生物部の部室を後にした僕達は図書館へと向かっていた。
「そう言えば、こうやって図書館に2人きりで行くのも久しぶりだね」
「2人きりでと言うか、そもそも図書館に行く事が数ヶ月ぶりだな。
……そう言えば、攻略の時に栞に没収された本、まだ返してもらってなかったな」
「そんな事があったの? 栞さん、覚えてるといいけど。色んな意味で」
「栞の性格を考えたら、すぐに判明するだろう」
ここで、記憶があるという仮定で栞視点の出来事を考えてみよう。
・図書館で過ごしていたら傍若無人な男が現れた。
・図書館に立て篭もったらその男が手伝いに来た。
・その男となんやかんやあってキスした。
・そしてその男は消えた。
凄くザックリ言うとこんな感じだ。
で、今からその消えた男が何食わぬ顔で話しかけてくる。
記憶が無いならそこらの客と同じような対応になるだろうが、そうでないのなら……混乱して黙り込むんじゃないか?
ま、実際に行ってみてから考えよう。
建物内に入ってまずは受付の方を確認する。
……居ないな。三つ編みの図書委員が近くの机で事務作業をしているだけだ。
単純に別の場所に居るのか、あるいは休みなのか。
居ることを願って適当に探し回る事にする。
「相変わらず程よく静かな場所だね。前はここで勉強してたっけ」
「そんな事もあったな。そう言えば、アレが無かったら栞とも遭遇しなかったんだよな。
…………ん?」
「……け、桂馬くん。私、なんだか凄く嫌な事を思いついちゃったよ」
「奇遇だな。僕もだよ……」
ちょっとした手違いですれ違って出会わないような奴に女神が居たとしたら、どうなるのだろうか?
栞に女神が居るなら、そういう奴に女神が居る事もあると実証されるし、居ないなら女神に対して女神候補が足りてないのでそういう奴を探し出す必要に迫られる。
……い、いや、仕掛け人の有能さを信じよう。もう既に出会っている奴の中にちゃんと居るはずだ!
「あ、あの……どうかなさいました……か……?」
「ん? ああいや別になんでもっっっ!?」
「ひぅっ!?」
後ろから誰かに声を掛けられたので、振り返って返事をしたら……
……そこに居たのは、汐宮栞だった。
記憶の有無に関わらず向こうから声を掛けてくるのは全く想定していなかった。
「ど、どうか、なさいましたか?」
「あ、いや、スマン。気にしないでくれ」
「そ、そうですか。な、何か御用があれば。お気軽にお声をお掛け、下さい」
最初の台詞は後ろからかけられたものだったが、それ以降は顔を合わせての会話だ。
それでも反応を変えないという事は……記憶は無いのか?
……ちょっと踏み込むぞ。
「あ、キミ。ちょっといいかい?」
「は、はいっ!? ……な、何でしょうか……?」
「……『ユピテルの姉妹』という言葉を知っているか?」
「ユピテル? ……ローマ神話のユピテールの事ですか?
………………ユピテールの妻のユノが産んだのはウルカヌスとユウェンタス。あと一応マルスも含まれるでしょうか?
ウルカヌスもマルスも男神なので姉妹と言うよりは兄弟なのでは……」
「……よくそんなスラスラと出て来るな」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさいっ!」
「いや、責めてるわけじゃない。分かった。ありがとう」
「は、はい……では、失礼します……」
栞の奴、随分と喋れるようになったんだな。
しかし、顔色を変えずにあれだけ喋っていたとなると……
「記憶……無さそうだね」
「女神候補の数に対して女神の数が飽和したな。
……なぁ中川。お前本当に大丈夫だよな?」
「疑いたくなる気持ちは凄く良く理解できるけど、それでも答えは変わらないよ」
「……スマン。仮に居て何らかの事情で隠してるとしてもこのくらいでは明かさないよな」
「本当に居ないんだけどなぁ……」
「まあいい。飽和しているという事は逆に言えば残りの女神候補にはほぼ間違いなく女神が居るって事だ。
歩美と美生、あとアポロの攻略を進めていくとしよう」
「……そうだね。次は美生さんの所?」
「そうなるな」
結によれば、放課後はここの近くのパン屋でバイトをしているらしい。
記憶がある事が確認できたら、早速攻略に取りかかるとしよう。
攻略の影響で多少の性格が変わったとしても、その本質が大きく変化するわけではない。
『ツンデレ』の攻略テンプレートは確立されている。気負わずに行こう。
栞が語った神話はウィキペディアから拾ってきました。
ユピテル(男神)の妻がユノ(女神)。
そのユノがユピテルとの間に産んだのがウルカヌス(男神)とユウェンタス(女神)。
あと、花の女神フローラから貰った魔法の花で単独で妊娠して産んだ子がマルス(男神)。
こんな感じらしいです。
あの人が理事長をやってる舞島学園の図書館なら神話関係の本はそこらの図書館よりも充実していそうなので栞ならきっと読み込んでるハズ。