もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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02 願いは記憶を呼び覚ます

 いつからだろう? 記憶が曖昧になったのは。

 いつからだろう? その記憶が段々と鮮明になっていったのは。

 

 数ヶ月前、私の誕生日が過ぎて少し経った後、何故か心が軽くなっていた。

 何かが、あったんだと思う。けど、その何かがどうしても思い出せなかったんだ。

 

 

 そして、何週間か過ぎた。それでもその時何があったのか、思い出せなかった。

 もう諦めかけていた。思い出せないって事は、やっぱり大した事じゃなかったんだろうって。

 でも、諦めたかけたその時だった。いつもと変わらない教室、いつもと変わらない風景。変わらなかったはずなのに……

 

 心が、ざわめいた。

 

 知っている。私は知っていたはずだ。

 教室の真ん中で、いつもゲームをしている彼の事を。

 何かがあったはずだ。大切な人だったはずだ。

 でも、何で? 分からない、分からない。

 

 

 幸運な事に、彼と話せる機会はすぐにやってきた。

 クラスメイトの女子数人を引き連れてどこかへと向かう彼を見て、気付いたら追いかけていた。

 私らしくもない。けど、そうしなきゃって思ったんだ。

 

 こっそりついていったはずなのにあっさりと見つかった。

 その時に、話す事ができた。

 

『えっと、その……私たち、どこかで会ったことって無いかな?』

『……同じクラスなんだから毎日のように教室で会ってると思うが?』

『そうじゃなくって、お話した事とか、何か助けてくれた事ってなかったかな?』

『日直とかそういう話か? 特に記憶に無いな』

『そうでもなくって……やっぱりいいや。ごめんね』

 

 何かがあったはずなのに、桂木君は何も知らない風だった。

 私の勘違い……だったのかな?

 

 

 解決の糸口は身近な所にあった。私の妹の郁美だ。

 私たち姉妹は仲が良い方だと思ってるけど、四六時中一緒に居るわけじゃない。

 だから、正直そんなに期待していなかった。

 

『ねぇ郁美、今年の6月半ば頃の事なんだけど……』

『え? ガッカンランドの事? どうかしたの?』

『えっ!?』

 

 妹は明らかに何か知ってるようだった。何でもっと早く気付かなかったんだろう? もっと早く気付いていれば……

 って、嘆いててもしょうがない。記憶が曖昧って事は一応伏せておこう。

 

『おねーちゃん? どうかしたの?』

『う、ううん、大丈夫。

 えっと……今度、お友達と一緒にそのガッカンランドに行くんだけど、どんな所だったっけなって思って』

『お~、お姉ちゃんも私以外のちゃんとしたお友達ができたんだね!

 ……何かちょっとさみしーなー』

『ご、ごめん……』

『ううん、冗談冗談。お姉ちゃんが楽しそうにしてる方が100倍嬉しいよ!

 いやー、桂木君には感謝だね』

『えっ? どうして桂木君が……?』

『どうしても何も、一緒に行ったじゃん。ガッカンランドに』

『っっ!?』

 

 確かに、居たんだ。間違いなく、居たんだね。

 でもどうして桂木君は何も言わなかったんだろう……?

 

『だ、大丈夫?』

『……大丈夫。ええっと……

 そうだ、どんなアトラクションが楽しかった? 郁美視点で』

『ん~、そ~だね~……』

 

 その後、郁美から色々と聞き出す事ができた。

 あの日の思い出を、余す所無く語ってくれたのだ。

 

『……って感じだけど、参考になった?』

『……うん、凄く参考になった。ありがとう』

『お安い御用だよ~』

 

 ガッカンランド……か。

 ……行ってみよう。

 

 

 妹から話を聞いた翌日、早速私はガッカンランドに行ってみた。

 夏休み中なせいか、学生っぽい人達で混み合っていた。

 あの時は、ここまで混んでなかった気が……あれ?

 あの時って、いつの事? 思い出せない。

 

 郁美から聞いた施設を回ってみた。水着で入るお化け屋敷、レストラン、カラオケ、ボウリング。

 見覚えがある気がする。気がするけど……思い出せない。

 次は確か……最上階のホールでかのんちゃんのゲリラライブをやってたはず。

 行ってみたけど……さっきまで感じていた既視感すら無い。

 印象に残らないわけが無いのに、やっぱりハッキリとした事は全然思い出せなかった。

 

 

 妹が言っていた場所は全部回ってしまった。

 これからどうしようかと悩みながらとぼとぼと階段を降りる。

 大抵の人はエレベーターを使っているので、わざわざ階段で降りる人は私以外には誰も居なかった。

 

「……あれ?」

 

 どうしてだろう? 既視感を感じた。かつてないほど、強い既視感を。

 振り返って、私が今来た道を、階段の上の方を仰ぎ見る。

 ……間違い無い。私は、ここに居た。

 

『帰るのかい?』

 

 その声は咎めるように……いや、違う。彼はただ純粋に質問しただけだった。

 

『ったく、バカだな。君が何か失言したらひとりぼっちになると、本気でそう思っているのか?』

 

 ……そうだね。あの頃は本気でそう思っていたよ。

 

『何故なら君には妹が居る』

『君は一人じゃない』

『勿論、僕も居るよ』

 

 どうして忘れてしまっていたんだろう。あんなにも暖かく、心強い言葉を。

 

『ありのままの君を受け入れよう。

 決して、君を見捨てたりはしない。

 さぁ、見せてごらん、君の本当の姿を』

 

 全部、全部思い出せたよ。桂馬君。

 

 

 そして、その時だった。

 階段の踊り場に設置されていた大きな鏡が、光に包まれた。







 回想は1話で片付けるつもりでしたが、かなり長くなったので後編……じゃなくて中編に続きます。
 郁美さんが回想の台詞だけだけど再登場させられました!

 何で階段の踊り場に鏡があるんだろうとか突っ込んではいけない。
 きっとアレです。ガッカンランドの奇策です! ほら、お手洗いに行かなくても髪を整えられるようにっていう。

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