もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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02 武道とスタンガン

   ……放課後……

 

「えっと……ここかな」

 

 ファンの人達を何とか撒いて女子空手部の部室……と言うか武道館までやってきた。

 今回は前以上に苦労したなぁ……ファンの質が上がってるのかもしれない。悪い意味で。

 

「失礼します……」

 

 ゆっくりと扉を開けると1人分の人影が見えた。

 長身で、黒のロングヘアの女性だ。事前知識が無かったら先生と勘違いしていたかもしれない。

 どうやら瓦割をやろうとしているらしい。10枚くらい積み重ねられた瓦の前で深呼吸をしている。

 息を大きく吸って、少しだけ吐いたその直後……

 

「フッ!!」

 

 短い掛け声とともにガシャンという大きな音が響き、瓦が……割れてなかった。

 割れてなかったけど……拳で撃ち抜かれた瓦に丸い穴が開いていた。

 ……お、おかしいな。瓦ってそんな風に壊れるようにできてないはずなんですけど?

 

「ふぅ……ん? 誰だお前は」

 

 春日さんがこちらに気付いたようだ。よし、気持ちを切り替えてお仕事を始めよう。

 岡田さんはダメ元とは言っていたけど上手く行くに越したことは無い。

 

「初めまして、中川かのんと申します。

 あなたが春日楠さんでしょうか?」

「ん? ああ、そうだ。私に何か用か?」

「はい。今、お時間はございますか?」

「そうだな……休憩には少し早いが、まあ良いだろう。話を聞こう」

「ありがとうございます。では……」

 

 

 その後、数分かけて事情を説明した。

 春日さんは私の話をしっかりと聞いてくれた。

 私がアイドルだと名乗ったとき、少し妙な反応をした気がするけど……何だったんだろう? まあいいか。

 

 

「そういうわけなのですが……どうかご指導頂けないでしょうか?」

「……なるほど、事情は分かった。

 確かに、強くなりたいのであれば私のもとへと訪ねてきたのは正解だ。

 だが、身を守れれば良いという程度の中途半端な心構えの者に指導をするつもりは無い」

「やはりそうでしたか……お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

 

 個人的には身を守る程度の武力に留めるっていうのもアリだと思うんだけどね。棗ちゃんも言ってたようにあからさまな武装をしてたら他の人を怖がらせちゃうし。

 ただ、これはどっちが正しいとかいう話じゃない。説得しようとするのは流石に失礼だね。諦めて帰ろうか。

 そう思って帰ろうとした時、春日さんから呼び止められた。

 

「……待て、お前は先ほど春日流を選んだ理由に『武器の取扱いも学べるから』と言っていたな」

「え? はい、そうですけど……」

「見たところ、武器の類は持っていないように見えるが……これから用意するつもりなのか?

 もしそうなら、適当に選ぶのはあまりお勧めはできないぞ」

「えっ、どうしてですか?」

「素人は武器を持つと強くなる等とよく勘違いをする。絶対的な間違いとも言いきれないが、慣れない武器は逆に自分を傷付けてしまう事の方が圧倒的に多い。

 それに、武器を使うと痛みが伝わってこない」

「痛み?」

「ああ。拳で殴るのであれば拳にも痛みが伝わる。しかし、武器を使うとあまり伝わってこない。

 そうなると、段々と『相手を傷つける』という感覚が希薄になっていくものだ。

 あくまで護身に使う程度であれば重篤な症状にはならないだろうが、避けておく方が賢明だ」

 

 なるほど、そんな考え方もあるんだね。流石は武道家だ。

 でも……そうなるとコレの扱いはどうすべきだろうか?

 

「その……私、一応今武器を持ってきてるんですけど……」

「何? そうは見えないがどこにあるんだ?」

「えっと、ここに」

 

 カチャッと2丁のスタンガンを取り出す。

 私がお世話になっているビリビリ社の最新モデル、猫っぽいデザインのスタンガンだ。

 一見スタンガンには見えないので見つかってもファンの皆さんを萎縮させにくいし、不審者に襲われても油断させる事ができる。いや、油断させるよりも威圧した方が良い場合の方が多いと思うけどさ。

 そんな私のスタンガンを見てさっきまで冷静沈着だった春日さんが取り乱した。

 

「なっ!? ななな何だそれは!? と言うか、どこから出した!?」

「スタンガンです。どこから取り出したかは……アイドルのヒミツです♪」

「スタンガン……ああ、なるほど。そういう事か。

 しかし……何だその軟弱なデザインは!!」

「え、軟弱……? 確かに武器には見えないですけど、それが売りの商品ですから」

「売り、だと? その軟弱さが……?」

「え、ええ……はい」

 

 どうしたんだろう春日さん、さっきから軟弱軟弱って繰り返してるけど……

 

「……気が変わった。少しだけ手ほどきしてやろう」

「えっ? 良いんですか?」

「ああ。そういう武器相手の立ち回りも少し研究しておきたいしな」

「そうですか……分かりました。宜しくお願いします!」

 

 こうして、私の訓練は始まった。

 私の放課後の時間帯の予定は一応空けてあったのですぐに始められるが、棗ちゃんの方は1週間くらい埋まってるので不可能だ。そもそも春日さんが棗ちゃんの指導もしてくれるかはわからないケド。

 せっかく空けた時間なのでしばらくは毎日私だけでも訓練を行う。その後の事は……要相談かな。文字通り少しだけしか教えてくれないかもしれないので精一杯頑張ろう。







 『春日さん』って書く時、うっかり何度も『主将』って書きまちがえそうになりましたよ。確かに主将だけどさ。

 主将の話に対して桂馬だったら『武器を装備して攻撃力が上がらないわけが無いだろう!』とか言いそうですね。
 バグゲーだったら攻撃力が上がらないゲームもありそう。
 なお、装備とかで物理回避力を上げても回避率が一切上がらないゲームは実在する模様。しかもマイナーゲーじゃなくて結構有名なゲームで。

 スタンガンの会社に凄く安直な名前を付けてみたり。勿論元ネタはとある第3位。

 春日流羅新活殺術がどういう性格の流派なのかはハッキリとは分かりませんが、現当主のストイックさと、彼女の『春日流はエモノも使える』という証言から『強くなる為の技術なら何だって習得しようとする手段を選ばない流派』みたいな感じかなと。あんまり邪悪な感じにはしたくないので少なくとも現在では心の鍛錬もしっかりと行ってる感じで。
 警備員や警官に就職して重用されているとか、古い時代では暗殺みたいなブラックな仕事も引き受けていた……とかあっても面白いかも。
 なお、かのんちゃんは傷つける感覚の麻痺が割と重篤な症状で現れている模様。

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