『互助』の女神は地に伏せる
今この部屋、かのんが普段寝泊まりしている部屋に集まっているのは僕を含めて6人
駆け魂隊の地区長、ハクア。
女神ディアナとその宿主の鮎川天理。
女神アポロと宿主の吉野麻美。
僕の相棒である中川かのん……いや、今は西原まろんと呼ぶべきか。一応変装中だ。
そして……
ベッドに横たえられ、一向に目を覚ます様子の無いエルシィ。
最初は女神たちとその宿主は居なかったのだが、ハクアの手に余る事態だったため僕が呼んだのだ。
「くっ、やっぱりダメみたい。
この剣は……私には抜けない」
単に物理的に腹部を刺し貫かれただけなら医術が専門だと豪語するアポロは勿論、ハクアでも治療はできるらしい。
しかし、エルシィの身体に今も刺さっている短剣はただの剣ではなかった。
「……私がやってみましょう」
「気をつけてね。この剣、下手に抜こうとすると襲ってくるみたいだから」
そう、この剣は抜こうとすると襲ってくる。
剣が纏っている黒いオーラが手を伝って這い上がってくる。
僕が最初に試した時はかのんとハクアがすぐに引き剥がしてくれたが……無抵抗にオーラを受け続けたらロクな事にならないのは明白だ。
「っ!」
ディアナが両手でしっかりと剣を握り締め、全力で引き抜こうとする。
しかし……
「くっ、もう少し、もう少しで……」
「おいよせ! 一旦離れろ!!」
黒いオーラが危険な域まで這い上がっていたので全力で引き剥がす。
残念ながら、ディアナでは抜けなかったようだ。
「ったく、大丈夫か? 天理の事も考えろ。あんまり無茶するなよ?」
「……ええ。大丈夫です。すいません」
「うーむ……かなり力が戻っておるディアナでも力技で引き抜けないのであれば妾でも難しいのぅ……」
「2人で協力して……とかいうのは無理か?」
「別に試すくらいは構わぬが、妾の見立てではおそらく無理じゃぞ?」
「それでも一応試してみてくれ。無理はするなよ?」
「うむ! ディアナ、やるぞよ」
そして2人がかりでトライしてもらったが……アポロの言ったようにやはり無理だった。
「……ダメか」
「しかし、今のでハッキリ分かりました。
この短剣にかけられている呪いは旧地獄の魔術です」
「旧地獄の魔術ですって!? そんな、使ったら牢獄入りじゃ済まない禁忌術よ!?」
「ですが、今感じた悪意には覚えがあります。
おそらくこれは
「誰がそんな物騒なものを持ち出したってのよ! 学校で習うわけも無いし、それ関連の本は禁書指定されてるはずだし……」
「入手経路なんて今はどうでもいいだろ? よっぽどだったらとっ捕まえたあいつを尋問すればいいしな」
「……それもそうね」
かのんが気絶させた襲撃者の悪魔(フィオーレというらしい)はハクアの勾留ビンで勾留してある。
今はビンごと適当な布に包んだ状態で隣の部屋に放置してある。
「さて、旧地獄の暗殺魔術だったか? 具体的にどういう効果なんだ?」
「……私が知ってるのは新地獄の魔法だけだけど、それを超強力にしたものだとするなら『一刺しで生命力を吸い取って対象を絶命させる』ってとこでしょうね」
「『暗殺魔術』というくらいですから。多少の過程の違いはあれど対象を確実に殺そうとするもので間違いありません」
字面通りの効果……と。
「では次の質問だ。ハクア、お前がこれを受けたらどうなる?」
「嫌な仮定ね……そうね、事前に完璧な対策をしていたとかならともかく、突然襲われたら間違いなく死ぬわ。
……あれ? じゃあ何でエルシィは生きて……?」
「……次の質問。ディアナにアポロ。お前たちだったら?」
「妾は無理かのぅ……頑張れば呪いが効果を発揮する前に何かしらできるかもしれぬが、そのまま死ぬ確率の方が高そうじゃ」
「今の私であればまともに受けても死にはしないと思います。自力で完全に解呪できるかは微妙ですが……」
新悪魔なら死ぬ、女神なら力が戻っていれば何とかなると。
把握した。
「じゃ、もう一つ、女神たちに質問だ。
残りの女神、ウルカヌス・マルス・ミネルヴァ・メルクリウス。
この4名の中で『結界』の扱いに一番長けているのは誰だ?」
「一番ですか? でしたらミネルヴァでしょう」
「そうじゃな。メルクリウスでも扱う事はできるじゃろうが、得意としておったのはミネルヴァじゃ」
「……マジか。よりにもよってミネルヴァなのか……クソッ!」
女神ミネルヴァ……前にアポロから聞いた話によれば手を繋ぐだけで女神の力を数倍にも高めるとかいうチート能力を持ってるらしい。
そんな能力を持ってたら他に得意技なんて無いだろうと勝手に考えていたが……甘かったようだ。
「突然どうしたのじゃ?」
「……良い情報と嫌な情報がある。どっちから聞きたい?」
「う~む……では良い方からじゃ」
「分かった。まず、女神ミネルヴァの居場所が分かった」
「何じゃと!? どこなのじゃ!?」
「……嫌な情報だが、その場所とはこの部屋のベッドの上だ」
「む?」
僕とかのんを除く全員がこの部屋の唯一のベッドの上、エルシィへと視線を向ける。
そして、他のベッドを探しているのか部屋を見回す。
ほんの数秒後、全員の視線が僕に向いた。
「何を言っておるのじゃ? ベッドの上にはお主の妹の新悪魔しか居らんではないか」
「桂木さん。こんな時に冗談を言っている場合ではないでしょう」
「そうよ! まさかエルシィが女神だとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだよ。
エルシィこそが、女神ミネルヴァだ」