もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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07 告白

 夕方を過ぎてやや暗くなった頃、歩美はグラウンドへと現れた。

 右手で松葉杖を使っていて、その姿は少し痛々しかった。

 

「どうしたのよ桂木、こんな所で何か用?」

 

 何となく苛立ったような声が飛んでくる。

 まぁ、歩美の事情を考えたら無理も無い。

 

「しかも呼び出しの手紙が乗ってたコレ、何のイヤミ!?

 こんなもの貰って喜ぶわけ無いでしょ!」

 

 僕が用意したのは籠いっぱいのフルーツの詰め合わせだ。

 明日に大会に出る人ならともかく、怪我で大会を断念した人に送るものでは断じて無い。

 でも、だからこそ僕はこれを送った。何故なら……

 

「それを食べて、明日の大会を頑張ってもらおうとゴブッ」

 

 顔面に果物を投げつけられた。人の台詞の最中に投げるなんて、何て非常識な奴だ!!

 

「この足見て言え! 大会なんて出られると思うの!?」

「思うよ」

 

 間髪入れずに答える。

 

「だって、怪我なんてしてないから」

「なっ!!」

「ハードルでこけたくらいで、怪我なんかしないよ」

「っ、走った事も無いくせに! スピード考えてよ!!」

 

 確かに歩美の全力のスピードなら、危険だろう。

 日常生活でもよく壁に衝突してるらしいし。

 だが……

 

「あの時、そこまでスピードは出てなかったはずだよ。

 何故なら、君は全力で走っていなかったからだ」

「な、何でわかっ、そう思うのよ。そ、そんなの……」

「髪、括ってなかった」

「!!」

「本気出す時は、いつも括ってたよね。

 もしかして、最初からこけるつもりだった?」

 

 ほら、髪を括るのは大事な要素だったろ?

 この部分だけでも現実(リアル)の完成度が高くて本当に助かった。

 

 僕の言葉を聞いて観念したのか、歩美は包帯が巻かれた左足をゆっくりと地面につけ、松葉杖を地面に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは、学校の屋上から二人のやりとりを聞いていた。

 羽衣でできたマイクを桂木くんがポケットに入れているので私たちにも声が届く。

 

「やっぱり、そうだったんだ」

「え、姫様は気づいてたんですか?」

「うん。担架で運ばれてる時の歩美さんの表情に何となく違和感があって。

 その時は分からなかったんだけど、桂木くんの言ってた髪留めが無い事に気づいてから改めて見たら分かったんだ。

 演技で痛がってるって」

「そんな事も分かるんですか? さすが姫様ですね!」

「あはは……」

 

 アイドルという仕事上、演技の仕事もやる。

 私のコーチは厳しい(良い)コーチで、私の演技を撮影したビデオとかも使って悪い所をビシバシ指摘するので、演技っぽさを感じ取れるようになってたみたいだ。

 

 どうしてわざわざ自分から怪我をしたのか、歩美さんの独白が続く。

 

「……これで、良かったのよ。先輩達もこれで大会に出られる。

 先輩達の言う通りだよ。たまたま先生の前で走れちゃって、選手になれちゃってさ。

 でも、ずっと練習しても全然良いタイムが出なくて。

 私なんか、私なんか大会に出ない方が良いんだよ。

 どうして、走れなくなっちゃうのさ。こんなに練習してるのに!

 ……もう、良いの。大会にでてビリになったりしたら、お終いだもん」

 

「一生懸命走ったなら、それで良いじゃないか。

 順位なら、君はとっくに一番を取ってるよ。僕の心の中で」

 

 か、桂木くん、流石にその台詞は無いんじゃないかなと私は思うよ?

 

「ば、バカー! 何キモい事言ってんのよ!! 大体、アンタが変な応援なんかするから! もう、ばかぁっ!!」

 

 歩美さんがお見舞いのフルーツを投げながら桂木くんを追い回す。

 だ、大丈夫なのかなぁ……し、信じて良いんだよね?

 

 しばらく追いかけっこした後、歩美さんが走るのを止めた。フルーツが入ってた籠の底の方を見てるみたいだ。

 

「エルシィさん、籠の底、拡大できる?」

「お任せください!」

 

 拡大してみると、籠の中には新品のスパイクシューズがあった。

 果物を取り除いた時に見つかるようになってたんだ。

 まさか、怒られてフルーツ投げつけられるのも計算の内だったの!?

 

 

「……来て、くれる?

 明日も、応援に来てくれる?」

「う、うん……」

「……ありがと」

 

 そして歩美さんは桂木くんに……

 

 キスを、した。

 

 

 

 その直後、歩美さんの中からナニカが出てくる。

 ドロドロのもやのようなソレは、駆け魂に違いない。

 

「ありがとう、桂馬くん。

 後は私の役目!」

「姫様、グラウンド上空とこの屋上全域に防音結界と対霊結界を張るので、思いっきり歌っちゃってください!」

「分かった!!」

 

 エルシィさんが結界を張ったのを確認してから私は自分の持ち歌を歌う。

 けど……

 

「ぜ、全然効いてないよ!?」

「あれ? どういう事でしょうか……?」

「……もしかして、音量不足?」

 

 狭い部屋ならともかく、これだけ広い空間に音を響かせるのは肉声では難しい。

 しまった、こんな事なら簡易ライブキットを屋上に用意しとくんだった!

 

「えっと、えっと……あ! 思い出しました!」

「何!?」

「コレです! 室長謹製の魔法のマイクです!

 コレがあれば私の結界内部に音を響かせる事ができます!」

「……こんな大事な物、どうして今まで忘れてたの!?」

「す、すみません!」

 

 と、とにかく、これがあれば歌える(戦える)

 

「テステス! よし、ばっちり!」

 

 今渡こそ、歌う!!

 

 私の歌声は結界の中で響いていく。

 

『グォォオオォ!!』

 

 駆け魂は苦しんでいるみたいだ。

 すぐに逃げようとするけど、結界で弾かれる。対霊結界っていうのの作用かな?

 私は歌い続けた。そして……

 

『グオォォォォォォォォ…………』

 

 駆け魂は、消滅した。




本サイトの規約上、歌詞の掲載は禁止されているので、歌うシーンはバッサリ省略です。
ゴメンナサイ。

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