もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 対談

「……予想外の方向に話が進んでいるな」

「だね……」

 

 みなみが軽音部まで来たという日の夜、僕達はいつものように作戦会議をしていた。

 たった2日で軽音部の連中と接触しているとはな。

 予想以上の行動力だ。単に暇なのか、それとも駆け魂の影響なのか……

 

「経緯はともあれ私が指定する日にみなみさんと話せるわけだけど、どうしようか」

「その時にお前の手で一気に決着をつける……なんてのは流石に無理だよな」

「流石に無理だと思うけど……一応狙っておく?」

「……僕とエルシィも近くで待機しておくか」

 

 恋愛ルートで駆け魂攻略するなら、流石にまだ無理だ。イベントが足りなすぎる。

 だが、それ以外のルートがあるなら……行けるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 で、数日後……

 

 近所の喫茶店で、私はみなみさんと対面していた。

 緊張しているのか、落ち着かない様子でメニューを見ている。

 こういう時は軽い話題から始めて緊張をほぐし、期を伺って深い質問を投げかけよう。

 私の役割はトーク番組の司会者みたいなものか。いつもはゲスト側だから少し新鮮な気分だ。

 

「まずは自己紹介からだね。私は西原まろん。美里東高に通ってる高校2年生だよ」

「あ、は、はい。生駒みなみです。舞島の中等部の3年です……」

「アハハ、取って食おうってわけじゃないんだからそんなに緊張しなくてもいいよ」

「は、はいっ! すいません……」

 

 ああ、私にもきっとこんな時期があったんだろうなぁ……あんまり覚えてないけど。

 ここで『謝らなくても良い』とか言うと余計に緊張させてしまいそうだからスルーしておく。

 

「それで、確か桂馬くんについて聞きたかったんだよね?」

「そうです! えっと、従妹……なんですよね?」

「そ。と言っても、会ったのはつい最近なんだけどね」

「というと……?」

「うちの親同士の仲があんまり良くなかったから最近まで交流が無かったの。

 だから、昔の桂馬くんの事に関しては勘弁してね」

 

 予防線を張っておく。

 桂馬くんの過去のエピソードなんて全く分からないからね。

 

「そうなんですか……」

「うん。最近の事なら大体答えられると思うよ。軽音部の人達から既に聞いてるかもしれないけど」

「……それじゃあ質問させて下さい」

「うん」

「桂木先輩が家でも学校でもゲームばっかりしてるっていうのは本当ですか?」

「うん。家ではゲームばっかりしてるし、学校でも多分そうだね。

 ヒドい時には6つのゲームを同時にやったりとかしてるよ」

「6つも!? 一体どうやっているのでありますか!?」

「……私にも、分からない。あのヒトの頭が常軌を逸しているって事しか」

「そ、そうでありますか……」

「並列思考ってやつなのかなぁ……?

 あと、聞いてるかもしれないけど、授業中ゲームばっかりしてるにも関わらずテストの点数はほぼ全部100点なんだよ。

 授業を聞かずにゲームしてるっていうんじゃなくて、聞いた上で、その余力だけでゲームしてるんだろうね。

 ……教師にとってはただ授業を聞いてないよりずっと厄介だけど」

「先輩って本当に人間ですか……?」

「……多分ね」

 

 本人が神って名乗ってるのも頷ける話だ。

 この場で一から説明しようとすると面倒なので言葉にはしないけど。

 

「それで、他に聞きたい事は?」

「えっと……あ、そうだ。先輩って水泳とかやってました?」

「水泳? さっきも言ったようにインドア派のゲーマーだから、せいぜい学校の授業でやったくらいじゃないかな?」

「そうですか……」

「何か気になる事でもあるの?」

「はい、初めて先輩を見たとき、凄い勢いで泳いでいたので……」

「あ~……」

 

 そう言えば、遭遇イベントをそんな演出にしたって言ってたっけ。

 予想以上に印象に残ってるみたいだ。

 もしかして、みなみさんが桂馬くんを探してた理由って……

 ……設定上私が知ってる情報から、その話題を導き出すには……

 

「桂馬くんが泳いでたのを見たって事は、生駒さんは水泳部か何かなの?」

「はい、もう引退しましたけど……」

「引退? 夏休みに大会とか無かったっけ?」

「あ、ありますけど、その……」

「……ごめん、ちょっと訊いちゃいけない事だったかな」

「……いえ、大丈夫です。

 一応大会のメンバーには選ばれてるんですけど、第三補欠なのでほぼ出られません」

「3番目の補欠って事は予備の予備の予備……かな?」

「……はい」

 

 全部知ってる情報だったけどね。何はともあれ誘導成功だ。

 

「もしかしてだけど……桂馬くんを探してた理由って泳ぎを教えてもらいたかったから?」

「あっ、それは……確かにあるかもしれません。

 部活を引退して暇だったからとか、噂が強烈だったから気になったっていうのもありますけど」

 

 本人は自覚してなかった理由……か。

 やっぱり、その辺に心のスキマがあるんだろうな。

 

「……生駒さん、あなたは水泳が好き?」

「えっ? そりゃあ好きですけど……」

「それじゃあ、高等部に入ってからも水泳を続けるの?」

「それは……まだ分かりません」

 

 みなみさんは水泳を3年間続けていた。好きじゃなかったら出来ることじゃないだろう。

 それほど好きな水泳を続けない理由か。きっとそういう事なんだろうね。

 テーブルの下で携帯をそっと開いて桂馬くんにメールを送る。

 

『彼女に正しいエンディングを見せてあげてほしい』と。


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