もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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04 そして少女は踏み出す

 アポロなんて居なくて全部私の気のせいだった。

 ……なんて事は無く、夏休みが終わる頃になってもずっとアポロは居た。

 なお、最初の方は鏡とかを通さないと話せなかったけど、その頃には心の中だけで会話できるようになってた。

 

『もうすぐ学校が始まるのぅ。ようやく桂木に会えるのぅ』

「……そうだね」

『……? いつもみたいに睨まれるかと思ったのじゃが……』

「そう思うならからかうの止めようよ」

『前向きに善処するのじゃ!

 で、どうしたのじゃ?』

「……私の記憶の事なんだけど、もしかしたら桂馬君が何かしたんじゃないかと思ってさ」

『むぅ? 桂木はただの人間なんじゃろう? そんな事ができるとは到底思えぬのじゃが?』

「そりゃそうだけど……曖昧になった私の記憶は全部桂馬君が関わってる物だよ?」

 

 桂馬君が記憶を奪った犯人だとすると、不用意に話しかけるのは危ない気がしなくもない。けど桂馬君が悪い人とも思えないし、ああでも……

 

『……お主、桂木と話すのが恥ずかしいから妙な理屈をこねくり回しているだけなのではないかや?』

「っっ!? そ、そんな事ないもん!」

『妾の耳には全力で肯定しているように聞こえるのじゃが……まあええわ。お主のペースで話せば良かろう』

「……そうするよ」

 

 でも、実際問題どう話しかければ良いんだろう?

 桂馬君も忘れてるのか、それとも忘れてるフリをしてるだけなのか……

 ……はぁ、分からないことだらけだよ。

 

 

 そんな感じで2学期はスタートした。

 

 

 

 

 

 

 2学期が始まってから数日後、私が一応副部長をやっている軽音部のメンバーから声が掛けられた。

 

「かのんちゃんに会いたいかー!」

「……京さん、何事?」

「何故毎回私が説明を……いや、良いんだけどさ。

 簡潔に言うと……うちの部活の会計が何故かかのんちゃんだった。

 明日会計の仕事をしにうちの部室に来る事になった。

 折角だから麻美さんも誘った。以上」

「えっ? かのんちゃんが会計……? いつの間に?」

「何か桂木と個人的な知り合いらしいよ~。詳しくは知らんけど」

 

 桂馬君、いつの間にかのんちゃんと知り合いになってたの?

 ……そう言えば、郁美によれば例のガッカンランドにはかのんちゃんも来てたんだっけ。私は見てないけど。

 2人が知り合いならかのんちゃんの方も何か関係が……って言うのは流石に考えすぎなのかな。

 ……まあいいか。とりあえず会ってみよう。アイドルと会える数少ない機会だし。

 

 

 

 

 

 というわけで翌日。

 

 ……何故か、かのんちゃんが窓から入って来た。

 

『人間界のあいどるとやらは只者ではないのぅ』

(いや、普通こんなんじゃないから!!)

 

 冷静に考えれば同じ階の別の教室からベランダに出て、そこからこの部屋のベランダまで歩いてきたんだと分かるけどアイドルに突然やられるとインパクトが凄い。

 

『ところで一つ確認しておきたいのじゃが、あのかのんちゃんとかいう者は本当に人間なのかや?』

(えっ? そりゃそうだと思うけど……)

『ふぅむ……しかし、これは……』

(どうかしたの?)

『……あの娘から妙な力を感じるのじゃ。

 冥界の悪魔達が使う魔力と、妾たち天界の女神が使う理力とが混ざり合ったようなそんな気配をのぅ』

(つまり……どういう事?)

『妾にも分からぬ! 片方だけならまだしも両方の気配がするってどういう事じゃ!

 どちらかと言うと理力の方が強い気はするのじゃが、かと言って無視できるほどの魔力ではないわい。

 確実に言えるのは、あやつは只の一般人ではない事だけじゃ』

(じゃあ、もしかして私の記憶喪失にも関わってる……?)

『可能性はあるのぅ……』

 

 ど、どうしよう……ガッカンランドの事を訊き出す気満々だった……って程じゃないけど、普通に話してみる気だったのに……

 どこまでかのんちゃんに話して良いんだろう? もしかすると記憶喪失のフリをしてた方が良いの!?

 あ~、う~ん……でも……

 

 

 ……結局、私が取った行動は何とも中途半端なものだった。

 かのんちゃんに桂馬君の事を質問して、ガッカンランドという具体的な地名をボカして何かあったか知らないかと質問するという。

 もし知っているなら地名をポロッと出してくれる……なんて策謀を巡らせてたわけではないけどさ。

 

『敵なのか味方なのか、ハッキリしてほしいもんじゃな』

(……そうだね)

 

 

 

 

 さて、長かった回想は終わってようやく現在に戻る。

 体育祭の種目決めで、私は桂馬君と同じ二人三脚を選んだ。

 そうすると当然、練習では一緒になる。そして話す時間もできる。

 

「なぁ、一つ訊いてもいいか?」

「いいよ。何?」

「お前、どうして二人三脚を選んだんだ? 特に得意ってわけでもないみたいだが」

「それは……その……」

 

 実の所、選んだ理由の9割は他の競技が大体埋まってたからだったりする。

 

「ん? ああ、すまんすまん。よく考えたら訊くまでも無かったな。

 他の競技大体埋まってたもんな」

「えっ? そ、そうだね……」

「ああ、それじゃあしょうがないよな。他に特に理由も無いよな。

 ……それで良いのか?」

 

 問題は、残りの1割。

 桂馬君に試されている気がした。私がどういう選択をするのかを。

 

『どうするのじゃ? 妾はお主に任せるぞい』

(……正直な所、もう妙な事で悩みたくない。手がかりが足りてない事をぐるぐると考え続けるのは疲れた。

 それに、折角桂馬君から話すきっかけを作ってくれたんだ。話してみる事にするよ)

『うむ! 妾には大した事は出来ぬが、せめて祈っておくとしようぞ』

(……ありがとう、神様)

 

 

「それじゃあ……聞かせて欲しい事があるんだ。

 ガッカンランドでの事を、あの日にあった事を」

 

 その台詞を聞いた桂馬君は、驚いた顔をした。

 そして、満足そうに頷いたのだった。





 上から7行目のアポロの台詞は最初は『前向きに善処する所存じゃ!』だったのですが、何か早口言葉みたいになって音読すると凄く違和感があったので没になりました(笑)

 『魔力』と対を成すであろう女神達の力に名前が無いと不便だったので『理力』という呼称を急遽作ってみました。公式名称って多分ありませんよね? 強いて挙げるなら『女神の力』とか『愛の力』とかですかね。
 この呼称は実は結構迷いました。『天力』とか『法力』とか『天使力』とか『神聖力』とか『神力』とか『聖力』とか……
 今回の話で初めて『悪魔の力』と『女神の力』とを区別する必要がある台詞が出てきた(はず)なので、これに合わせて遡って修正する必要は無い……はず。



  追記

 読者の方にご指摘を受け、原作を読み返してみたら9巻に『霊力』という単語がありました。これが公式名称っぽいですね。

  更に追記

 読者の方に更にご指摘を受け、原作15巻のウルカヌス様の台詞に『理力』という単語が発見されました。どっちが正しいんだろうコレ。
 とりあえずカッコいいので『理力』の方を採用します! お騒がせしました……

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