「……おまたせ」
扉を開けて、透明化の羽衣を剥ぎ取って桂馬くんとエルシィさんの前に姿を現す。
私は今、ちゃんと笑えているだろうか? 私らしく振る舞えているのだろうか?
「……来たか」
桂馬くんはベンチから腰を上げ、私の真っ正面に立った。
全てを見透かすような視線が、私に投げかけられる。いつもは攻略対象に向けているような、そんな視線が。
「……どうして、分かったの?
私の記憶がある事が」
「エルシィから聞いた。お前はそもそも記憶操作をされてないって」
「……そっか。エルシィさんは知ってたんだね」
もしかしたら知ってるかもしれないとは考えてた。
でも、下手に手を出すと藪蛇になりかねないから特に何もしなかった。
口止めしようとしてもエルシィさんならついポロッと言っちゃいそうな気がしたし。
「……お前、言ってたよな? 記憶が曖昧だって」
「うん、言った。よく覚えてるよ」
「どうしてそんな嘘を言ったんだ?」
「あの時、恋愛の記憶を抱えた私が側に居るって事になったら、桂馬くんは絶対に気を遣うでしょう?
だから、記憶は無くなった事にするのが一番良いって、そう思ったんだ」
「……かもしれないな。だが、お前はそれで良かったのか?」
「……辛い時もあった。けど、私にとってもベストな選択肢だったと思ってる。
攻略対象としての私じゃない、私自身を桂馬くんに見せる事ができたから」
そして、そのまま桂馬くんに勝ちたかったなぁ。
桂馬くんに認められたかった。
でも……私は間に合わなかったんだね。
「……おい、お前、泣いてるのか?」
「えっ? 何の事?」
「……気のせいだったか。済まない」
「……ううん」
こんな所で泣いてる姿なんて見せられない。
桂馬くんには見破られたみたいだけど、ほんの1瞬だけだったようだ。
「……じゃあ、質問させてくれ。
お前の中に、女神は居るのか?」
「……その答えは最初から全く変わらないよ。
私の中には、多分女神は居ない」
「でも、断定ではないんだよな? 記憶はあるんだから」
「その通りだよ。これは私の主観に過ぎない。
だから……私の中に女神が居たとしても全然不思議じゃないね。
相手が『叡智の女神』なら尚更ね」
「……分かった。
それじゃあ僕は……お前の攻略を始めよう」
その選択肢は、きっと正しいのだろう。
私の中に女神が居ようが居まいが、試しに攻略してみればハッキリするはずだから。
……でも、その前に1つだけ質問させて欲しい。
「桂馬くん、どうしてそんな辛そうな顔をしてるの?」
「辛そう? 僕がか? 気のせいじゃないか?」
「桂馬くん、私は桂馬くんの許嫁だよ? 隠し事をするなとは言わないけど、私に関わる事ならちゃんと話してほしい」
「……そっか、記憶あるんだもんな。許嫁、か。
……そうだなぁ、やっぱり僕はお前を攻略したくはない」
「それは……どういう意味かな?」
「何て言えばいいかな……せめてお前くらいは攻略とは関係ない存在であってほしかった。そんな感じだ」
「……そっか」
一瞬嫌われているのかと思ったけど、そうではないようだ。
むしろ好かれている。しかし恋愛ではない。
私との関係は恋愛を切り離して考えたかったんだろうね。
私は別にそれでも構わないよ。だって、許嫁ってきっとそういうものだから。
最初はただの取引相手で構わない。
恋愛の感情はその過程で育まれていくものだと思うから。
だから、無理に恋愛させるのは頂けない。桂馬くんが苦しむ姿を見るのは嫌だ。
何か無いだろうか? 私にできる事が。
今からでも別の最後の宿主を探すとか? いや、流石に無理がある。
桂馬くんが散々捜して見つからなかったのだ。それなのに私が今から見つけられるとは思えない。
見つけられるとしたら……この分野で私が桂馬くんに勝てる要素があるとしたら……………………
………………あれ?
ちょっと待ってほしい。
コレは有り得るの?
『あらゆる可能性を疑い、意識の隙間を埋めよ。最後の答えはそこにある』
なら、この線で進めてみよう。最後の答えがある事を信じて。
『心せよ。答えを未来に問うなかれ。答えは汝の過去にあり。汝の心の内にあり』
推理の為の全ての材料は揃っているはずだ。私の経験の全てが伏線と成り得る。
女神の居場所、駆け魂の隠れ場所、攻略対象……
「……はははっ」
そうか。そういう事なんだね。
推理は繋がった。この推理は、全てをひっくり返す一手になる。
やっと理解したよ。これこそが私がここに居る本当の意味なんだ。
「あっはっはっはっはっ!!」
「お、おい、どうしたかのん? 大丈夫か?」
笑いが止まらない。嬉しさが止まらない。
だって……私はまだ、諦めずに済むんだから。
それじゃあ、始めよう。最後の悪あがきを。
台詞なんて考えるまでもない。私が言うべき事は決まってる。
「桂馬くん……いや、桂木くん。私と、ゲームをしよう」