お祝いの言葉を下さった方、ありがとうございました。
結さんが持ってきた沢山の書類に判子を押しながら雑談を続ける。
今日、私がここに来た理由は実は3つある。
まず1つ目、今やってる通りに会計として判子を押す為。当たり前過ぎて説明するまでもなかったね。
次に2つ目、凄く個人的な理由だけど、こうやって軽音部の皆と話してみたかったから。
エルシィさんに変装した状態でなら何回も話したことはあるけど、私自身として話してみたかった。同じ『音楽』を頑張ってる相手として。
そして最後。『女神を探すため』
正直に言って、私たちは地獄も天界もそこまで信用していない。
地獄は詐欺紛いの契約書を送りつけてくるような方々の集まりだ。駆け魂は放置しておいたら主に人間界に大きな影響を与えるのでそこに住む人間に狩らせるという理論は一応間違ってはいないのかもしれない。でも、やり方が悪辣過ぎるだろう。
尤も、その問題のあるやり方のおかげで桂馬くんみたいな超人を働かせられたのだからやはり必要な事ではあったんだろうな。やっぱり悪辣だけど。
一方、天界については情報がほぼ全く無い。ハクアさんのおかげで実在が確認できたっていうのが唯一の確定情報だ。それ以外にも信憑性が高そうな情報はあるけど、情報源がディアナさん1人だからねぇ。ディアナさんが嘘を吐いているようにも見えないけど、主に300年も前の情報だから現在の情勢とはかなりのズレがあってもおかしくない。
もう一つ重要な事がある。それは『旧地獄の封印が解けてから10年間、何もしていない』という事だ。ハクアさんが知らなかっただけかもしれないけど、仮にもハクアさんは駆け魂隊の地区長だ。特に権力は無いけど地区長だ。天界の住人が駆け魂の件で動いているなら知らされてないわけが無いだろう。
それに、封印が解けたという事はディアナさん達『ユピテルの姉妹』が解き放たれたという事でもある。普通は保護しようと動くと思う。そんな気配が無いのは最初から保護する気などないのだろうか? あるいは……封印が解けた事に気付いてないとか、救出の準備ができてないとか? 10年も経ってそれでは無能も良い所だ。別の意味で信用できない。
って言うか、下手すると封印かけた当時から異常はあったんじゃないだろうか? 当時の事なんて分からないけどさ。
そういうわけで桂馬くんの方針は『女神と名乗る存在に接触できたらディアナさんに教える』である。中立と言うか現状維持というか、そんな感じだ。女神っぽい人を偶然見つけてもその人から名乗り出ない限りはディアナさんに知らせるつもりも無い。
だけど私は思うんだ。女神を探しておく事くらいはやってみても良いんじゃないかって。
この先私たちが地獄や天界にどのような形で関わってくるかは分からない。決断を迫られた時に情報は多ければ多いほど良いはずだ。
幸いな事に、この軽音部には関係者が集まってる。
高原歩美さん、五位堂結さん、小阪ちひろさん。そして、何故か居る吉野麻美さん。そう言えば副部長だったね、麻美さん。
桂馬くんによれば、と言うよりディアナさんによれば女神の宿主は記憶操作を免れる……可能性があるらしい。
私としても他人事じゃなくなるよ。はぁ……調査めんどい。
……私自身の事はさておき、攻略対象の情報をまとめてみよう。
歩美さんは最初の攻略対象だったね。何だか懐かしいな。
攻略の決め手は桂馬くんのキスだった。その事を覚えて居ればクロ、そうでないならシロだろう。
結さんか。初めて私主導で行った攻略だった。あの頃に比べたら私も強くなれたのだろうか?
攻略の決め手……よりも入れ替わり生活を覚えているかを判定すべきだと思う。あんな異常体験は真っ先に記憶操作されてるだろうからね。
ちひろさんは……元から桂馬くんが好きだったっていうかなり変り種な攻略対象だった。そのせいで色々と空回りしてたね。
決め手はちひろさんからの告白かな? それよりも恋愛感情の自覚があるかないかを判定すべきかもしれない。
麻美さんは女子が好き……なんて事は無かったね。凄く安心した記憶があるよ。妹の郁美さんは元気にしてるのかな?
決め手は歩美さんと同じくキス。その1点を覚えているか否かで判断できるけど、口を割らせるのは凄く大変そうだ。
こんな感じかな。で、この中で一番判定が簡単なのは誰だろうか?
言うまでもなく、結さんである。
歩美さんと麻美さんは口を割らせるのが大変、ちひろさんはシロかクロかで表現できない感情を判定しなきゃならない。それに対して結さんは一定期間の記憶で判定すれば良いだけだ。
あの時は非常に苦しい思いもしたけど、今回は駆け魂に感謝しても良いかもしれない。
「……ってわけで、私が皆を集めてバンドを作ったの」
「お~、何だか物語の主人公みたいだね」
「いや、かのんちゃんの方がよっぽど主人公、と言うかヒロインしてると思うけど?」
「アハハ、かもね。バンドを作ったきっかけとかあるの?」
「きっかけって言うか……何かこう、桂木を見返してやりたい! って思ってさ。
結局その桂木に色々と頼っちゃってるけどね」
「ふ~ん……」
うぅ、やっぱり判定しにくい。『ある程度は残ってる』のは間違い無いんだけど、それが記憶操作が完全ではないというだけなのか、女神が居てある程度影響を打ち消したのかは謎だ。
……とりあえずグレー判定しておこう。シロ寄りの。
「で、どこまで話したっけ。あ、そうそう。私がバンドを立ち上げた所だったね。
今は5人居るけど、最初は4人だったんだよ」
「4人……麻美さんは違うみたいだから、2-Bの4人かな?」
「お~、良く分かったね。私と歩美、エリーと京。この4人だったんだ」
これは……チャンスかな? 結さんを探る流れに誘導できそう。
「って事は結さんは途中参加なんだね」
「はい、その通りです。ドラマーを探していらっしゃるとの事で声をかけて頂きました」
「ドラムには自信があったの?」
「はい、以前は吹奏楽部で打楽器を担当していたので」
「なるほどね。元吹奏楽部だったんだ。
……答えたくなかったら構わないんだけどさ、どうして吹奏楽部を辞めちゃったの?」
「あ、その……色々とありまして、できれば訊かないで下さい」
「……うん、家族の事情とかそんな感じかな? じゃあこの話は置いといて別の……」
「えっ、ちょっと待ってください? まさか母を知っているのですか!?」
……ちょっと食いついてくれたら良いなぁくらいの感じでギリギリ失礼にならないくらいに親の事に触れてみたつもりだけど、予想以上に食いついてくれたね。
これはクロだからの反応なのか、別に理由があるのか……
「え、結? 前の部活を辞めた理由ってお母さんにあるの?」
「え、ええ……そうですね……分かりました。今後皆さんと関わらないとも限りませんので話しておきましょう。
確かに、私の母にも原因がありました。一番悪いのは私ですけどね」
結さんの話を詳しく語る必要は無いだろう。簡潔に言うと母からの圧力に耐えきれず辞めさせられたという話だ。
「……とまぁ、そんな事があったのです。
私が軽音部に入った事はまだ母には伝えていませんが、もし知られてしまったら何かいちょっかいを出してくるかもしれません」
「今時そんな母親が居るのかぁ……結の家ってすげぇな……」
「もしもあの時、母に反抗する勇気があったなら私は今でも吹奏楽部に居たのかもしれませんね」
「それは困るよ。結が居なかったら色々と大変だもん」
「ふふっ、そうですね。そういう意味では母に感謝しても良いかもしれませんね。
……ところで中川さん。どうして母の事を知っていたのですか?」
「どうしてって、そりゃあ……うーんと……」
この反応はシロっぽい? 私の事を完全に覚えていないならシロ認定できるけど……
少なくとも『現時点でハッキリした記憶は持っていない』事は確定で良いと思う。問題は記憶が戻りかけなのか消し残しなのかって話で。
戻りかけなのだとしたら強否定の言葉は止めておいた方が良さそう。多分、彼女自身も身に覚えの無い記憶に混乱してるだろうから。
かと言ってこんな所で正直に話す訳にもいかないからね。
……だったら、こんな感じでどうだろうか?
「えっと……何か結さん本人から聞いたことがあるような気がするんだよね」
「えっ? わ、私からですか? 私と貴女は今日が初対面だと思うのですが……」
「う~ん……何かの台本で似たような話を見ただけかもしれない。妙な事言ってゴメンね」
「そうですか……分かりました」
相手が記憶に自信が無いならこっちも記憶に自信が無いという体でいってみよう。
今すぐに完全に暴く事は不可能だけど、こうしておけば記憶が戻った時に向こうから接触してくれるハズだ。
この様子ならシロだと思うけどね。
「母の事が普段学校に来ない方にまで知れ渡っているのかと思いましたが、どうやら杞憂だったようですね」
「少なくとも私たちは知らんかったから安心しろ結」
「そのようですね。安心です」
ああ、だから驚いてたのね。自分の母親の悪評が広まってると思ったらそりゃ心配にもなるか。
……さて、結さんを一応調べ終えた所で次行ってみよう。
桂馬くんをネタに話せば、女神が居るなら反応は劇的だろうから。
誰か話を振ってくれないかな? 誰も言わないようなら何とかしよう。
原作でも結局天界勢力はユピテルの姉妹の6名以外出てこなかったんですよね。
旧地獄が掲げていた『三界制覇』は天界を廃するっていう計画だったんであそこまで危機的状況に陥って動かないわけが無いと思うんですけどねぇ……