……攻略3日目 放課後……
「ちょっと待て。何でいつの間にそんな事になってるんだ?」
結さんの近況を桂馬くんに報告したらそんな事を言われてしまった。
「何でって言われても……何かマズかったかな?」
「マズいに決まってるだろ! 何で結が僕の身体での生活を満喫してるんだ!!」
「何でもなにも……抑圧してた母親が居なくなったんだから楽しくなるのは当然でしょ?」
「それは……そうかもしれんが……」
そんな事は桂馬くんも織り込み済みだと思ってたんだけど、違ったのかな?
桂馬くんなら簡単に気付けると思ってたんだけど……
まさか、人格や記憶は入れ替わってても思考能力とかは結さんのものを引き継いでるとか? 有り得なくは無いかもしれない。
「桂馬くん、もしかして調子悪い?」
「調子? 特に問題は無い。強いて言うなら身体が微妙に重いがな」
「それは普通は調子悪いって言うんじゃないかな?」
「そんな事は無い!!」
怪しいなぁ。でも無理して休ませなきゃならないほどに調子が悪いのかって言われると断定はできないんだよね。
…………よし。これを使おう。
「それじゃあ桂馬くん、私と勝負しよう?」
私が取り出したのは桂馬くんから借りてる音ゲーのうちの一本だ。
ソフトが一つあればPFPを複数繋げて対戦できる仕様なのでこの場で戦える。
「ほぅ? 神に挑もうというのか?」
「うん。調子の悪い桂馬くんなんて楽勝だよ!」
「良かろう。かかってくるがいい!!」
……数分後……
「……予想外の結果だね」
「……ああ。そうだな」
多少調子は悪くても桂馬君は勝った。
だけど、その勝利はかなりの僅差だった。桂馬くんらしくないミスが多数あって失点に繋がったみたいだ。
ひとまずPFPをスリープ状態にして考える。
桂馬くんはやっぱり入れ替わりのせいかどこかおかしくなってる。ストレスのせい……かな?
でも結さんは逆にゲームでかなり好調になってきてる。ドラムも揃えば絶好調になると思う。
……
原因……なるほど、凄く心当たりがある。そういう事か。
「不調の原因、分かったよ。
だって、
桂馬くんの……結さんの身体の真ん中を指し示す。
センサーで調べたわけじゃないけど間違いないだろう。男の身体だと子供ができないから駆け魂が桂馬くんの身体の方に移ったとは考えにくい。
「駆け魂……そうか。結の身体の中に居るのか」
「駆け魂が自分の中に居る時の嫌な感じとその影響。そのくらいは私も記憶してるよ」
私の攻略が始まった時≒歩美さんの攻略が終わった時と私の攻略が終わった後とを比較するだけだ。問題なく記憶している。
あのドロドロした駆け魂が心にまとわりついているような不快感、重たい沼に沈んでいくような息苦しさ。
その影響には個体差があるかもしれないけど、今回の駆け魂は桂馬くんの頭の回転を遅くするだけの力を持っているみたいだ。
「お前……こんなモノを抱えていたのか?」
「そうなるね」
「……今の結は家からの重圧に加えてコレからも開放されているのか。
最初は結が入れ替わり生活に限界を感じた時点でアクションを起こすつもりだったんだが、最初から難しかったらしいな。
誰だってこんな身体には戻りたくは無いだろう」
「そうかもね」
「……ルートを組み立て直す。だが、今の僕だけでやるとしくじりそうだ。
中川、手を貸してくれるか」
「言うまでもないよ。どれだけ桂馬くんの役に立てるかは分かんないけど、精一杯頑張るよ」
私たちは近くのカラオケで部屋を借りて攻略会議を始めた。
ここなら防音もしっかりしてるので誰かに話を聞かれる心配もない。気分転換に歌う事もできる良い場所だ。
少しお金がかかるのが難点だけどね。
「まずは状況を整理していこうか。
攻略対象の名前は五位堂結。身長は160cmで体重は……」
「待って桂馬くん。身長体重血液型とか言われても私は生かせないから省略していいよ」
「それもそうか。じゃあ省略だ。
現在僕達は入れ替わっており、2日間ほど入れ替わり学園生活を送っている。
結の方は最初はともかく今は割と楽しく過ごせている。僕は……まぁ普通だな。
……ところで、結は今何をしてるんだ?」
「元吹奏楽部のコネを使ってエルシィさんと一緒にドラムを借りようとしてるはずだよ」
「そうか。了解」
ここまでは今までの行動のまとめだ。
肝心なのは今後どうするかである。
だけど私には女の子を恋愛で落とす方法なんて知らない。
だからこそ、私の理解できる手法でのアプローチを試みる。
「桂馬くん、結さんの心のスキマって何だと思う?」
「スキマそのものはまだ分からないが、原因は『親からの重圧』で間違いないだろう」
「だよね。私もそう思う」
そして、そんな結さんに『しばらく外の世界を冒険させる』というのはスキマの原因から遠ざける行為だ。
対症療法と言えば聞こえは良いが、結局は逃げさせるだけなので根本的な解決には成り得ないだろう。
「その仮定が正しいとして……心のスキマについてある程度は絞り込めるよね」
「そうだな……親からの重圧が原因だから……
……ああくそっ、上手く纏まらん!」
いつもの桂馬くんなら2~3個どころか10個くらいパパッとあげてくれそうだけど、やっぱり不調みたいだ。
本格的に私が頑張らないとマズいみたいだね。思いつく事を片っ端から並べてみようか。
「仮説1、親への憎悪」
「……いや、結はそういうキャラじゃないだろう」
「だよね。じゃあ仮説2、一般人への嫉妬」
「断定的に否定できる要素は僕は今のところは見つけてないが、そっちはどうだ?」
「……自分で言っておいてなんだけど違う気がする。PFPは勿論ゲーム自体も知らなかったくらいだし、一般人の生活そのものに対する理解が薄い。
漠然と嫉妬してた可能性もあるけど……」
「心のスキマができるほどに嫉妬してたらゲームくらいは知ってるだろうな」
「じゃあ仮説3。家の中でも常に親に監視されている閉塞感」
「確かに不快ではあるが……やや薄いな。それに、それだったら閉塞感を作ってる親を恨むんじゃないか?」
「そっか。原因になってる人を恨む……あ!」
原因になってる人を恨むのか。そうかそうか。
多分コレだ。一番しっくり来る。
「……そうか、なるほどそういう事か。
この程度の事に自力で気付けないとはな」
「あ、桂馬くんも気付いた? それじゃあせーので言ってみようか」
「間違いなく一致すると思うが……じゃあ行くぞ。せーの」
「「親の重圧を跳ね除けられない自分に対する自己嫌悪」」
私と桂馬くんの台詞がピッタリと一致した。
実は最初は桂馬がかのんちゃんをエルシィと間違えて、それをみたかのんちゃんが桂馬の不調を確信するという展開だったのですが、エルシィの錯覚魔法を使う意味が全く無かったので断念しました。
第二錯覚魔法、出すのちょっと早すぎたかな~?