プロローグ
何故、この世にはテストというものがあるのでしょうか……?
あんなもの、存在しない方がみんな幸せになれる気がします!
「どう思いますかちひろさん!!」
「う~む、普段なら同意する所なんだが……私までそっち側に回ったら本気でエリーがヤバい事になりそう。
そういうわけなんでこう言わせてもらおう、エリー、ちゃんと勉強しろ!」
「そ、そんな! ヒドい!! 信じていたのに!!」
裏切られました! ちひろさんに裏切られました!!
ちひろさんだったら、私と一緒にテストに反逆してくれると思っていたのに!!
大体、赤点でもいいじゃないですか! 何で補習や追試なんてものがあるんですか!!
「何か凄い事考えてそうだな……
まあ落ち着け。一切勉強しないってのはさすがにナシだけど、少し息抜きするくらいなら大丈夫っしょ。
今日はバンドの方も休みだし、ちょっと遊ぼうぜ」
「あれ? 今日はお休みでしたっけ?」
「言ってなかったっけ? 今日は陸上部の方で何かあるらしいよ。
歩美も京も来れなくて、3人だけでやるのも微妙なんで今日は休み」
「そうだったんですか! う~、何しよう……」
「そこでだ、私に良い考えがある!」
おお! 何かカッコいい台詞です! どんな名案があるんでしょうか!!
期待の眼差しを向ける私に対してちひろさんは小声でこんな事を囁きました。
「ふっふっふっ、私の情報網によれば……何と今日、かのんちゃんが学校に来るのだ!!」
「へぇ~、そうなんですか」
「……あれ? 思ったより反応薄いな。アイドルだよ? うちのクラスの」
「はい。勿論分かってますよ」
姫様がアイドルなのは分かってますけど……結構学校に来てるはずです。
そこまで驚くほどの事ではないですね。
「思ってた反応とちょっと違うけど……まあいいや。
かのんちゃんが放課後に女子空手部の部室に来るらしいんだよ。何かの訓練の為に」
「楠さんとの訓練ですね。今日だったんですね~」
「あ、あれ? エリーの方が詳しい……? い、いや、きっと気のせいだ。
そういう事だから、ちょっと見学と言うか、様子見に行ったら何か面白い事があるかな~と。
「そ~ですね~。それじゃあ行ってみましょうか!」
こんな感じで、今日の私の放課後の予定が決まりました!
で!
「よーしエリー行くぞー!」
「おー!!」
いよいよ楠さんの道場に突撃です! 実は一回も行った事無いんですよね。
姫様の勇姿を見られたのは体育祭の時だけなので楽しみです!
「ところで、道場ってどこですかぁ?」
「道場って言うか学校の武道館な。
場所は私が知ってるからついてきて」
「は~い!」
ちひろさんの後を付いていくこと数分、無事にその武道館に辿り着きました!
「お、そこの窓開いてる。こっから覗けそうだね」
「えっ? 普通に入っていくんじゃダメなんですか?」
「ここの部長さんは厳しいらしくってね。流石に堂々と居座るのは無理っぽいのさ」
「……ちひろさん、窓が開いてなかったらどうするつもりだったんですか?」
「そんときはドアをちょこっとだけ開けるとかかな。どの場合でも正面から乗り込む気は全く無いよ。
入部希望者と勘違いされても困るし」
「それくらいだったら別に構わないのでは……?」
「……エリー、知ってるか?
前回の体育祭の後で女子空手部の部員数は一気に膨れ上がったんだよ」
「そりゃあ増えるでしょうね」
あれだけのパフォーマンスを、しかも姫様が行ったんです。凄い宣伝効果があったに違いありません!!
「でな、更にその数日後に再び部員数が0になったんだよ。
ああいや、部長さんが居るから1か」
「ほぇ? どうしてですか?」
「……それだけ活動内容が厳しかったって事だよ」
「ほぇ~…………」
「入部希望と間違えられるだけでも、とんでもない目に遭いかねない。
だから、こっそりと覗き見るだけな」
「ちひろさんもしっかり考えてたんですね……分かりました。そっと覗き見しましょう!!」
そういうわけで、窓から覗いてみます!
中には2人分の人影……構えを取って向かい合っている姫様と部長さんの姿がありました。
「うわぁ……何かスゴい。気迫みたいなのがビンビン伝わってくる」
「そうですね。体育祭の時も凄かったけど、それとは段違いです。
これが部長さんと姫さ……かのんちゃんの本気なんですかね」
お互いに隙を伺っているのでしょうか? ずっと睨み合ったままです。
そんな時間がしばらく流れていき、ずっとこのままなんじゃないかと思ったその時、姫様が動きました。
いつの間にか手に持っていたスタンガンを勢いよく突き出します。
部長さんはそれを難なく躱し、突き出された腕を取って間接を極めようとします。
しかし、ただでやられる姫様ではありませんでした。もう片方の手にいつの間にかスタンロッドを握っており、部長さんの首筋に突きつけていました。
部長さんはいつでも姫様の腕を折れる状態、姫様はいつでも気絶させられる状態。これってどちらの勝ちなんでしょうか?
そんな私の疑問は姫様が答えてくれました。
「……引き分け、ですか」
「そのようだな。やはり厄介だな。その類の装備は」
「使ってる立場から言わせてもらうとそれなりに不便な所もあるんですけどね。
こんな密着状態だと私も感電するから相打ちになりますし」
「格上相手にそこまで持っていけるなら十分過ぎるだろう。お前、暗殺者か何かにでもなれるんじゃないか?」
「またまた~。私なんてスタンガンが無ければただのか弱いアイドルですよ?
そんなの無理ですよ~」
「いや、むしろアイドルだからこそ向いている気がするのだが……」
とりあえず……引き分けだったみたいですね。
実戦だったら両方とも感電して気絶するから……という意味でしょうか?
「……かのんちゃん、ナニモンなんだ?」
「さ、さぁ……? ただのアイドルでない事だけは確かですね」
最近姫様がどんどん人外じみてきている気がしてましたが……こんな特訓やってたらそりゃそうなりますよね。
私だったら1分も経たないうちに音を上げそうです。
「部員が一気に消えたのも納得だねこりゃ」
「そうですね……」
頑なに自分の実力を認めようとしないかのんちゃん。
アイドルだもんね♪ 強いわけがないもん♪
何で道場内の会話が聞こえるのに覗いてる2人の会話が聞こえてないのかとか突っ込んではいけない。
きっとアレです! エルシィが結界を張ってるんでしょう!
あと、本当に今更なのですが……
原作での女子空手部は『第一道場』と書かれた部室で活動しているようです。しかし本文中ではちひろがわざわざ『道場ではなく武道館』と訂正してます。
これは紛れもなく筆者のミスであり、楠編で部室を適当なイメージで描写してしまったための食い違いです。
わざわざ遡って修正するのも面倒なので開き直って本作の女子空手部は小さめの体育館みたいな別館で活動しているという設定にさせてもらいます。申し訳ありませんでした。
筆者の記憶が正しければ本作でエルシィが姫様を『かのんちゃん』と呼ぶのは本話が初です。
エルシィだったらうっかり『姫様』って呼びそうな気はしますが……原作でもかのんと入れ替わってた時に空気を読んで神様の事をしっかりと『桂馬くん』と呼んでいたのでちゃんとやってくれるでしょう。
……しっかし、あの台詞は何故アニメ版ではカットされていたし。かなエルシィによる『桂馬くん』呼びを聞いてみたかったのに!
エル「何するつもりですか? 桂馬くん!!」
桂馬「その呼び方やめろ!!」