もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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04 対面計画

「事情は概ね把握できましたが、これからどうしましょうか」

「え? どうって?」

「現役アイドルの方が名目上は我々の部活の会計である事が判明しました。

 よってその方から印鑑を押してもらわなければなりませんが、そう軽々と呼び出せるのでしょうか?」

「むぐっ、確かに厳しいかも……」

 

 かのんの連絡先を知っている生徒なんてまず居ないだろうからな。呼び出すのも一苦労だろう。

 もちろん、事務所にファンレターを送ったり公式ファンサイトにメールを送る事は可能だろうが、検閲が入るだろうから多数の人間に内容を見られてしまうしメッセージが届くにも時間がかかる。学校の用事をこれで伝えるのは最終手段だろう。

 それに、少し楽器の調子が悪いくらいでわざわざ僕の家に押しかけるとも思えないから楽器が壊れたんだろうな。時間はかけたくないだろう。

 

「念のため訊いておくが、会計の判子は絶対に必要なんだな? 部長や副部長ではダメなんだな?」

「場合によっては副部長でも何とかなるかもしれませんが……この部活は少々強引に申請を通したのですよね? 睨まねかねないことは避けたいです」

 

 少々って言うかかなり強引だったがな。

 じゃあやっぱり会計を呼ぶしかないのか。

 

「仕方あるまい。僕からなるべく早めに学校に来るように頼んでおく」

「えっ、かのんちゃんの連絡先分かるの!?」

「連絡が取れないとあいつの不定期な空き時間に合わせて勉強を教える事なんざ不可能だからな。

 そうだな……『軽音部の会計として判子が必要だ。なるべく早く部室に顔を出してくれ』

 これでいいな。送信」

「そんな雑なメールで良いの?」

「相手は忙しいアイドルだぞ? 用件だけ簡潔にまとめた方が助かるに決まってる」

「う、う~ん……一理ある……のかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

プルルルル プルルルル

 

「あ、メールだ。ちょっと失礼します」

 

 桂馬くんからのメールだ。また駆け魂でも現れたんだろうか?

 ……どうやら違うみたいだ。

 軽音部か。そう言えば私って会計だったね。

 うーん……とりあえず返信はしないでおいて今夜直接桂馬くんと話してみよう。その方が状況も良く分かるし。

 

「中川かのん。何か心なしか嬉しそうね」

「え? そうかな?」

「まさかとは思うけど男じゃないでしょうね?」

「ん~、男子っちゃ男子だけど、恋人とかそういうんじゃないからね」

「それなら良いけど、アイドルは恋愛禁止なのよ。そうですよね? 岡田さん」

 

「…………顔良し歌良し性格良しで将棋も指せて第六感まで冴え渡っていて彼氏が居るアイドル……

 ……イケる?」

「「イケませんから!!!」」

 

 私と棗ちゃんのセリフが綺麗にハモった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、返信は来ないか。やはり忙しいようだな」

 

 仮に見れていたとしてもちひろ達が僕の目の前に居る可能性を考えてすぐには返信してこなかった可能性も有り得るかもな。

 まあ、どっちだっていいさ。

 

「予定が分かったらなるべく早く連絡させてもらおう」

「そうしてくれると助かるよ。楽器が無くっちゃ話にならないからね」

「これで僕の仕事は終わりだな。んじゃ、ゲームの続きをやるんで」

「うん、今日はありがとね。じゃあまた明日学校で!」

「ああ。じゃあな」

 

 やれやれ、完全に幽霊部員として居るだけのつもりだったのにこんな事に巻き込まれるとはな。

 この借りはいつか利子付きで請求してやろう。

 

 

 

 

 

 

   ……その夜……

 

「ただいま、桂馬くん。メール見たよ」

「そうか。じゃあこれも聞いてくれ」

 

 さきほどの軽音部とのやりとりを記録したボイレコを渡す。これが一番手っ取り早いだろう。

 待つ間はのんびりとゲームさせてもらう。

 

 

 少し待つとかのんがボイレコのスイッチを切って返してきた。1.5倍速ほどで聞き終えたようだ。

 

「なるほどね。これは私自身が出向かなきゃならない案件だね」

「そう言ってくれて安心したよ」

 

 必要なのは判子を押す事だけなので『書類を預かっておいて押しておく』『判子だけ借りる』といった対処も不可能ではない。

 しかし、仮に前者を選んだ場合は『かのんが家に来た』又は『僕がかのんと会ってきた』という事になってしまう。家に来るってのは論外として、会いに行ってきたというのもできれば避けたい。気軽に会いにいけるような関係だと思われると面倒だからな。必要な時に呼び出されるくらいならギリギリセーフ、いや、これでもアウト臭いが。

 後者の場合でも、判子を借りられるだけの関係だと思われて面倒だ。実印ではないしかのんの身分証も持っていないのでできる事はある程度限られるだろうが……やはり判子を託すのは相当な信頼が無いと無理だろう。

 

 ただ、あくまで『ごまかしが面倒』なだけだ。どうしてもかのんが直接出向くのが不可能という事であれば自力でごまかすしかなかっただろう。

 

「明日……は無理だから明後日くらいかな。何とか学校に行けるようにしておくよ」

「そりゃ良かった。早速あいつらに伝えよう。

 集合時刻はどうする?」

「決まったらまた連絡するよ」

「りょーかい」

 

 『中川の件だが、明後日に何とか都合を付けるそうだ。

  集合時刻はまだ不明だ。決まり次第伝える。

  書類と朱肉を準備して万全の状態で迎えてやれ』

 ……こんな感じか。送信っと。

 

「うーん、エルシィさんとして一緒に練習した事ならあるけど、『中川かのん』として軽音部の皆と会うのは初めてだね。

 サインとか用意したら喜ぶかな?」

「ちひろとかは喜びそうではあるが、そんな勝手にバラ撒いても大丈夫な物なのか?」

「す、少しくらいなら多分……」

「まあ好きにしたらいいさ。後で怒られても知らんけど」

「うぅぅ、明日岡田さんに訊いてみるよ」







 原作で友達が居な……少ないかのんちゃんが個人的にサインを求められる事ってあったんでしょうかね? もし求められた場合の正しい対応ってどんな感じなんでしょうかね?
 え? 原作でエルシィがねだってる? アレは神様に無視された直後でかのんちゃんが正気を失ってたので、アレを正しい反応のサンプルとするのはちょっと……

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