もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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02 姉妹の関係

 センサーが鳴り響く音を聞いた時、桂馬くんがエルシィさんを野放しにしたくない理由を理解できた気がした。

 エルシィさんが妙な行動をとる度にセンサーが鳴るとか、下手するとノイローゼになるんじゃないだろうか? 桂馬くんにそんな様子は無いから今は大丈夫みたいだけど。

 

 ひとまず一時撤退する。姉妹の再会に割って入る気は無いし、エルシィさんとも今後の相談をしたいから。

 

「ごめんねちひろさん、ちょっとエルシィさん借りてくね」

「うん。どうぞどうぞ」

「私はちひろさんの物だったんでしょうか……?」

「ちひろさんが部長みたいなものだからあながち間違いでも無いような……まあいいや」

 

 エルシィさんを物陰に引っ張り込んで小声で会話をする。

 

(まず今回の攻略対象、師匠のお姉さんの……檜さんだっけ? あの人のパラメータを透かせる?)

(バッチリ取れてますよ!

 春日(かすが)(ひのき)さん20歳。

 身長173cm、体重58kg、血液型O型、誕生日は8月5日。

 以上です!)

 

 名前以外の細かいパラメータを気にするのは桂馬くんだけなので私に言われてもしょうがないんだけどな……

 それは後で桂馬くんにも伝えてもらうとして、次だ。

 

(エルシィさん、羽衣さんの透明化を私にかけてくれる?

 あと、桂馬くんを連れてきてほしいの)

(りょーかいです! 少々お待ちください!)

 

 羽衣さんの一部がが体に纏わりつく。これで透明化したかな? 私にはわからないけど。

 

(どう? これで大丈夫?)

(はい! バッチリです! 防音結界もお付けしましょうか?)

(…………一応付けてもらおうかな)

 

 防音しちゃうといざという時に声をかける事ができなくなるけど、あの師匠が相手だと近付き過ぎると呼吸音だけで察知されそうだ。

 本当にいざという時は羽衣さんを剥がせば防音結界も消えるはずだし、付けてもらおう。

 

(……はい! これで完璧です)

(分かった。じゃあ行ってくるね)

(あれ? 姫様お返事は……?)

「……ちゃんと機能してるみたいだね」

 

 それじゃ、師匠たちの様子を見に行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が切り上げた事で師匠も帰宅するらしく、檜さんが運転する車に乗せてもらって帰るようだ。

 幸いな事にオープンカーだったので、飛行魔法を使って上から直接後部座席に乗り込むことができた。

 もしオープンカーじゃなかったら……最悪の場合、車の上に乗る羽目になってたかもしれない。

 

 

「姉上、今まで一体どこに居たのですか?」

「ん~、ちょっとアメリカの方にね」

「外国にまで行っていたのですか……色々と大変だったでしょうに」

「まぁそうね。でも、この私にかかればラクショーよ!」

「流石は姉上ですね」

 

 檜さんが家を飛び出したのって確か中学卒業と同時だったはず。

 親の保護も受けられないような状態でまさか外国に行ってるなんて……ほんと凄い人だ。

 

「アメリカではどんな事をやっていたのですか?」

「イロイロよ。デザイナーやったり女優やったりね。

 どれもこれも簡単過ぎて張り合いが無いわ」

「そうですか……武道の方は、もう止めてしまったのでしょうか?」

「そうねぇ。たま~に不届き者を始末するくらいで、暑苦しい修行とかは全然よ」

「姉上らしいです。しかし、少々残念ですね。あの姉上が修行を続けていたらどれくらい強くなっていたのかと思うと」

 

 そっか。昔は檜さんも武道家だったんだよね。

 当時は師匠より強かったのかな? ……中1と中3を比べたらそりゃ中3の方が強いか。

 高校生や大学生くらいならまだしも、その年齢で2歳差は結構大きそうだ。

 

「あら? 別に弱くなったとは一言も言ってないわよ?

 そういうあんたはどうなの? 少しは強くなった?」

「そうですね……もしかしたら、今なら私が勝ってしまうかもしれませんね」

「お~、言うようになったじゃないの。道場に戻ったら組手でもやってみる?」

「……では、胸をお借りさせて頂きます」

「フッ、教えてあげるわ。姉より優れた妹など存在しないという事を!」

 

 師匠とお姉さんの組手かぁ。

 ……お姉さんの発言が盛大なフラグにしか聞こえなかったのは何故だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、檜さんが車を止めた。

 近くに道場らしき建物は無いけど……どういう事だろう?

 そんな私の疑問は檜さんが解消してくれた。

 

「まったく古臭い道場よね。駐車場の一つや二つ作っておきなさいって話よ」

「そもそも山の中にありますからね。道を作るだけでもかなり大がかりな工事になってしまうでしょう」

「ん~、今度門下生総出で斧持って木を切り倒したら? 良い修行にもなって一石二鳥なんじゃない?」

「素人が下手に手を出すと怪我をしたり土砂崩れなどの災害を招きそうですが……確かに良い修行にはなるかもしれませんね。後で検討してみましょう」

「頼むわよ~」

 

 どうやらここでも道場に近い駐車場を選んだようだ。

 少し歩くことになるけど仕方ない。付いていこう。

 

 

 

 

 

 

 石段を上る事数分、道場の門が見えてきた。

 流石は春日流羅新活殺術の道場、何か凄そうだ。

 門を開けると門下生らしき人達が並んで出迎えてくれた。

 

「「「「「お帰りなさいませ! 楠様! 檜様!」」」」」

「うん、ただいま~」

「ご苦労」

 

 檜さんは5年前に家出したって話だけど、門下生の人たちには受け入れられてるみたいだ。

 家出の原因については本人からは勿論、師匠からも聞いてないけど……古くからの伝統を守ってるようなかたっ苦しい道場(と言うか流派)から逃げる為だったんじゃないだろうか? これまで見てきた本人の言動から考えると大体合ってると思う。

 それなのに門下生からは自然に受け入れられてるって事は、伝統にこだわっていたのはごく一部の門下生、あるいは当時のご当主だけだったのだろうか?

 今は師匠が当主なわけだけど、当時のご当主(ほぼ間違いなく師匠の父親)は今どうしてるんだろう? 先代当主って結構な影響力がありそうだけど……

 そんな疑問に答えてくれたのはまたしても檜さんだった。

 

「いや~、あのくそじじいが居ないと快適ね~」

「姉上、父上の事をそんな風に言うのは……」

「くそじじいで通じるアンタも大概だからね?

 確か今はどっかの町でご隠居生活してるんだって?」

「そのようですね。たまに道場に顔を出しますが、あの脚では石段を上るのも辛いようです」

「あのヒゲオヤジがねぇ……ざまぁないわね」

「姉上! そんな言い方は……」

 

 師匠が苦言を呈するけど、檜さんは態度を改める気は無さそうだ。

 うん、確定だ。父親でもある先代当主と檜さんは相当仲が悪かったようだ。

 もしかすると、父親が隠居したから道場に戻ってきたとか? 可能性はあるかも。

 

 

 師匠が門下生の皆に一通り指示を出した後、例のイベントが始まった。

 車の中でも言っていた姉妹での組手だ。

 

「楠様と檜様の組手……どっちが勝つんだ?」

「いやー、流石に楠様だろう。檜様は5年も外国行ってて他の仕事してたって言うし」

「いやいや、あの檜様だぞ? 中学生だったにも関わらず先代当主から一本取った檜様だぞ? 勝負は分からんよ」

 

 門下生の皆さんも盛り上がっているようだ。

 あの師匠が簡単に負けるとは思えないけど……あの師匠のお姉さんが相手だからなあ……

 

「姉上……予備の道着くらい置いてありますよ? 着替えたらいかがですか?」

「いーのよ。このくらいハンデよハンデ」

 

 檜さんの服装は私の衣装とかと比べたら動きやすそうな服ではあるけど、とても組手をする格好には見えない。

 下はスカートに上は胸元がはだけたファスナー付きの服。単純に激しく動くだけでも放送事故になりかねないし、ファスナー等の金具は怪我に繋がるだろう。

 え? いつもアイドルの衣装で組手してる私はどうなのかって? 流石に金具が付いてるような衣装は避けてるよ。

 まさかとは思うけど……負けたときの言い訳を作ってるんじゃないだろうか? そういう性格ではないから、無意識にやってしまっているのかもしれない。

 ……流石に邪推し過ぎかな?

 

 

 組手の開始に、審判の合図は要らなかった。お互いの動くタイミングが分かっていたのか、殆ど同時に動き出した。

 

「うわっ、速っ!」

「いつもの稽古と全然違うな……組手って言うより決闘じゃねこれ?」

 

 うーん、一応2人の大まかな動きは目で追えるけど、細かい動作に関してはサッパリ分からない。

 師匠、私との組手の時はあれでも手加減してくれてたんだね……

 

「お~、少しはやるようになったじゃないの」

「…………」

 

 檜さんはペースを崩さず余裕しゃくしゃくといった様子だ。

 それに対して師匠はなにやら怪訝そうな表情をしている。

 ……パッと見だと檜さんが優勢って事なんだろうね。

 けど、違う。檜さんは少々無理をして余裕そうに振る舞っているのに対して師匠は考え事までする余裕があるって事だ。

 師匠の5年間の修行は姉の才能を上回ったって事だね。うん、良い話だ。

 

「……あれ?」

 

 今、檜さんの身体から黒い霧みたいなものが出てきたような……

 駆け魂の影響? と言うより、駆け魂の妖気が漏れているのかもしれない。

 ……この攻略、あんまりのんびりしてる時間は無さそうだ。







 木の伐採……かのんちゃんが居ればラクショーですね!

 先代当主が今何をやっているのか、原作では全く描写されていないという。
 檜編ですら出てこなかったので道場に居るって事も無さそうです。
 仕方ないから「膝に矢を受けてしまったので武道から退いて普通の町に隠居している」としておきます。
 死別した案も考えましたが、ただでさえ暗めの檜編がより暗くなるので止めておきました。





 今回の話を書く時に檜さんの海外進出という偉業について改めて調査してみましたが、未成年者がパスポートを作成するには法定代理人の同意が必要っぽいです。(不要なケースもあるけど、里親に育てられてたり児童福祉施設で育った場合のものなので檜さんにはまず無理)
 法定代理人とは『父または母』『養親(養子縁組してる場合のみ)』『父または母が指名した親権者』『未成年後見人』といった感じ。
 原作で道場に入り浸っていた様子を見ると実親と縁を切って誰かと養子縁組していたとも思えないし、未成年後見人を用意するのも相当難しそう。
 ……まさか、密入国でもしたのだろうか?
 可能性があるとすれば母親ですかね。全く描写されていない彼女が檜さんに対して理解があったとすればパスポートの発行は何とかなりそう。大事な娘を一人で外国に送るってのはそれはそれで考えにくいですけどね。国内でも普通に働けるでしょうから。
 ……あれ? 母親っていましたよね? 死別してるとか、離婚して出ていったとかの描写は多分無かったですよね?

 更に考えにくい他の可能性としては、今年度の8月頃までは日本で活動しており、20歳になった時にパスポートを発行して渡米、そしてわずか2~3ヵ月で道場まで戻ってきた。
 ……無いですね。

 あり得ない可能性としては、20歳未満であっても結婚している場合は成年と見なされるようなので檜さんが16歳以上になってから誰かと結婚すればパスポートの発行は可能。
 結婚後すぐに離婚して、原作の時点では完全に縁を切っていたとするなら一応矛盾はしませんが……まぁあり得ないでしょうね。
 (そもそも離婚してもちゃんとパスポートが効果を発揮し続けるのかも怪しいですし)

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