もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

210 / 343
07 最後の繋がり

  ……翌日 昼休み……

 

 エルシィの携帯経由で結を屋上に呼び出して情報収集を行う。

 

「屋上で食事というのもなかなかに乙なものですね。

 桂木さんはいつもここなのですか?」

「ああ、雨の日とか以外はな」

 

 いつも人が居ない屋上はセンサー対策にうってつけ……なんて事は結に説明する必要は無いな。言っても理解されないだろうし。

 

「なるほど……あら? お食事はどうなさるのですか?

 お弁当の類を持っているようには見えないのですが……」

「ああ、それなら……」

「神に~さま~~!!」

 

 僕が返事をしようとした所でかのんが屋上の扉を開けて勢いよく飛び込んできた。

 顔には満面の笑顔をたたえ、そして両手には多数のオムそばパンが握られている。1人で食べるには少々多すぎる量を。

 

「……ご覧の通りだ」

「なるほど……しかし、実の妹をこき使うというのは感心しませんよ?」

「僕の分も買ってくるとか叫びながら止める暇すらなく突っ走って行ったんだよ……」

「……それなら仕方ないですね」

「あれれ~、どうしたんですかお2人とも。早く食べましょ~!」

 

 時々目の前の人物が本当にかのんなのか疑いたくなる時があるが間違いなくかのんである。

 僕に錯覚魔法は効いていない……はずだからな。

 

「じゃ、もらうぞ。どれが僕の分だ?」

「はい! こっちが私で、こっちが神様。そしてこっちは結さんの分です!!」

「えっ? 私は既に用意できているのですが……」

「こんなに美味しい食べ物を広めないなんて食に対する冒涜です!!

 さぁ結さん! 一度食べてみてください!!」

「い、いえ、ですが……」

「やれやれ……結、悪いが食べてやってくれ。金は僕から払っておく」

「そういう問題でもないのですが……仕方ありませんね」

 

 かのんからオムそばパンを受け取った結は丁寧な動作でラップを剥がし、そのまま口へと運んだ。

 

「っっ!? こ、これは……!」

「どーですか、結さん!!」

「……素晴らしいです。所詮は100円で売られているのでコンビニのパンとそうそう変わらないと勝手に決めつけていました。

 しかしっ! 卵と焼きそばに絡みつきパンに浸透するこのソース! これはそこらの市販品とは一線を画するものです!

 私は……私は今までなんと勿体ない事をしてきていたのでしょうか!!」

「分かってくれましたか、結さん。今度から一緒にオムそばパンを食べましょう!!」

 

「……何だコレ?」

 

 

  ……閑話休題……

 

 

「で、青山美生の件だが、とりあえず昨日話してきたぞ」

「会話できたのですか!? 私では無理だったのに……」

「試してはいたのか」

「はい。富豪のフリはやめた方が良いと忠告させて頂いたのですが、怒り出してしまって聞き入れてもらえませんでした」

 

 そう言えば、美生も結の名前を聞いて『また』とか言ってたな。

 昨日の会話で『忠告なんてするつもりはない』と早めに言ったのは正解だったな。下手すると結の二の舞になる所だった。

 

「いくつか情報を仕入れてきたぞ。

 例えば……そうだ、昨日言ってた謎の使用人の正体はやっぱり運転手の森田だったようだぞ」

「そうでしたか。協力者は森田さんだけでしたか?」

「僕が確認した限りでは、そうだな」

「ふむ……と言うことは、彼さえ協力するのを止めて下されば美生さんは無茶な事は止めるでしょうか?」

「それは絶対に無い。何故ならその森田さえ美生を見限ったからだ」

「えっ? そうなのですか? と言うか、支える人が居ないなら彼女はどうやって学校に来たのですか!?」

「ちゃんと来てたのか? ならしっかりと徒歩で来てくれたんだな」

 

 徒歩で移動する以外に手段は無かったはずだ。昨日はそれっぽい建前を与えておいたが、それでも少々不安だったので登校が確認できたのはありがたい。

 ……ちゃんと徒歩だったんだよな? 後で確認しておこう。

 

「……ん? お前は何で青山が登校してた事をしっかりと把握してるんだ?

 休み時間に青山の教室まで行ったのか?」

「え? 何を仰っているのですか?

 私と美生さんは同じクラスですよ?」

「……何だと!? 1つ下じゃなかったのか!?」

「身長のせいで誤解され勝ちですが……彼女は2年生です」

 

 全く気付かなかったな……

 まぁ構わん。はなっから(元)金持ち相手に後輩ルートで挑むような無謀な事をするつもりは無かったから問題ない。身分的には明らかに格上の連中に上から目線の立場で接するような愚かな事はな。

 

「話を戻すぞ。あいつは徒歩で登校してきたが、そう仕向けたのは僕だ」

「……一体どうやって彼女を説得したのですか?」

「説得なんて大した事はやっちゃいないさ。

 ほんの少し誘導してやっただけだ。『社長令嬢として、庶民の生活を体験させる』みたいな口実を用意して」

「なるほど……あくまでも『社長令嬢』である事は気にはなりますが、大きな一歩ですね」

「あいつはその点に対してかなりのこだわりを持ってるみたいだからな。

 ああそうだ、お前に訊いておきたい事もそれだ。

 何故、青山は社長令嬢である事にこだわるんだ?」

 

 僕の質問に対して結はしばらく考え込む素振りをする。

 少しして、結の口から回答ではなく質問が出てきた。

 

「逆にお聞かせ下さい。あの子がこだわっているのは『社長令嬢』という身分なのですか? お金などではなく?」

「断定はできない。が、僕の印象では身分にこだわっているようだったな」

「そうですか。

 仮にそれが正しいなら簡単な構図でしょう。美生さんが大事にしているのはそれ単体ではなく『社長』と『社長令嬢』でしょう」

「社長……と言うと青山の父親か」

「その通りです。とても仲睦まじい父娘でしたから。

 家や会社も失った彼女にとって自分の身分は父親との最後の絆なのでしょう」

「父親……か。なるほどな」

 

 周りの環境が少々ややこしくなってはいるが、問題の本質はシンプルだな。

 『亡き人への依存』それが本質だ。

 心を占めていた大事な人との別れが心のスキマを作り出した。

 死者は生き返らない。なら、代わりの誰かでそのスキマを埋めるしかないんだな。







 オムそばパンって何だろう?(哲学)

 今回は羽衣さんが居ないのでパラメータ収集ができません。
 なので、攻略対象の学年を間違えるという描写を入れてみたり。
 ちなみに、美生さんの身長は149cmです。中3のみなみさんの身長(151cm)よりも小さかったりします。
 たった2cmの差なので美生の履いてる上げ底の靴があれば美生の方が背が高く見えるでしょうけど……そんなもん桂馬ならとっくに見破ってますね。

 ファンブックによれば美生も結も同じ2-Aだったりします。
 原作9巻で美生と結(正確には結と入れ替わった桂馬)があたかも凄く久しぶりに会ったかのように会話しますが、実際にはほぼ毎日教室で顔を合わせていたはず。
 母親の言いなりであった結は美生と会話できなかった可能性は十分ありますが……流石にお互いの視界にすら入ってなかったというのは有り得ないでしょう。地味な矛盾ですね。
 一応、美生編終了後に高校を中退したのであれば説明はつきます。勿論、そんな事は周りの人間が全力で止めるでしょうし、彼女の性格を考えても有り得ないですが……彼女が学校に居る描写は美生編後日談しかないのでギリギリ矛盾しません。詭弁って言うか暴論ですけどね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。