「かみさま~、いつまでここに居るんですか~?
私もう飽きちゃいましたよ~」
「……あと数分だ」
中川から『ちひろさんがしばらくしたら屋上に行くはずだから2時間くらいそこで待ってて欲しい』というメールが来てから1時間50分ほど経過した。
メールが来る少し前に合流したエルシィは暇つぶしに屋上の掃き掃除をしていたが、既にやりきってしまったようだ。
僕はまだまだやるべきゲームが残っているから100時間くらいは余裕で過ごせるが、学園の最終下校時刻を過ぎたら流石にちひろも来ないと思われるのでそんなに待つ意味は無い。
しっかし今は一体どういう状況なんだ? 中川はエルシィと違って信用できるが、せめて途中経過の報告くらいはして欲し……
[メールだよっ! メールだよっ!]
「ん? 噂をすれば、だな」
中川からのメールだ。
内容は……『ようやくちひろさんがそっちに行くよ。攻略とかは考えずに桂馬くんらしく普通に受け答えしてほしい』とのことだ。
また妙な内容だな。言ってる事も妙だが、ちひろがこっちに来る事を知ってるって事は尾行でもしてるのか?
そんな事を考えながらメールを閉じると同時に屋上の扉が開いた。
「ハァッ、ハァッ……良かった、まだ居たね」
息を切らして飛び出してきたのはもちろんちひろだ。
わざわざ急いで来たって事はちひろも僕と同じように時間を指定されていたのかもな。
「何の用だ? まさか、駅前の中華屋に誘いに来たわけでもあるまい」
「……アンタに、教えてほしい事があるの」
「教えてほしい事、だと?」
「うん」
ちひろは一度だけ深呼吸してから口を開いた。
「恋愛って何?」
「……すまん、質問の意図がよく分からないんだが……
恋愛の定義を教えてほしいという事で良いのか?」
「うん。アンタの意見が聞きたい」
定義か。また妙な事を……
「そうだな、答えが無いというのが答えになるだろう」
「はぐらかさないでちゃんと答えてよ!」
「はぐらかしてなどいない。これが最適解だ。
何故なら、人によってその定義は異なるからだ」
「うわぁ、もっとスパッとした答えを期待してたのに、そんなんじゃ余計にこんがらがるじゃん!」
「文句を言われてもな、そうとしか答えられない。
ある程度それっぽい共通点なら挙げられると思うが……そんな事をしてもつまらない一般論しか出せないぞ?」
「……一応教えて」
「ああ。『一緒に居たいという気持ち』とか『心から信頼しあえる関係』とか、そんな感じだな」
「……確かにつまんない、って言うか無難な答えだね」
「だから言ったろ」
恋愛の形は十人十色だ。さっき挙げた無難な答えすら当てはまらない関係もあるからな……
「この答えに満足できないのであれば自分なりの定義を捜すしかない」
「……じゃあさ、桂木にとっての恋愛の定義って何?」
「それこそ愚問だな。僕は落とし神だぞ?
たった一つだけ定義を決めてしまっては数多のゲーム女子たちに対応する事など不可能だ。
……強いて言うのであれば、攻略ヒロインに合わせた対応を取る事が僕の恋愛の定義……いや、違うな。これは攻略の定義か。
改めて問われると意外と難しいな」
「神様を名乗ってるクセに分からないの?」
「ぐっ、言ってくれるな。そういう貴様はどうなんだ、ちゃんと答えられるのか?」
「分かんないからわざわざ訊いてるんだよ、バカじゃないの?」
「バカとは何だバカとは! こっちは真剣に考えてやってるんだぞ!」
「あ~、はいはい。真剣にやっててその程度なのね。崇めて損した~」
「むぐっ……」
「ふ、二人とも喧嘩は止めてください!!」
突然エルシィが割って入ってきた。
「あれ? お前居たのか」
「居ましたよ! 最初から!!
って言うか何でいつの間にか喧嘩になってるんですか!? お二人は喧嘩が趣味なんですか!?」
「はっ、何を言っている。 僕が楽しむものはゲームだけだ。
それに、これは喧嘩ではない」
「いや、私自身が言うのもどうかと思うけど明らかに喧嘩だったよね?」
ちひろとかいう
ならば良かろう、教えてやろう。
「争いというものは同レベルの物としか発生しない。
よって僕は喧嘩などしていない!」
「……つまり、私がアンタより遥に低レベルだと?」
「ほう? よく気がついたな」
「アンタの言いたい事は分かったけど、一つだけ言わせなさい。
何でアンタの方が上なのよ! アンタなんてただのゲームオタクでしょうが!
って言うか、あんないっつもいっつもゲームばっかりやって、何がアンタをああまでさせるのよ!!」
「愚か者め、ゲームが楽しいからやっているに決まっているだろう!
それ以外に理由など要らない!!」
「あ、あの、神様? そういう問題なのでしょうか?
神様のご趣味は常軌を逸していると思うのですが……」
またしてもエルシィが口を挟んできたので振り向いてその愚かな間違いを指摘する。
「趣味? エルシィ、何を言っているんだ?」
「はい?」
「ギャルゲーは趣味ではない、生き様だ!!
ギャルゲーが楽しいから! ギャルゲーが好きだから! ギャルゲーを愛しているからプレイする!!
それがゲーマーの生き様だ!!」
「そ、そうですか、はい」
アホな事を言ったエルシィから視線を外して再びちひろに向き直る。
この愚かな
「ふふっ、あっはっはっはっ!
なんだ、そういう事か」
ちひろが突然吹っ切れたように笑い出した。
「おいどうした? ついに頭までおかしくなったか?」
「どういう意味よそれ!
って、そうじゃなくて、アンタのおかげで答えが見つかった気がする」
「……あのやりとりでか?」
「うん。アンタは『楽しい』から
その答えで私は満足できたよ」
「こんなんで良かったのか? まあ、納得できたならいいが」
「うん、あともう一つだけ言いたい事があるんだけどさ」
「何だ?」
「あ~、えっと……ちょっとだけ待って」
「10秒だけなら」
「短いよ! せめて1分待ちなさいよ!」
「じゃあ1分で」
「……ふぅ」
時間を与えられたちひろはたっぷり数十秒ほど深呼吸してからこう言った。
「私、桂木の事が好きだ」
ちひろのそんな言葉を把握し、理解するのに冗談抜きで数秒かかった。
「ちょっと待て、一体なにがどうなったらそうなるんだ?」
「一緒に居て、一緒に話して、一緒に口喧嘩して、それが楽しいと思った。
だから私は桂木の事が好きだ」
「いや、そういう事じゃなくてだな、って言うか脈絡もなく告白なんてするんじゃない!
こういうのはちゃんとフラグを立ててだな……」
「あ~、そういうのは別に良いよ。今のは付き合ってほしいっていう告白じゃなくて、単純に自分の気持ちを伝えておきたかっただけだからさ。
そもそも、私じゃあんたと付き合うには釣り合わないでしょ?」
「それは僕をバカにしているのか?」
「違う違う、私が力不足だって言ってるの。
今回の事であんたの凄さがよく分かったからね。
もしも今から付き合ったらきっと私はついていけない。自分で自分が嫌になる。
だから、桂木でも出来ないような何か凄い事をやり遂げて、あんたの隣に立つのに相応しいんだって自慢できるようになって、そしてあんたの方から告白させる!」
「……そんな事ができるのか? お前に?」
「やるよ私は。教えてもらってばっかりだったけど私から一つだけ教えてあげるよ。
恋する女子は最強だって事をね!」
「……フン、期待せずに待っておく」
「しっかり待ってなさい!
それじゃあ、また明日ね!!」
そして、ちひろが振り返って走り出すと同時に、駆け魂は現れた。