桂馬君がさり気なく、しかし分かりやすくお手洗い休憩を促してくれたのでそれに甘えさせてもらった。
今日は朝から色々とあったけど、ようやく1人になった。
別に桂馬君と一緒に居るのが嫌ってわけじゃない。むしろ幸せ過ぎて心臓が止まっちゃわないか不安になるくらいだけど……
「ディアナ、ちょっといいかな」
今だけは、ちょっと1人で……ううん、ディアナと2人で話す必要があった。
『どうしましたか? 何か問題でも?』
「う~ん、問題と言うか何というか……
あのねディアナ、ちょっとの間で良いから私が何をしていたかディアナが分からないようにする事ってできる?」
『分からないようにですか? 少々手間はかかりますが不可能ではないでしょう。
しかし、一体何をするつもりなのですか?』
「……ちょっとね」
ディアナとは10年間も一緒に居る。だから、記憶が筒抜けな事とか、感情の大まかな方向は読み取れても思考までは読めていないとか、そういう事は自然に知る事ができている。
だから、今私が考えている事はディアナには伝わっていないはずだ。伝わってたらこんなに大人しくしてないだろうし。
『……分かりました。
ただ、私にできるのはしばらくの間眠っている事と、その時の記憶を意識して見ないようにする事だけです。
何かの拍子にうっかり覗いてしまう可能性もありますし、緊急事態であれば見る必要があるかもしれません。それでも良いですか?』
「それが精一杯なら。良いよ」
『では……しばらく眠ります。万が一何かあったら私を強く呼んでください。いいですね?』
「うん。
……ありがとう」
返事は返ってこなかった。
それじゃあ……行こうか。
さっきの場所に戻ると桂馬君は既に戻っていて、ベンチに腰かけてPFPをいじっていた。
私はその隣の、少し離れた所に腰かける。
「ただいま」
「おう、お帰り。少し休んだら出発するか」
普通のデートだったらこういう時、お互いに雑談して楽しむんだろうけど、会話なんてしなくても私は隣に居るだけで十分過ぎるくらい幸せだし、桂馬君も幸せそうにゲームしてる。
お互いに幸せなんだからそのままでも良いという気持ちもある。
けど、気になった事があるんだ。
ディアナにも時間を貰ったんだから、今、ここで訊いておかないと。
「……あのさ、桂馬君」
「どうした?」
「間違ってたら申し訳ないんだけど……
……桂馬君は、女の子とここにデートしに来た事があるよね?」
返事は、無かった。無かったけど、今日はずっと止まってなかった桂馬君の手の動きが止まった。それで十分だ。
「デート、だけじゃないよね? 多分だけど……キス、くらいはしたんじゃないかな?」
そこまで私が言うと、桂馬君はPFPを完全にしまいこんでこちらに向き直った。
「……何故、そう思った?」
「一つ一つ、順番に話させてもらうよ。
まず、桂馬君はここに来た事があるのはすぐに分かった。受付でのチケットのやりとりとか、アトラクションの選択とか、その他諸々の動き澱みの無さと言うか……慣れてる感じがしたから」
「なるほど。続けて」
「うん。来た事があるのは分かった。けど、それと同時に何でだろうって思ったんだ。
こういう言い方もどうかと思うけど、桂馬君が1人でこんな所に来るとも思えないし」
「ふむ、実に真っ当な意見だな。
確かに、わざわざこんな場所に来るヒマがあるなら積みゲーの消化を進める」
「つみ……? まあいいや。
1人で来るのが有り得ないなら、誰かと一緒に来たって事になるよね。
一番真っ先に思いつくのは家族だけど……家族の誰かが誘っても桂馬君が付いていくとも思えないし、もし付いていっても入り口のベンチでずっとゲームしてそうだなって。
だけどその場合、最初に言った『桂馬君はここに慣れている』っていうのと矛盾しちゃうよね」
「…………」
「だから、『桂馬君はここを回る必要があった』って事になる。ほぼ間違いなく、『誰かと一緒に』。
でも、その回る理由って何だろうって考えたんだ。
そしたら思い出したよ。『駆け魂の攻略』の事」
「……そこまで思い至れるということは……」
「勿論、駆け魂攻略における一番の方法も覚えてるよ。
桂馬君は、この場で誰かと『恋愛』をしたんだよね?」
そう考えれば、辻褄が合うんだ。
桂馬君がここに慣れていた理由に、そして、時々懐かしそうな顔をしていた理由に。
「……1つ、訊かせてくれ」
「うん」
「……ディアナは今どうしてるんだ?」
「そこなの!? た、確かに大事だけど……
ディアナは今は眠ってもらってるよ。今のやりとりの記憶もなるべく覗かないようにしてくれたし」
「手回しが良いな。グッジョブだ」
「って事は……そういう事なんだね」
「ああ、その通りだ。
僕は駆け魂攻略の要となる手段として『恋愛』を使っている」
推理から辿り着いていた事ではあった。
けど、本人の口からハッキリと言われると……少し、ショックだ。
注
前にも書きましたが天理の勉強の評価値は最大値の『5』です。
桂馬、栞、リューネといった化け物連中と同格の能力を持つ人外です。
え? リューネさんだけ化け物の方向性が違う? ナンノコトカナー。
ちなみに、二階堂先生と長瀬先生も5です。これを見た時最初は『あの脳筋たちが? 何か教師補正でもかかってるんじゃね?』とか失礼な事を思いましたが、よく考えてみると二階堂先生の本体は結構な策士だし、長瀬先生もクラスの生徒たち1人1人の名前や特徴をしっかり把握して管理するほどの能力を持っていたので結構正しい評価なのかも。
あと、ハクアも評価値5だけど、『5』の人外感が薄れるので最後にチョロッと出してみたり。
ついでに、最後以外は魔界での成績トップだったはずのフィオーレは何故か4。何かヤバい方法で強引に学力を上げていたのかもしれませんね。