夕方頃、ゲーム会社との打ち合わせが始まる前に岡田さんと打ち合わせをしておく。
「打ち合わせは私たち2人と相手の1人の合計3人で行う予定よ」
「私は……黙ってた方が良いですよね」
「そうね。こういう事は私の仕事だからね」
こういう交渉の場では一応同席はするけども私にできる事なんてほぼ無い。せいぜい愛想良く笑ったりするだけだ。
散々気合を入れておいて、今回も結局そうだろうと思っていた。
「……今回はちょっと手伝ってもらうかもしれないわ」
「えっ、何をすれば良いんですか?」
「そうね、議論が停滞したら私が合図を出す。そうしたら……」
「……分かりました。やってみます」
「使うまでもなく平和に終わるのが一番だけど、もしもの時は頼むわよ」
そしてしばらくして……
ゲーム会社との打ち合わせが始まった。
「皆さんこんにちは! いやぁ、あの中川かのんと直接話せるなんて光栄ですなぁ!」
「どうも」
最初に話しかけてきたのは会社の人だ。やたらテンションが高い。
もう既に契約が決まったかのようなテンションとも言える。その雰囲気で押し切る気なのかもしれない。
「かのんちゃんの知名度を以ってすれば大ヒット間違いないですよ!
それじゃあ、契約書を用意したんでサインを……」
「その前に、少々宜しいでしょうか?」
当然のように契約書にサインを促す会社の人を岡田さんが止める。
「何でしょうか?」
「契約を結ぶ前に、いくつか確認させていただけないでしょうか?」
「? ええ。何でもどうぞ」
「御社では、他社よりも優れた最高のゲームが作れると断言できますか?」
良いゲームを作りたいというのは岡田さんにも既に伝えた。
だから論点も自然とそこになってくる。
良いゲームが作れるならこのまま契約、そうでなければ切る。それだけだ。
「最高のゲームを? そりゃモチロンですよ! ハッハッハッ」
「大層な自信ですね。何か根拠でも?」
「根拠もなにも、あの中川かのんちゃんが出るゲームが最高のゲームにならない訳が無いでしょう!」
それは根拠にならない気がするなぁ……
この人の会社における最高のゲームになる根拠とかならまだ分かるけどね。実際にそうかは置いておいて。
なんか『中川かのんの名を使えば大ヒット間違いなしだからさっさと契約書にサインしろ』って言ってるように聞こえるのは気のせいかな?
「お分かり頂けたでしょうか? ではサインを……」
「いえいえ、まだお話は終わっていません。その根拠では他社に依頼しても全く変わらないでしょう。
我々が御社と契約するメリットを教えてほしいと言っているのです」
最初からにこやかだった会社の人の表情が少し崩れる。
話が良くない方向に進んでる事を察したのだろう。
「あ、あの、契約、して頂けるんですよね?」
「それは御社次第です」
「ちょっと待ってください? この件はほぼ決まってたはずの話ですよね?」
「契約はまだですから」
「い、一体何があったんですか? ここに来て渋るなんて」
「企業秘密です。お答えできません」
「あの、せめて理由だけでも……」
「企業秘密です。お答えできません」
岡田さん、煽ってると言うべきか焦らしてると言うべきか。
会社の人の顔色がどんどん悪くなってるよ。
「それで? 質問に応えて頂きましょうか?
我々が御社と契約するメリットはありますか?」
「う、ぐ、それは……」
ここで口先だけでもノウハウがどうこうとか熱意がどうこうとか言えない時点で色々とアウトな気はする。
どうします? という念を込めて岡田さんに視線を送ってみるが……作戦実行の合図が返ってきた。
……止めを刺せと言ったように感じたのはきっと気のせいだろう。
「少々よろしいでしょうか?」
「……え? はい、何ですか?」
これまで最初の挨拶の時以外一切口を開かなかった私が声を掛けてきた事に驚いたのだろう。少々の間を置いてから会社の人が返事をする。
「さっきあなたはこう言ってましたよね? 『あの中川かのんが出るゲームなら最高のゲームになる』と」
「そ、そうですね。言いました」
「では、その『中川かのん』について、あなたはちゃんと理解していますか?」
「り、りかい?」
「はい、理解です。
そこまで言い切るからには当然知ってますよね? 私の身長体重血液型誕生日。ファンなら余裕ですよね」
ちなみに、身長は161cm、血液型はAB型、誕生日は3月3日だ。
え? 体重? それは乙女の秘密です。ファンでも知ってる人はあんまり居ないと思う。
「え? それは、えっと……」
「それと、飼ってるペットの名前とその好物。この辺も常識ですね。
他には……そうですね……」
岡田さんに頼まれたのは『合図を出したらゲーム会社の人にファンとしての知識を要求する事』だ。
その時、最近の曲の名前等は出さないようにとも言われている。
どういう意図があるのか疑問だったけど、実際にやってみてよく分かった。
相手が熱狂的なファンであればこの程度の事はスラスラと答えられるのだ。熱狂的とまではいかない普通のファンであっても何かしら答えられるだろう。私の誕生日とか凄く覚えやすいし。
つまり、これは相手のファン度を確かめる為の質問……ってだけじゃない。
今回みたいに、ただ私の名前を知っている程度の人にとってこの質問はどう感じるだろうか?
答えようのない質問をさも当然のようにぶつけられる。しかもずっと黙ってた小娘に。それは怒りの対象でしかない。
しかも、ここで答えられないと相手の機嫌を損ない、そしてそれは契約の成否に直結するというような状況だ。苦痛しか感じないだろう。
実際に目の前の会社の人は顔を赤くしている。立場というものがあるからか怒鳴り散らすような真似はしてないけど。
私のファンじゃないと良いゲームが作れないとまでは言わないけど、そこまで理不尽な要求をしていない私に怒りの感情を向けるようでは良いゲームが作れるとは思えない。契約は無しで大丈夫だろう。
「む、ぐ、ぐ、ぐ……」
「……どちらにもお答え頂けないようですね。
それではこの話は無かったことに」
「ま、待ってください! この案で十分に採算が取れるはずです!
だから、どうか契約を……」
「採算の問題ではありません。御社では良いゲームは作れないと判断した。それだけですよ。
それでは、失礼します」
岡田さんは無駄の無い動作で一礼してから部屋を出た。
私もそれに続いて部屋を出る。
扉を閉める直前に会社の人が私の事を凄く睨んでいたが……もう関係の無い事だろう。
ちなみに、かのんちゃんの体重は45kg、スリーサイズは上から86-58-85となっています。
今回の話を書くまでペットのキタロー君の事はすっかり忘れてました。
た、多分事務所に水槽を運んで、そこで世話してるんじゃないですかね!
さすがに桂木家に運び込むのはちょっとどうかと思いますし。