いつからだろう? 記憶が曖昧になったのは。
いつからだろう? その記憶が段々と鮮明になっていったのは。
数ヶ月前、私の誕生日が過ぎて少し経った後、何故か心が軽くなっていた。
何かが、あったんだと思う。けど、その何かがどうしても思い出せなかったんだ。
そして、何週間か過ぎた。それでもその時何があったのか、思い出せなかった。
もう諦めかけていた。思い出せないって事は、やっぱり大した事じゃなかったんだろうって。
でも、諦めたかけたその時だった。いつもと変わらない教室、いつもと変わらない風景。変わらなかったはずなのに……
心が、ざわめいた。
知っている。私は知っていたはずだ。
教室の真ん中で、いつもゲームをしている彼の事を。
何かがあったはずだ。大切な人だったはずだ。
でも、何で? 分からない、分からない。
幸運な事に、彼と話せる機会はすぐにやってきた。
クラスメイトの女子数人を引き連れてどこかへと向かう彼を見て、気付いたら追いかけていた。
私らしくもない。けど、そうしなきゃって思ったんだ。
こっそりついていったはずなのにあっさりと見つかった。
その時に、話す事ができた。
『えっと、その……私たち、どこかで会ったことって無いかな?』
『……同じクラスなんだから毎日のように教室で会ってると思うが?』
『そうじゃなくって、お話した事とか、何か助けてくれた事ってなかったかな?』
『日直とかそういう話か? 特に記憶に無いな』
『そうでもなくって……やっぱりいいや。ごめんね』
何かがあったはずなのに、桂木君は何も知らない風だった。
私の勘違い……だったのかな?
解決の糸口は身近な所にあった。私の妹の郁美だ。
私たち姉妹は仲が良い方だと思ってるけど、四六時中一緒に居るわけじゃない。
だから、正直そんなに期待していなかった。
『ねぇ郁美、今年の6月半ば頃の事なんだけど……』
『え? ガッカンランドの事? どうかしたの?』
『えっ!?』
妹は明らかに何か知ってるようだった。何でもっと早く気付かなかったんだろう? もっと早く気付いていれば……
って、嘆いててもしょうがない。記憶が曖昧って事は一応伏せておこう。
『おねーちゃん? どうかしたの?』
『う、ううん、大丈夫。
えっと……今度、お友達と一緒にそのガッカンランドに行くんだけど、どんな所だったっけなって思って』
『お~、お姉ちゃんも私以外のちゃんとしたお友達ができたんだね!
……何かちょっとさみしーなー』
『ご、ごめん……』
『ううん、冗談冗談。お姉ちゃんが楽しそうにしてる方が100倍嬉しいよ!
いやー、桂木君には感謝だね』
『えっ? どうして桂木君が……?』
『どうしても何も、一緒に行ったじゃん。ガッカンランドに』
『っっ!?』
確かに、居たんだ。間違いなく、居たんだね。
でもどうして桂木君は何も言わなかったんだろう……?
『だ、大丈夫?』
『……大丈夫。ええっと……
そうだ、どんなアトラクションが楽しかった? 郁美視点で』
『ん~、そ~だね~……』
その後、郁美から色々と聞き出す事ができた。
あの日の思い出を、余す所無く語ってくれたのだ。
『……って感じだけど、参考になった?』
『……うん、凄く参考になった。ありがとう』
『お安い御用だよ~』
ガッカンランド……か。
……行ってみよう。
妹から話を聞いた翌日、早速私はガッカンランドに行ってみた。
夏休み中なせいか、学生っぽい人達で混み合っていた。
あの時は、ここまで混んでなかった気が……あれ?
あの時って、いつの事? 思い出せない。
郁美から聞いた施設を回ってみた。水着で入るお化け屋敷、レストラン、カラオケ、ボウリング。
見覚えがある気がする。気がするけど……思い出せない。
次は確か……最上階のホールでかのんちゃんのゲリラライブをやってたはず。
行ってみたけど……さっきまで感じていた既視感すら無い。
印象に残らないわけが無いのに、やっぱりハッキリとした事は全然思い出せなかった。
妹が言っていた場所は全部回ってしまった。
これからどうしようかと悩みながらとぼとぼと階段を降りる。
大抵の人はエレベーターを使っているので、わざわざ階段で降りる人は私以外には誰も居なかった。
「……あれ?」
どうしてだろう? 既視感を感じた。かつてないほど、強い既視感を。
振り返って、私が今来た道を、階段の上の方を仰ぎ見る。
……間違い無い。私は、ここに居た。
『帰るのかい?』
その声は咎めるように……いや、違う。彼はただ純粋に質問しただけだった。
『ったく、バカだな。君が何か失言したらひとりぼっちになると、本気でそう思っているのか?』
……そうだね。あの頃は本気でそう思っていたよ。
『何故なら君には妹が居る』
『君は一人じゃない』
『勿論、僕も居るよ』
どうして忘れてしまっていたんだろう。あんなにも暖かく、心強い言葉を。
『ありのままの君を受け入れよう。
決して、君を見捨てたりはしない。
さぁ、見せてごらん、君の本当の姿を』
全部、全部思い出せたよ。桂馬君。
そして、その時だった。
階段の踊り場に設置されていた大きな鏡が、光に包まれた。
回想は1話で片付けるつもりでしたが、かなり長くなったので後編……じゃなくて中編に続きます。
郁美さんが回想の台詞だけだけど再登場させられました!
何で階段の踊り場に鏡があるんだろうとか突っ込んではいけない。
きっとアレです。ガッカンランドの奇策です! ほら、お手洗いに行かなくても髪を整えられるようにっていう。