もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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64 悪魔殺しの記録

 ところで、気付いただろうか?

 僕の争奪戦に参加してそうで実は参加してない1人の人物の事を。

 

「……桂馬君。次は私の番だよね?」

「そうなるな」

「それじゃあ……手、出してくれるかな?」

「別に構わんが……」

 

 天理の要求は質問ではなかった。

 ルール違反と言えなくもないが、このくらいは別に構わないだろう。

 

 天理に向かって手を差し出す。

 差し出されたその手を、天理が両手で包み込んだ。

 

「な、何だ一体……」

「…………………………」

 

 天理は目を瞑って黙っている。

 他の皆もその雰囲気に気圧されたのか固唾を飲んで見守っている。

 そんな居心地の悪い時間が数十秒ほど過ぎて、天理は目を開いた。

 

「……そっか。分かった。ありがとう」

「ああ……一体何だったんだ?」

「……後で教えるよ。

 ちょっと席を外すね」

「あ、おい!」

 

 そう言って僕が止める間もなく走り去ってしまった。

 何が起こったのかはよく分からんが、とりあえずは……

 

「……ハクア、天理の事頼めるか?

 部外者がうろついてたら妙なトラブルに巻き込まれるかもしれん」

「何か前にも似たようなやりとりがあった気がするわね……行ってくるわ」

 

 決戦前に戦力が欠けるとか勘弁して欲しい。ハクアが付いていれば多分大丈夫だとは思うが。

 天理の様子は気になるが、気にしていてもしょうがないか。

 

 次は……ちひろのターン(2周目)でいいのか?

 そういう事にしておこう。ちひろも結も全く質問できてないし。

 

「ちひろ、何かあるか?」

「え、私の番? えっとそれじゃあ……

 あ、そうだ。さっき何か『恋愛を使って攻略』とか言ってたよね。しかも7人も。

 その7人って一体誰なの?」

「……順番に言うのであれば……

 ・歩美

 ・かのん

 ・麻美

 ・栞

 ・スミレ

 ・月夜

 ・天理

 以上になるな」

「……んんっ? 何か聞き覚えのある名前が多数あった気がするんだけど!?」

「より具体的に言うなら……

 ・そこに居る高原歩美

 ・ここに居る中川かのん

 ・そこに居る吉野麻美

 ・うちの学校の図書委員、汐宮栞

 ・他校生の上本スミレ

 ・うちの学校の天文部部長、九条月夜

 ・さっきまでそこに居た鮎川天理

 以上だ」

「ほぼ全部知ってる名前っ!?

 え、ちょ、マジで? 歩美とかのんちゃんとあさみんに加えて、汐宮さんに九条さんに店長まで!?

 さっきの、その……鮎川さん? 以外は全員有名人じゃん!!」

「……栞と月夜はまだうちの学校所属だからまだいいとして、スミレも分かるのか」

「トーゼンだよ! 最近人気の激甘ラーメン店の店長さんの事だよね!?」

「あいつ有名になったなぁ……」

 

 スミレの名声が凄いのか、ちひろの情報収集能力が凄いのか。

 いや、どっちも凄いんだな。

 

「あれ? って事は残り3人も桂木の事が好きだって言って入ってくる可能性も……」

「ああ、それはまず無いから安心してくれ。

 あいつら全員記憶無いから」

「え? どういう事?」

「地獄の技術だ。特定の記憶を操作できるらしい。

 あいつらが僕に恋愛をしていた記憶は今はもう存在していない」

「地獄凄っ! あれ? でも歩美たちの記憶は……」

「女神の力らしい。詳しい理屈は知らんがな」

「へ~」

 

 失われた記憶……か。

 メルクリウスなら戻せたりするのだろうか?

 可能だったとしても戻す事は無いだろうが。

 

 それはそうと、僕とちひろのやりとりを聞いてまず歩美が反応した。

 

「最初に桂木が近づいてきたあの時も、駆け魂が目的だったって事よね?」

「そういう事だ」

「……何か釈然としないけど、一応お礼を言うべきなのかしらね」

「お前の為にやった事じゃない。不要だ」

「そう。ならお礼を言っておくわ。ありがとう」

「お前なぁ……まあいいか。どういたしまして」

 

 そして次のターンに……移ろうとしたら今度は美生が。

 

「桂木、さっき挙げた名前の中に私の名前が無かったみたいなんだけど?」

「そりゃそうだ。お前には『恋愛』は使わなかっただろ。

 実際に心のスキマを埋めたのは結だったしな」

「え? 私ですか?」

「ああ。僕がやったのはお前に情報を渡すだけで、メインの攻略はお前がやってくれてたよ」

「そうだったのですか!? う~ん、恐らくはあの頃の事ですよね?

 まさか別の意味でも美生を助けていたとは……」

「もしかしなくてもあの時の事よね……心のスキマ……恋愛……

 ……何となく理解できた気がするわ」

 

 納得してもらえた所で次のターンに移るとしようか。

 

「結、何か質問あるか?」

「ふむ……では、その駆け魂に取り憑かれた場合の具体的な悪影響を教えていただけますか?

 放っておくとロクな事にならないのは察する事ができますが、もしそうでないのならあなたの行動は看過できないものになります」

「尤もな意見だ。

 女神と対を成す駆け魂は負の感情を糧とする。

 その糧を生み出す為に心のスキマをより広げていく。

 その結果、精神的にかなり不安定になり、突拍子もない行動を取るようになる。

 例えば……どっかの陸上部員は大会を仮病でドタキャンしようとしたりとかな」

「うぐっ!」

「? 何の話ですか?」

「き、気にしないで!」

「……ああ、はい。気にしないでおきます」

 

 歩美の例が一番分かりやすかったんで使わせてもらった。

 流石に結は知らなかったようだが、ちひろとかは「ああ、アレか」みたいな顔をして納得しているようだ。

 

「そういった行動面に影響を及ぼすだけでなく実際に超常的な現象を引き起こす事もある。

 人が小さくなったりとか、逆に巨大化して暴れ回ったりとか、

 ……ああ、身体が入れ替わるとかもあったな」

「そんな事もあったね。今となっては懐かしい思い出だよ」

 

 かのんが呑気にそんな事を言っている。僕にとってはトラウマ……とまではいかずともあまり思い出したくない体験なんだがな。

 

「そして…………」

 

 最後にもう一つ、とんでもない悪影響があるわけだが……これは果たして言うべきなのか?

 ここまでで挙げた分だけで結を十分説得できるだろう。わざわざそこまで言わなくても良い気もする。

 どうしたものか。

 

(桂馬くん。言いづらいなら私から言おうか?)

(いや待て。そもそも言う必要があるのか?)

(私としても他の人の好感度上げたくないから黙ってた方が都合は良いけど……全ての質問に対して真摯に答えるべき。でしょう?)

(……分かった。だが、お前から説明する必要は無い。僕が言おう)

 

「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない。

 駆け魂……肉体を失った悪魔は再び肉体を得ようとする。

 肉体を得て転生する事こそが駆け魂の最終目的だ。過程の悪影響はついでに過ぎない」

「……どういう意味でしょうか?」

「肉体を得る為の方法、それはある意味かなり簡単な方法だ。

 誰かの子供として産まれ直す。ただそれだけだ」

「……そういう事ですか。

 ある種の奇跡の御技を起こすのが神の子ではなく悪魔というのはとんだ皮肉ですね」

「女神も……天界人もやろうと思えば似たような事はできるらしいけどな」

 

 この説明で結は理解したようだ。

 

「ちょっと、どういう事なのさ。

 それだけじゃ意味分かんないよ」

「言葉にすればとても単純な事です。

 『駆け魂を放置するとやがて転生する。その宿主の子供として』

 そういう事なのでしょう?」

「……そういう事だ」

 

 ちひろからの追求に答えようとしたら結が先に答えていた。

 僕が言いにくそうにしていた事を察して代わりに答えたのだろうか?

 誰かにその役目を押しつける気は微塵も無かったんだが……まぁ、取られたものは仕方ないか。

 

 身に覚えの無い子供を身籠もったと思ったら中に居るのは怪物。

 

 悪夢……なんて言葉じゃ済まないだろうな。絶望でも生温いか。

 当事者であった事を自覚している3名にも意味が伝わったようだ。皆が顔を青ざめさせている。

 

「心配するな。駆け魂の影響は今はもう完全に取り除かれている」

「いや、で、でも……」

「……少し休憩するとしようか。ちょっと散歩してくる。

 かのん、何か用事があればメールか何かで連絡してくれ」

「ん、分かった。行ってらっしゃい」

 

 しばらく席を外しておくとしよう。

 僕よりもかのんの方が適任そうだしな。







 すっごく今更だけど、駆け魂の転生メカニズムって一体どうなってるんでしょうかね。
 原作初期の説明だとどこぞの聖母様のように処女懐胎するのが本来の流れっぽい? (まぁ、処女とは限らなゲフンゲフン)
 ただ、檜編のレベル4の駆け魂とかを見ると違うような気もします。
 『母体から受肉』の正規ルートと『魔力で実体化』の力技なルートの2つがある。
 そんな感じの解釈が妥当なのかなぁ……

 筆者がひねくれ者なだけかもしれませんが、この辺の設定を突き詰めて考えるとR18な領域に行きそうになるという。原作の元ネタがギャルゲー(R18含む)なのである意味当然の事かもしれませんけども。
 あんまり生々しい話にはしたくないので必要な分だけ語りつつも上手くボカしたいです。

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