……攻略2日目、図書館……
汐宮栞は場所固定キャラだ。
勿論、24時間図書館に居座っているわけではないので別の場所で遭遇する可能性もあるが、基本的にはこの図書館でイベントが発生する。
なので、攻略中は基本的にここに通いつめる事になる。
……どうやら、イベントが既に発生しているようだな。
図書館の一角で複数の図書委員が何かの会議をしているようだ。勿論栞の姿もある。
隅っこでゲームしながら様子を伺うとしよう。
「え~、ついに来週からこの図書館に視聴覚ブースが誕生しますぞ!」
三つ編みメガネの図書委員がよく通る声で宣言する。態度から察するに委員長だろう。
その発言に対して栞を除く図書委員は『おおお!!』とか何とか言って盛り上がっている。
「これでCDやDVDも借りられるようになるんだよね!」
「おうおう! 何でもっと早く作んなかったんだろうな!」
「増築で予算喰ったのよ。DVDも高いのは高いしね~」
視聴覚ブースねぇ……まあ僕には関係ないな。
しかし栞はこれに賛成しているのか? 昨日の僕の発言に激怒するくらいだから内心凄く反対してそうだが。
「ねぇねぇ、何入れる? 私はバンプ入れたい!」
「かのんちゃんの曲入れようぜ!」
「んじゃあ俺はアイマス!」
「若木、それゲームだから」
「何!? じゃあときメモ!!」
「いや、それもゲーム……」
流石に学校の図書館にゲームは置けんだろう。知育ソフトとかならまだしも。
しかしまぁ随分と盛り上がってるな。そんなに喜ぶことかね?
「そゆわけで、来週の休館日に作業あるから。ヒラの図書委員も全員ヨロシクゥ!」
委員長がそうやって締めた直後、突然栞がガタリと音を立てて立ち上がった。
全員の注目がそちらに集まる。
「…………」
「ん~? 書記汐宮? 何かな?」
しかし栞は立ち上がっただけで何も話さない。と言うより話せないんだろうな。
何か言いたい事がある事だけは一応伝わるが、当の本人が黙っていては何の意味もない。
「……………………」
「あ~……それじゃ、何もないなら解散! また来週!」
そう言って委員長は話を終わらせた。
まあ妥当な判断だな。栞が話すのを待っていたら日が暮れてしまうだろう。
「う~ん、どうしたんでしょうね、栞さん」
机を挟んで向かいに居るエルシィがノーテンキな声で話しかけてくる。
「きっと言いたい事があったんじゃないか」
「それならもっとちゃんと話すべきです。あれじゃあ伝わりませんよ!」
「別にいいだろ? 本人に話す気が無いなら」
「話す気が無いならいいんですけど、ホントにそうなんでしょうかね?」
「……どうだろうな」
エルシィに適当に相槌を打ちながら一冊の本を開く。
そして近くに出しておいた筆箱からボールペンを……いや、シャーペンで十分だな。それを取り出す。
さ~て、今日はどんなモノローグが聞けるかな?
話し始めるまで待っててくれれば良いのに。
そもそも何で人とコミュニケーションを取るのに会話が必要なんだろう。私たちのご先祖様は会話よりテレパシーを進化させるべきだったんだ。
進化にこだわらず現代科学の力でも良いからテレパシー能力が欲しい。そうすれば口下手でも大丈夫なのに。
誰か世の中の偉い人がそういうのを作ってくれないだろうか?
そんな事を考えながらぼんやり歩いていたら図書館の隅っこの方に座ってる2人の人影が目に入った。
普通なら全く気にせずに通り過ぎるけど、何となく見ていた。
そして気付いた。一人の男子生徒が本にシャープペンシルを突き立てている事に。
その瞬間、私は駆け出してその本を奪い取った。図書館の本に落書きするなんてお天道様が許しても私が許さない!
本を取られて驚いたように振り向いた男子生徒と目が合う。そしてまた気付いた。
この人、昨日の暴言人間だ!
本をバカにするだけじゃ飽き足らず落書きまでするなんて、なんていう人なの!? 絶対に許せない!!
開いてあった場所の前の方のページもめくってみると文章に線が引いてあったり妙な書き込みがしてあったりとびっしり落書きされている。
「あ、神様ダメじゃないですか! 図書館の本に落書きなんてしちゃダメですよ!」
近くに座ってた女子生徒も本を覗き込んで男子生徒を注意する。
そうだそうだ! もっと言ってやって欲しい。
だけど、落書き犯の暴言人間は悪びれもせずにこんな事を言ってきた。
「落書きじゃない。訂正だ。
この本の情報は間違いだらけだ。出典元からの引用ですら誤字脱字がある。
本とはすなわち情報だ。正しくない
た、確かに言われてみればそうかもしれない。
だ、だけど落書きなんてダメ!
こういう人は同じ理屈で推理小説の序盤の序盤で犯人のネタばらしをしたりするのよ。
他にも辞書のいかがわしい語句に全部印を付けたり、消す方の身にもなってほしいの!
「訂正もすぐ出来ないなんて、やっぱり本は前時代的だな」
その言葉を聞いた私は、ブチ切れた。
「っっっっ! あ、あほぉぉぉぉ……」
うぅぅ、もっと口が回れば思いつく限りの罵詈雑言を並び立てられるというのに!
どうして私の口は『あほ』しか言えないの!?
本当はもっと色々言ってやりたいけど、仕方がないから奪った本をカウンターまで持ち帰って落書きを消す事にする。
もう、何なのあの人は!!
「ふむ、順調に進んでるな」
「文句を言われただけにしか見えないのですが……」
「前に言ったはずだ。好きと嫌いは変換可能だと。
それに、今は好感度よりもコミュニケーションを取る事の方がずっと大事だ」
「コミュニケーションと言ってもアホって言われただけですよ?」
「じゅーぶんじゃないか。ああいうタイプは心の中では人一倍喋っているものだ。
外に出る変化が僅かであっても中身は大きく異なる」
「はぁ……」
「……ところでエルシィ、お前は一体全体なんの本を読んでるんだ?」
「あ、これですか? しょーぼーしゃの本です!
凄いんですよしょーぼーしゃ! 赤くてカッコいいんです!!」
(……何故に消防車?)