軽音部の部室で、私と結さんは向かい合っていた。
「それで、どうしたの? 私に何か用事?」
「はい、2点ほど。
まず1点目。私たち軽音部は後夜祭でライブを行う事になっています」
「うん。勿論知ってるよ」
「これはあくまで提案なのですが、そのライブ、参加してみたいと思いませんか?」
「えっ? そんな事して大丈夫なの?」
「勿論部員の皆さんには後で許可を取りますが、恐らくは問題ないでしょう。
中川さんと他の皆さんで仲が悪いわけではないようですし、中川さん自身も何度か練習に参加しているでしょう?
問題なく合わせられるはずです」
「でも、エルシィさんの代わりしかやった事ないんだけど……」
「全く同じように演奏して頂いて大丈夫ですよ。エリーさんの演奏は時折原型が分からなくなりそうになる演奏なので。
原型そのままの演奏が入った方がむしろ良いでしょう」
「……エルシィさん……」
もしかすると私は今、新しい音楽の誕生に立ち会おうとしてるんじゃないだろうか?
……きっとそれは後世の音楽家が判断する事だろう。
「分かったよ。もう一本のベースはある?」
「申し訳ありません。流石に無いです。
中川さんがお持ちではないですか?」
「……明日までに買ってくるよ」
とりあえず自腹で買ってレシートは取っておこう。部費で出せるかもしれないし、岡田さんに相談してみてもいい。
その場合、『歌顔良し歌良し性格良しの上に将棋も指せる上にベースも弾けるアイドル』みたいな事になりかねないけど……まあいいや。その時考えよう。
「それで、もう1つは?」
「桂木さんの事です。
あなたは桂木さんの事を好いていらっしゃるのですよね?」
「うん。その通りだよ」
「……桂木さんと結婚したいですか?」
「当然だよ!」
「迷い無く言いきりましたね。少しは躊躇うかと思ったのですが……
何はともあれ、中途半端な気持ちではないのなら構いません。
私からのお願いです。どうか美生を解放してあげてください」
「……と言うと?」
「あなたたちが結婚でもすれば美生も諦めがつくでしょう。
今すぐに結婚というのは不可能ですが、早めに決着を着けてください」
「いいの? そうなると美生さんは……」
「どうせほぼ勝ち目はありません。それなら無駄に引き伸ばすのは逆に辛くなるだけです」
「でも、桂馬くん自身は私の事は……」
「恋愛ではないのでしょう。しかし、結婚において恋愛は必須条件ではありません。
隣に居て苦痛を感じない事。それが第一の条件でしょう。
どんなに仲が良くとも、誰かがずっと隣に居るという事に人は苦痛を覚えるものです。
しかし、彼にとってはあなたが彼の隣に居ることは苦痛などではなくむしろ当然の認識である。
そんな風に私には見えましたよ」
「…………」
「あくまでも、私の個人的な意見です。
どう捉えるかはお任せします。ですが、早めの決着をお願いします」
「…………分かった。ありがとう、結さん」
「別にお礼を言う必要はありません。美生の為ですから」
考えてみようか。私がすべき事を。
私が望む未来を手に入れる為に。
時は少々遡り、質問ゲームで天理が桂馬の手を握って部室を飛び出した時の事だ。
『天理、一体どうしたのですか!』
鏡の中のディアナが気遣うように私に声を掛けてくる。
「……桂馬君の手、こわばってたんだ」
『? どういう意味ですか?』
「朝、私が桂馬くんの腕に抱きついた時も嫌がってたように感じた。
今思い返すと、私との接触がかなりストレスになってたんじゃないかな」
『どういう事ですか!? まさか、桂木さんは天理の事を触られるのも嫌なほど嫌っているとでも言うつもりですか!?」
「……ううん。そうかもしれないけど、そうじゃないと思う。
多分だけど、『人に触られる』っていう事自体に慣れてないんだと思う。
ほら、桂馬君っていつもゲームしてるから。ゲームしかしてないから」
『……なるほど、確かに触ってくる女性は皆無でしょうね』
だから、それ自体は問題ない。
私自身が嫌われているわけではない……と思うから。
『あれ? ですが、えっと……結局なんと呼べばいいのでしょうか、あの人は』
「中川さんの事でしょう? そうなんだよ。
ずっとくっついてるのに、桂馬君は無反応だった」
『……どういう事でしょう?』
「簡単な事だよ。
桂馬君にとって、中川さんだけは現実の存在だから。
だから実体があっても何の問題もない」
『そんな! それではっ、桂木さんにとって天理は何なのですか!
まさかただのゲームだとでも言うつもりなのですか!?』
「……そういう事だと思うよ。本人はどっちも気付いてないみたいだけど」
桂馬君は、中川さんに対して恋愛感情は無いのかもしれない。
いや、きっと無いんだろう。無意識の部分まで含めても、恋愛感情は無い。
だけど『恋人』としてではなく『許嫁』ならどうだろう?
結婚して、人生を共に歩む存在。
今の桂馬君にとってそれに一番相応しいのは、中川さんに他ならない。
「私は……結局何もできなかった。
あの2人の間に割って入るのは、私にはできない」
『どうしてそこで諦めるのですか!
天理は10年も前から桂木さんの事を想っていたのでしょう!?』
「そうだったとしても桂馬君にとっては関係ない事だよ。
私は桂馬君にとっての現実にはなれなかった。それだけの事」
『しかしっ!!』
「……いいんだよディアナ。
悲しくもあるけど、私は心のどこかで満足してる。
中川さんの存在は、桂馬くんが現実と向き合えた証でもあるから」
『……強がりの類ではないようですね。
天理……あなたはどうしてそんなに悲しみながらも人を愛せるのですか?
矛盾してます。私には、とてもできそうにありません』
ディアナは私の感情を読み取る事ができる。
そんなディアナは今の私の感情を不思議に思っているみたいだけど、そう大したことじゃない。
「人の心なんていつも矛盾してるものだよ。
もしかすると、それが人間らしいって事なのかもね」
桂馬の弱点に関しては以前からしっかり覚えていた事を明言しておきます。
これまでの描写で違和感を覚えていただいていたなら幸いです。
この弱点の解釈については合っているかは分かりませんが、原作の描写を見る限り『触られるとドキドキする』と言うよりは『テンパって思考が回らなくなる』って感じだと判断しました。合っているのか間違っているのか、あるいは半分くらい合っているのか、その辺の解釈は読者の皆さんにお任せします。
天理が薄幸過ぎて辛い。誰か文句なしのハッピーエンドな二次創作書いてくれませんかね?
え? 自分で書け? いや、流石にキツイですよ。
本作の連載が始まった頃と比べて神のみ二次が多少増えているので創作者の皆さんに期待させて下さい。誰とは言いませんが天理がメインヒロインっぽい二次もあるみたいだし。