昼休みになった。
朝話した予定通りサクサク進めていこう。というわけで中等部の教室に突撃だ。
都合の良い事に教室に人気は少なく、みなみは友人2名と一緒にお弁当を食べているようだった。
おそらく女神は居ないだろう。だが万が一が有り得る場所だ。一応記憶がある前提で話しかけてみるか。
「やあみなみちゃん。久しぶり!」
そんな声に反応して友人2名がこちらを向いてギョッとしている。
感じのみなみはと言うと……
「……え? あ、あの……ど、どなたですか?」
「いやだなぁ。ボクだよボク!」
「な、何なんですか? 誰ですか!?」
……明らかに怯えているようだ。
みなみの攻略はイベント自体が少なかったが、流石にキレイサッパリ忘れられているという事はあるまい。
シロ、だな。
「……ごめーん。人違いだったみたいだー」
「へ? ああ、はい……」
用事は済んだ。もうここに留まる理由は無い。
……ああ、そうだ。最後に一言だけ。
「……キミ、まだ水泳やってるのかい?」
「え? は、はい……」
「……そうか。頑張ってね」
攻略の痕跡は残っている。女神なんて関係無く、な。
『記憶を失う』という事自体が良い事なのか悪い事なのか、僕には分からない。
ただ、この地獄と天界を巡る戦いに巻き込まれなかったという意味では、間違いなく幸運なんだろう。
……じゃ、探そうか。巻き込まれた不幸な奴を。
……一方その頃……
桂馬くんが動いている間、私たちも勿論動いていた。
「師匠!」
「ん? 中川か。今日は来れないとお前のマネージャーから連絡があったが……」
「えっと……まぁ、色々とありまして」
アイドル業をしばらく休む事を伝えた岡田さんが師匠にも連絡してくれていたみたいだ。
流石は岡田さん。仕事が早い。
「ふむ……来てくれたのなら丁度いい。
お前、昨日の夕方頃に何があったか覚えているか?」
「え? 夕方ですか? えっと……」
その頃は……丁度歌を歌ってたんじゃないかな。
「ど、どうしたんですか? 昨日の夕方何かあったんですか?」
「実に妙な話なのだが、どうにもその頃の記憶が曖昧でな。
道場で修行していた……と思うのだが、何だかかなり強大な相手と戦っていたような気がするんだ。
お前もあの時どこからか湧いて出てきていたよな?」
「そ、そうですね。ちょっと用事があって師匠の道場に行っていました。
「やはりそうだったか。で、何か心当たりはあるか?」
「う~ん…………ごめんなさい。私にもよく分かりません」
「そうか……分かった。妙な事を訊いて悪かったな」
「いえいえ。興味深いお話でした。
何か思い出したら教えてくださいね」
「そんな面白い話でも無いと思うが……分かった。思い出せたらこの話の続きをするとしよう」
師匠はシロっと。万が一クロでも後でそれとなく教えてくれそうだ。
「それじゃ、失礼します!」
「ああ。
……ん? 中川は結局何をしに来たんだ?
……まあいいか」
そして、僕達は屋上で合流した。
集まっているのは4名。僕とかのん、ハクア。そして、麻美だ。
「はい、オムそばパン。3人分で大丈夫だったよね? 私の分と別で」
「ああ。パシリみたいな事をさせてすまんな」
「これくらいならいくらでもやるよ。エリーさんが大変なんでしょう?」
今朝、教室に入って来た時に真っ先に反応を示したのは麻美だった。
『え? アレ? え、エリーさん!? な、何で……』みたいな感じだ。
そりゃビックリするよな。昨日瀕死だったエルシィ……の姿をした奴(錯覚魔法を使ったかのん)が堂々と教室に入ってきたら。
急いで事情を書いたメールを送ったので騒ぎになる事はなかった。
で、その少し後に来た返信メールで『何か手伝える事は無いかな?』と言われたのでついでだから今日の昼食を頼んだというわけだ。
「これがあなたがお勧めした『オムそばパン』ってやつ?
何よ、ただパンに具が挟んであるだけじゃない」
「ハクアさん。甘く見ちゃいけないよ。
確かに見た目はそんなに派手じゃない。むしろ地味。だけど……一口食べるだけでその印象の全てが変わる事を保証するよ」
「えっ、そこまでかなこのパン……」
麻美は普段から外パンらしい。オムそばパンの味は十分理解しているはずだが……かのんみたいに何かに取り憑かれたようになる事はないようだ。
「そこまで言うなら食べてみようかしらね。
はむっ……な、何コレ美味しい!! 人間界にこんなに美味しい食べ物があったなんて……侮っていたわ」
「私も、この学校の隅っこでこんなものが売られているだなんて思ってもいなかったよ。
その時感じたよ。世界って広いんだなって」
「……何だろう、このノリ」
「……さぁな」
……閑話休題……
「さて、みなみはシロだった。お前の所の師匠も……」
「うん、シロだったよ。これで、そのラインよりも遠い人は全部除外できるかな?」
「そうだな。まず居ないだろう。
これで候補は、歩美・栞・月夜・美生の4人……いや、月夜も除外できそうだな」
「……そうだね」
何故かというと、あいつとはちょくちょく顔を合わせるからだ。
僕が駆け魂回避の為にいつも屋上で昼食を食べている事は改めて説明するまでもないだろうが……その時、1週間に1回くらいの頻度で月夜と遭遇する。
しかし、会話の類は一切無い。強いて言うならすれ違う時にたま~に目線が合うくらいか。
月夜攻略時のあのエンディング(悪役を辛うじて撃退エンド)の記憶があるなら流石に話しかけてくるだろう。
「あの時の私の格好で話しかければ間違いなく白黒ハッキリするだろうね」
「一体何て話しかける気だ」
「えっと……『すみません。この辺で家の鍵を見かけませんでしたか~』とか」
「恐ろしくシュールな絵になるな……」
あの時のかのんの悪役の格好はあくまで『怪しげ』であって『明らかに犯罪者』ではなかった。よって、変な格好の一般市民という主張はできる。
ギャグ漫画みたいな絵面になるが、確かに確実だ。後でやってもらうか。
「残りの候補は3人? その中に女神が全員居るの?」
「……そのハズだ」
最低でも2人居る事は確実。あと1人は……
……かのん、本当に大丈夫だよな? お前じゃないんだよな?
おまけ
……放課後 どっかの道端……
月夜 「最近は冷え込んできたのですね。つい最近までの暑さが嘘のよう。
そうは思いませんか、ルナ」
???『ククククク』
月夜 (っ!? 何だか凄く怪しげな人が道端に立っているわ。
最近物騒だし警察にでも通報した方が……)
???『……お嬢さん』
月夜 「は、はい?」
???『……この近くに交番はありますか?
落とし物を拾いまして』
月夜 「え? えっと確か……こっちの道を真っ直ぐ進むと大きな交差点があるので、そこを右に曲がってしばらくするとあったはず……」
???『ありがとうございます。では失礼します。ククククク』
月夜 「……な、何だったんでしょう、アレ」
怪しげな人物、イッタイダレナンダー。