もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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カルチャーギャップ

 今日の帰りの時、エルシィさんが泣きついてきた。

 

「姫様! 今日は神様がヒドかったんですよ!!」

「あ~……うん。そっかぁ……」

 

 ほぼ間違いなく料理の事で何か言われたんだろう。

 桂馬くんってそういうの容赦ないからね。相手を気遣ってオブラートに包むなんて事は女子の攻略中を除けばまずしないだろう。

 もっとも、今回のケースはオブラートに包む必要は一切無いと思うけど。

 

「うぅ~、どうしたら姫様みたいに喜んでお弁当を受け取ってもらえるんですかぁ?」

「え? えっと……とりあえず地獄の食材を使わなければ良いんじゃないかな?」

 

 エルシィさんの料理の問題点はいくつもあると思うけど、そこさえ直せば大体の問題が解決するような気がする。

 一応美味しいらしいんだからちゃんと普通の食材で作れば受け取るくらいはしてくれるんじゃないかな?

 

「地獄の食材を、ですか?」

「うん」

「え、でも私、地獄の食材しか知らないです」

「…………」

 

 そっか。そりゃそうだよね。

 そういう私も日本でよく使う食材しか知らない。エルシィさんがこっちの食材を知らないのも無理は無い。

 

「……あっ、そうだ! 姫様! 私いいこと思いつきましたよ!!」

「い、一応聞こうかな?」

「姫様! お料理を教えてください!!」

 

 エルシィさんにしては意外とまともな意見だったので少しだけ驚いた。

 いやいや、エルシィさんでも普通にそれくらいは考えつくよね。一応300年以上生きてるらしいし。

 

 エルシィさんのポンコツ度が云々は今は置いておこう。

 家庭料理というものはちゃんとレシピ通りに作ればあんな危ない事になるはずは無いのだ。せいぜいジャガイモの芽が混ざるくらいだろう。

 ここで私がしっかりと人間界の料理を教えておけば今朝みたいな事にはならないだろう。

 ……本当に大丈夫だよね? エルシィさんならちゃんと教えても何かやらかしそうな……

 ……今から不安になっても仕方ないので大丈夫だとしておこう。

 

「教えるのは構わないんだけど……時間が無いから朝とかになるかな」

「それだけでも大丈夫です! よろしくお願いします!!」

 

 家の冷蔵庫に入ってる食材を説明するくらいならお弁当を作りながらで事足りるはずだ。

 

「それじゃあまずは帰ろうか」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 朝……

 

 

「さぁ! はりきって参りましょ~!」

「うん。頑張ろう」

 

 やる気だけはあるんだよなぁ……

 いや、むしろやる気があるからこそ問題なのかもしれないけど。

 

「それじゃあ、まずは簡単な卵焼きから作ってみようか」

「卵の丸焼きですか?

 ネハンウズラの卵か、エリマキトサカの卵か……あっ、マンドラゴンの卵も美味しいですよ!」

「エルシィさん? 地獄の食材禁止ね?」

「え? あっ、すいません。つい……」

 

 こんな調子で大丈夫かなぁ?

 

 昨日の夜、桂馬くんと話してみたけど……

 

『昼に食わされた地獄の料理はやっぱり味だけは良かったが時間差で体に異変が出る。

 前回は唐突な下痢、今回は体がだるくなって体中に不気味な斑点が浮かび上がってきたよ。

 最初の料理だけなら偶然体に合わなかったという可能性も考えられなくもなかったが、今回の件から地獄の食材は人間にとってはほぼ有毒だと思っていいだろう。

 仮に無毒な物があってももう食べるのはもうゴメンだ』

 

 とのことだ。

 地獄の食材は絶対に使わせてはいけない。

 と言うか、結局食べたんだね。見捨てちゃって本当にゴメン。

 

 禁則事項を確認した所で料理を続けよう。

 冷蔵庫から卵を取り出してエルシィさんに見せてあげる。

 

「ほら、これが人間界で使う一般的な『卵』だよ」

「これが卵ですか? 形は似てるけど随分と小さいですね。何の卵なんですか?」

「え? 鶏の卵だけど……」

「にわとり? どんな生き物なんですか?」

 

 鶏は鶏だけど……どうやって説明しよう?

 体は白くて、大きさはあのくらいで、赤いトサカがあって、鳥だけど飛べなくて……

 ……よし、説明はしなくていいや。料理に直接の関係は無いし、時間も無いし。

 

「どんな生き物かは後で自分で調べてね。

 とにかく、この卵を使うよ。スーパーとかでも『卵ありますか?』って言うだけでコレだって伝わるから」

「人間界には卵は一種類しか無いんですか?」

「そういうわけじゃなくて、あくまで一般的に使われるのがこれっていう話で……

 と、とにかく次行くよ!」

 

 文化の違いって恐ろしい。

 1つ説明すると2つか3つくらいの疑問が出てくる。

 

「はいっ、使う卵が分かれば後はらくしょーです!

 私が料理してみます!」

「うん、頑張って」

 

 私が見守る中、エルシィさんがフライパンを構える。

 そして、卵をフライパンの上に乗せ、そのまま火をかける。

 

 ……ちょっと待って?

 エルシィさんは卵をフライパンの上に乗せ、そのまま火をかけている。

 ……殻も、割らずに。

 

「ストップ! エルシィさんストップ!!」

「え? 何かおかしな所がありましたか?」

「そのまま焼くんじゃなくて、卵は割ってから使うの!」

「えっ? でも料理の前に割っちゃうと中の『にわとり』という生物に襲われちゃうんじゃないですか?」

「襲われないよ!? それ無精卵だし! しかも鶏ってそんな危なっかしい生物じゃないからね!?」

「た、卵の殻を割ってしまっても襲われないんですか!? 人間界の卵は凄いです!!」

 

 地獄の生物の卵は割ったら例外なく襲われるのかな……?

 無精卵という概念は無いのだろうか?

 色々と気になるけど、料理には直接の(ry

 

「それじゃあ気を取り直して……卵を割ってみようか」

「はいっ! お任せ下さい!

 私、卵を割るのも得意なんです!

 ちゃんと殻を粉々にしますよ!!」

「ダメだから! それ得意って言わないから!!」

 

 地獄ではそれが普通……なんだろうなぁ……

 ……本当にキチンと粉々にして、破片で喉とかを傷つける事が無いように上手く処理すればそっちの方が栄養バランスは良いのかも?

 いやいや、この発想は危険だ。私が洗脳なんてされたら桂馬くんが精神的に死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

「これで、こうして、完成っと」

「おおお! 姫様凄いです!!」

 

 最初はエルシィさんに料理をさせて私がおかしな所を指摘していく方針だったけど、人間界の常識では有り得ないような事を頻繁にやらかすのでそんな悠長にやっていては時間がいくらあっても足りない。

 なので結局私が実演する方針に切り替えた。

 まさか卵焼き一つでここまで違うとは……地獄って恐ろしい。

 こうなると最初のエルシィさんの料理が体裁だけでもパスタだったのが奇跡に思えてくる。

 

「手順は覚えた?」

「バッチリです!!」

「それじゃあやってみて……って言いたい所だけど、私はそろそろ行かなきゃいけないから後は自力で何とか頑張って」

「え? もうですか? いつもより早いですね」

「うん。ちょっと用事があってね」

 

 事務所に早く呼び出されているから仕方ない。

 本当はもっと指導したいけど、また明日やれば良いかな。

 

「それじゃ、行ってきます」

「はい! いってらっしゃいませ!!」

 

 錯覚魔法をかけてから玄関を出る。

 最近はいつもこうしてるけど、頻繁にやりすぎて人目に付くと『エルシィさんが2人居る!』みたいな事になりかねないんだよね。

 そろそろ何か対処した方が良いかな? 別の姿に変装できるようにするとか、透明化を付けてもらうとか。

 今度相談してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し、頑張るぞ! おいしいお料理を作って神様に褒めて貰うんだ!

 まずは卵の中身をフライパンの上に……あれ?」






この話を書いてたらハクアが天才に見えてきたという不思議。
地獄では人が料理に食われるのが稀によくあるという人外魔境なのに人間界の料理をしっかりと習得したハクアって地味に凄いと思う。

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