もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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04 下準備

 僕は確かに言ったさ。僕達3人を羽衣で透明化、そして移動して歩美の台詞を盗み聞きする……と。

 確かにそう言った。けどなぁ、

 

「なんで3人でまとまってないといけないんだ! っていうか狭い!!」

「ご、ごめんなさいぃぃ! で、でもこうしないとお互いに見えないし、私、羽衣の複数制御が苦手で……」

「何なら得意なのか後でじっくりと聞きたいねぇ!!」

 

 どうも一つの塊でしか透明化ができないようで、満員電車の中とまではいかずともそこそこ狭い空間に押し込められている。

 さっきから2人の胸が背中に当たってるんだが、何なんだこのマイナーギャルゲーにありがちなイベントは! 僕が攻略しなきゃいけないのはエルシィでも中川でもなく歩美だ!!

 

「それじゃ、飛びますよ~」

「は、何!?」

「え~い!」

 

 そして、羽衣ごとフワッと宙に浮いたかと思うとスッと屋上を飛び出して、凄い勢いでグラウンドの隅へと急降下する。

 

「おわああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

「きゃああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 地面にぶつかる! と思った辺りで急ブレーキがかかり、ゆるやかに着地する。

 

「えへへっ、どーですか!」

「殺す気かぁぁぁぁぁああ!!!!」

「え、だ、ダメでしたか?」

「当たり前だ!! 寿命が縮んだぞ!!!」

「か、桂木くん落ち着いて! 騒ぎになったら大変だから!!」

「う、ぐ、そうだな」

 

 現実(リアル)がクソゲーなのは今に始まった事じゃない。

 ここは理想の住人であるこの僕が手本とならねば。

 

「あ、どれだけ騒いでも大丈夫ですよ! 羽衣さんに沿って小規模の防音結界張ってますから」

「そんな事ができるのか?」

「はいっ! しかも内部の音は出さず、外部の音はちゃんと聞こえるという優れものです!!

 結界術だけは何故か昔っから得意なんですよ!!」

「その結界術とやらでこの狭い空間をどうにかできてれば褒めてやれるんだがなぁ……」

「うぅ~、透明化は羽衣さんの能力なのでちょっとムリです。ごめんなさい」

「はぁ、それじゃ、歩美の近くまで近寄るぞ。ぶつからない程度の距離までな」

「はい!」「うん」

 

 

 

 ……その後、部活の間(数時間ほど)盗み聞きをし続けた。

 全文を書いてるとキリが無いので興味深い情報をかいつまんで説明すると……

 

・陸上部では数日後に大会があるらしい。陸上部のエースである高原歩美も出場するようだ。

・その大会の規模は良い成績を取れば地方紙に名前が載るレベル。結構大きめだと言えるな。

・大きな大会だけあって、学校の選抜メンバーだけが出られるらしい。

 当然と言えば当然だが、もともと出場する予定だった先輩を押しのけて出場するとか。

・最近、歩美の成績は伸び悩んでいるらしい。本人は気にしてない風だったが……正直怪しいな。

 

 あと、これが一番重要な事だ。

 

・歩美は本気を出す時に髪を括るらしい。現実(リアル)のくせになかなか分かってるじゃないか。

 

 こんな所か。ここまでの情報をPFPのキーボードを使って打ち込み、保存しておく。

 この程度の情報なら暗記するくらいわけないのだが、何せ3D女子の攻略は初めてだ。何が起きるか分からないから万全を期すに越したことは無い。

 

「神様! この後はどうするんですか?」

「まずは、応援しまくるぞ」

「おーえん、ですか?」

「ああ、歩美と僕は同じクラスだが、それだけだ。

 まずは僕を認識させる必要がある。

 だから、例えば横断幕とかを使ってもの凄く目立つように応援する!」

「そ、そんな事して怒られないかな……?」

「ああ、まず間違いなく怒られるだろうな」

「え、大丈夫なの!?」

「ゲームではな、好きと嫌いは変換可能なんだ。

 嫌われるようなイベントも、後で絶対に役に立つ。ゲームでは!」

 

 『好きの対義語は無関心』なんて言葉があるが、これがゲームではピタリと当てはまる。

 今は感情の種類を問わずに関心を集めるんだ!

 

「というわけで、横断幕とかを用意するぞ!」

「いや、簡単に言うけどそんな簡単に用意できないよ?

 たまにファンの人から話を聞くけど、作るの結構大変みたいだし」

「何? こういう時はゲームでは普通パパッと作れるだろ! まったく現実(リアル)ってのはプレイヤーに優しくないな」

 

 それじゃあどうするか。何か別の手を考えるか?

 

「あの、神様。私作れますよ。横断幕」

「何っ、本当か!?」

「はい! 羽衣さんを使えば、こ~んな感じで……」

 

 エルシィの羽衣がフワフワと形を変え、大きな布地になる。

 

「何て書きましょうか?」

「そうだな……『がんばれ高原歩美!!』とか」

「『風になれ! 歩美!』とか?」

「『舞高の弾丸!』とか」

「はい、え~っと……できました!」

 

 羽衣の表面の色が変わり、僕達が言った言葉が浮かび上がった。

 

「これなら、歩美様を応援できますね!」

「羽衣すげーな……

 何はともあれ、明日から応援を始めよう」

「私は何をすれば良い? 一緒に応援……っていうのは逆効果だよね」

「そうだな」

 

 アイドルと仲良く応援なんてしてたら余計な騒ぎが発生する上に歩美からの好感度はダダ下がりだろう。いや、そもそも中川が目立ちすぎて僕が印象に残らないかもしれない。

 僕達の目的は応援じゃなくて攻略だ。

 

「とりあえず、横断幕の言葉でも考えててくれ」

「……うん、こんな事しかできなくてごめんね。大変だと思うけど、頑張ってね」

「ああ。やってやるさ」


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