よく分からないが今回の攻略対象に部室の中へと案内された。
中は……酷い有様だな。床にはよく分からん工具類が散らばっており、謎のゴミ袋が散乱している。
部屋の片隅には何故か人間の全身の骨格模型がある。いや、生物部の部室なんだから工具よりもある意味自然なんだが……この部屋だと浮いて見える。
エルシィが見たら嬉々として掃除を始めそうだな。
「さて、さっさと始めるとしよう」
「いや、ちょっと待ってくれ」
何をするのかといった事が全く説明されていない。
それに、それ以前に、会話を始める前に知っておきたい情報があった。
「お前の名前は何だ? あと身長体重血液型と誕生日も」
「にーさま!? それ直接訊くんですか!?」
だってしょうがないだろう。折角のイベントなんだから明日仕切り直すってわけにもいかない。
情報を知っておかないと攻略に差し支えるし、知ってそうなのは本人しか居ない。
「……それは何か関係があるのか?」
「大いに関係があるね」
「……良かろう。あ~……
「倉川灯……ね。で、身長体重その他は?」
「そんなものに興味は無いのでな。忘れた」
「……まあいいだろう。
それじゃあ始めようか。僕達は一体何をすれば良いんだ? 人間作りに協力しろとか言っていたが……」
灯は先ほど自走するダンボール箱の『人間』と呼んでいた。
と言うことは、ソレに関する事だろう。
「その通り。こやつを舞校祭までに『完全な人間』にするのじゃ」
「完全な人間?」
「そうじゃ。完全な人間。正しい行いをし、強い精神を持ち、不安も無ければ争う事もしない。そんな人間じゃ」
「ああ、完全ってそういう意味か……」
ただのガラクタを人間のレベルまで持っていくだけでは飽き足らずそこまで目指しているのか。
うーむ……色々と言いたい事はある。この程度のガラクタしか作れない技術力で人間と呼べる域まで持っていくのは現実的に不可能とかな。
ただ、そんな分かりきった事を突っ込んでも印象を悪くするだけだろう。好きと嫌いは変換可能だから多少嫌われるくらいなら全く問題ないが、この手のキャラの場合は嫌われるのではなく切り捨てられる。真っ当な批判ならともかく揚げ足取りはNGだ。
というわけで、真っ当な批判をさせてもらおうか。
「言わせてもらおう。そんなものは不可能だ」
「何じゃと? どういう意味じゃ?」
「貴様は先ほど『完全な人間』と言ったな。
『完全な』ではなく『完璧な』だったり『理想の』だったりするが、そういったものを追い求める話はゲームではありふれている。
そして、本当にそれが成功したという話は僕も聞いたことが無い」
正確には、成功例は一応ある。
例えば我がメインヒロインことよっきゅん。彼女は理想のヒロインだ。
彼女はあらゆる面で完璧……訂正、絵以外はあらゆる面で完璧なヒロインだ。
……が、残念ながらその事に目を瞑ったとしても彼女は完全とは言えない。その理由は……ひとまず置いておこう。
その僕の意見に対して、灯はこう反論した。
「それはお前が聞いたことが無いだけではないのか? それに、ゲームに無いからといって現実に無いとは限らぬ」
「確かにな。
だが……それでも言えるさ。完全な人間を作る事など不可能だと」
「……そこまで言うからには根拠があるのじゃろう? 続けよ」
「実に、簡単なロジックだよ。
完全でない人間には『完全』というものを真の意味で理解する事なんてできない。
そんな状態で『完全な人間』を作るなんて不可能だ。何を作れば良いのかすら理解できていないのだから」
これは、厳密には『完全な人間は絶対に作れない』という理論ではない。明確な目的に進むことができないという話であって、何も考えずに突き進んでいたら偶然完成する可能性も限りなく低いがゼロではないからだ。
だが、『完全』を定義できていない以上はその偶然の産物を『完全な人間』だと判断するのは不可能。結局どう転んでも『完全』を得る事は不可能だ。
「……なるほど、確かに。しかし、その理論だと『完全』さえ定義する事ができれば可能という事になるぞ。
それだけであれば何も自分自身が完全である必要は無いはずじゃ。それすらも不可能と申すのか?」
そんな問いに対する答えもすぐに用意できる。
できるが……このまま進めて良いのか?
何だかトントン拍子に重要なイベントを進めている気がするんだが……単に僕が答えるだけで終わったらイベントの効果は激減する。
……少し遠回りするとしようか。印象が強いほど、イベントは強力になるのだから。
「ではここにいる全員で考えてみようか。『完全』とは何なのかを。
答えが得られればそれでよし。得られないなら……更に考えようじゃないか」
こういうものは自分で考えてこそ価値がある。
悩むがいいさ。考える事を止めるな。その先にこそ、求めるものがある。
リミュエルさんだったら自分の偽名なんて完全に忘れててもおかしくないけど、何とか覚えてたという事にしておきます。