手の男はいかにも熱血少年漫画の主人公といった風貌だ。

 きっと逆転のチャンスがある限りは何百点差が付いていようと諦めず、両腕を骨折しようともマウンドに立ち続けるのであろう。そんな闘志を感じる。

 

 対する打者はいかにも悪人面だ。あれで肩パットにモヒカンを付ければ世紀末で爆散するモブキャラそっくりになるだろう。

 まぁ、試合中だからそんなものはつけておらず、普通に真っ黒なユニフォームと真っ黒なヘルメットを着けているが。

 

 2人は静かに火花を散らしていたが、熱血主人公(投手の男)が口を開いた。

 

「……ノーアウトフルベース、ボールカウント2ー3。

 これだ、これが逆境だ!

 だがしかし、このピンチを乗り越えてこその漢!

 否っ!!

 ここで敗れるようでは甲子園など夢のまた夢!!

 言わばこの一球こそ! 全ての始まり!!

 頼むぞ!! 俺の漢球(オトコダマ)ぁぁ!!!!

 うぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 熱血主人公から、裂帛の気合とともにボールが放たれた。

 そのボールはまるで意志を持つかのようにキャッチャーミットへと一直線に向かう。

 いや、実際にそのボールには魂が込められていたのだろう。ボールの表面に顔のような模様が浮かび上がり、その身が熱血主人公の分身である事を如実に語っていた。

 

 対する打者の世紀末男はその闘志に恐れおののいたのか黙り込んで微動だせずバットを構えているだけだった。

 彼が再び動いたのは、ボールがミットに入るほんの少しだけ前だった。

 

「オラァッ!」

 

 基本に忠実なフォームでバットが振り抜かれる。

 そして良い音を響かせてボールを遙か彼方へと葬った。

 

 

 

「な、ば、バカな……」

 

 熱血主人公は目の前の出来事が信じられないように、いや、信じたくないかのようだった。

 だが、彼1人の為だけに試合を中断する事などなく、試合は無情にも過ぎて行った。

 常人なら諦めてしまうであろう逆境でも、彼は全力で投げ続けた。

 しかし、どの球も全て遙か彼方へと打ち返されるのだ。

 たとえどれだけ闘志があろうとも、舞島学園野球部の勝利は絶望的だろう。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、うちの野球部にはいつも負のオーラが流れている」

「ただ単に弱いだけじゃないのよ!!」

 

 うちの投手、ストレートしか投げられない上にそんなに球速が速くないからな。ボールの落書きが見えるくらいって相当遅いだろ。

 

 ここもダメだったか。それなら……






リョーくんの武器は原作だとバタフライナイフですが、アニメ版だと特殊警棒に変更されてます。テレビ的な事情なんでしょうね。
本作では二刀流……なのだろうか?

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