後輩ルートにおいて、出会いは非常に重要と言える。
相手は『後輩』で、自分は『先輩』なのだ。先輩として格上感や大物感を演出するのがベスト。
尤も、これは規格外な天才型の後輩には通じないが……みなみに関しては問題ないな。
相手の得意分野で、相手よりも遥かに優れた実力を目撃させる。それが僕の演出する出会いだ。
「というわけでエルシィ、僕が指示したら羽衣で僕を引っ張ってくれ」
「そこは自力で泳ぐんじゃないんですね……」
「僕も人並みには泳げるが水泳部相手に張り合うのは不可能だ」
「そうですか……
あれ? でも、あかね丸から落ちた時にノーラさんを凄い勢いで追いかけ回していたような?」
「ノーラの奴が遅かっただけじゃないのか?」
「そうかなぁ……まあいいです。全力で引っ張りますよ!」
……ほどほどに手加減してくれと頼むべきだろうか?
いや、中途半端な事をして失敗したら目も当てられない。何とか耐えようか。
うちの屋内プールは一般開放こそされていないが、学生なら簡単な手続きさえすれば自由に入る事が可能だ。部活動の邪魔にならない範囲でなら自由に泳ぎ回れる。
また、利用可能な時間帯も決められており、それを破る生徒はほぼ居ないようだ。
なので、上手いこと誘導してやればみなみだけに僕の水泳シーンを目撃させる事ができる。
具体的な手順はこうだ。
まず、終了時刻間際に羽衣さんの力でこっそり侵入する。その時にみなみが居る事を確認する。
終了時刻になったらみなみは帰ろうとするので、着替えなどの帰宅準備が終わった後に家の鍵とかをこっそり拝借し、更衣室に置いておく。
これでみなみが忘れ物に気付いたら誰も居ないプールに引き返してくるのでその時に見せつけてやれば良い。
忘れ物に自力で気付いてくれたら楽だが、そう都合良くもいかないのでみなみの近くでエルシィが『鍵を忘れた!』みたいな事を大声で言わせる。そうしておけばみなみも不安に感じて自分の鍵を確認し、気付いてくれるだろう。
それでも気付かなかったら……また後で考えよう。
このイベントはエルシィによる誘導が肝心だが……上手く行ってるんだろうな?
結局、また来てしまったのであります……
これまで3年間、ずっと遊ぶ暇もなく水泳をやってきた。
部活も引退してようやく自由に遊べる。そう思っていたはずなのに、結局私には水泳しかやることが無かった。
選手が発表された時に踏ん切り付けて切り替えたつもりだったんだけど、やっぱりまだ引きずってるのかなぁ……
そんな事を思いながら、今日も暗くなった学校を後にする私なのでした。
でも、今日はそれだけじゃ終わらなかった。今日だけはいつもと違ったのです。
「あっ! 鍵を置いてきちゃいました! 急いで取りに行かないと!!」
私のすぐ側で見慣れない人がそんな事を言いながら走り去っていきました。
どうやら高等部の人だったみたいです。
高等部の人はどうにも苦手です。何だか私とは格が違う手の届かない相手な気がして。そういう私も来年からは高等部に入るはずなのに。
でも、あんなおっちょこちょいな人も居るみたいです。鍵を忘れるなんてそうそう……
「……あ、あれ? 無い?」
確認してみたらいつの間にか鍵が消えていた。失くす機会があるとしたら、泳いだときくらいしか有り得ない。
家には家族が居るから締め出される事は無いけど、放っておくのも不安だ。
……仕方ない。戻ろう。
守衛さんから鍵を借りて誰も居なくなった施設に入ります。
誰も居ない……はずなのですが……
月明かりだけが照らすプールの中に、その人は居たのです。
凄い速さで水をかき分けて泳ぐその姿は私が見たことのないものでした。
端まで泳ぎ終えると水を滴らせながらゆったりした動作でプールから上がり、そこに置いてあった眼鏡を手に取り……
そして、自然な動作で、こちらの方を向きました。
「ん? 君は……どうかしたのかい?」
その言葉が自分に向けられていると気付くまで数秒かかって、
その言葉の意味を飲み込むのに数秒かかって……
「えっ、えっと、その……」
結局、まともな返答は返せなかったのであります。
だって、考えてもみてほしい。誰もいないはずのプールにカッコいい人が泳いでいて突然声を掛けられたのだ。そんな簡単に受け答えなんてできるわけがない。
「……僕はもう上がるけど、用事が済んだら気をつけて帰るといい」
それだけ言って、目の前のその人は去って行ったのでありました……
神様の泳ぎの技術ってどれくらいなんでしょうね?
ゲームしながら泳ぐとか何気に凄いような気がします。速さはともかく。
原作ではみなみはゴーグルを忘れた事に気付いてプールに戻ってきます。
偶然って事は流石に無いと思うので本作でやったみたいにエルシィがかっぱらってきたんですかね?
ただ、ゴーグルだと『明日でいいかな』と思われる危険があったような気が……
来ないみなみをプールサイドでひたすら待つ神様を想像するとかなり虚しいですね。