黒田に連れてこられたのは昨日も来た例の収録現場だ。
アイドルらしい所……と言うより仕事の風景を見せようとするならそりゃそうなるか。
「岡田さん! コイツを見学させてあげてください」
「え? どなた?」
「私のファンです!」
「いや、違うだろ。強いて言うなら巻き込まれた一般人Aだろ」
「巻き込まれたって……棗、あなたねぇ……」
岡田さん……か。そう言えばかのんとの会話の中で何度かその名前が出ていた気がするな。
確か、マネージャーだったか。アイドルと言えばプロデューサーが付き物だが、それではないんだな。
「まあお構い無く。収録の内容は漏らしませんし、隅っこでゲームしてるんで」
「うーん、そう言われてもねぇ……ん、ゲーム?」
岡田さんはそう呟くとかのんの方を見た。
かのんは……知らぬ存ぜぬといった態度で台本を睨みつけているようだ。
「……まあいいわ。それじゃあその辺に座ってて。そろそろ始まるから」
そんな感じで収録は始まった。
混乱を防ぐ為に予め言っておくと、主役の探偵はかのんが演じている。犯人役は成人男性で、名前は分からん。
黒田は探偵の助手役らしい。あれだけ自信満々だったくせに主役ではないんだな。
「この事件の真犯人。
「……フッ、冗談が過ぎるな。探偵のお嬢さん。そんな事を言うからには証拠はあるんだろうね?」
「そうですね……今はありません」
「ハッハッハッハッ! 今時の探偵は証拠も無しに人を殺人犯扱いするのかい?
さ、私はこの事件の事後処理で忙しいんだ。帰らせてもらうよ」
「何をおっしゃっているんですか? 私は
ほら、聞こえるでしょう? 私の優秀な助手の足音が」
ガラッ!
「お待たせしました姉サマ! これが証拠なのデス!!」
「ご苦労様。
ではまず、最初の事件についてです。
この事件は……」
昨日少しセリフを聞いたときに感じた通り、このドラマは本家と分家争いが発端となる血みどろの連続殺人事件だ。
その事件をたまたま慰安旅行にやってきていた探偵である『
……旅行する度に事件に遭遇する探偵ってのも考えてみると不気味だがな。
「これらの証拠は全て貴方を示している!
さぁ、何か反論はありますか!!」
「真実はいつも一つなのデス!!」
「う、ぐ、うぉぉおおおおお!!!!」
「はいカット!! お疲れさん!!」
探偵に追い詰められた犯人が絶叫した所で一旦終了のようだ。
しかし、このドラマ何か違和感があるような……まさか……
「ふっ、どうよ。私のファンになる気になった?」
「凄かったです! 凄かったですよ棗さん!!」
「アンタみたいなチョロそうなのには訊いてないわよ」
「ぐはっ!!」
ほぼ初対面のはずの相手にも見透かされてるな。
「……そんな事より、少し台本を見せてくれないか?」
「そ、そんな事って、アンタねぇ……
って言うか、見せられるわけ無いじゃないの。関係者以外には見せちゃいけないのよ」
「もう関係者みたいなもんだろ」
「まあそうだけど……流石に勝手に見せるわけにはいかないわ。ちょっと聞いてくるわね」
そう言って黒田は岡田さんの所にトテトテと走って行った。
しばらく問答をした後、今度は岡田さんも連れて戻ってきた。
「台本が見たいっていう話だけど、何かあったの?」
「何かあるかもしれないから見せて欲しい。何も無いかもしれないしあったとしても僕の勘違いかもしれませんが」
「……まあいいでしょう。これが台本よ。後でちゃんと返却してちょうだいね」
岡田さんから台本を受け取るとパラパラとめくる。
何の書き込みのされておらず、紙も綺麗なので新品の台本のようだ。
パラパラと、気になる所で止めては内容を覚えて次へと進む。
……やはり、これは……
「……この台本、書き換えられてますよね。そこそこ雑に」
「……へっ?」
「証拠が犯人役を指し示してはいたけど、決定的な証拠は探偵役なら捏造できそうなものしか無かった。アリバイは犯人役は勿論無いが、探偵と助手も何気に存在していない。そしてさっきカットしたのが自白が終わってからではなくこれから自白しそうな場面。
更に言うのであれば主役2名の藍とキリン……『鸞』と『麒麟』。
そして、台本で犯人役が出ている場面でいくつかの違和感を感じた。アリバイを消す方向で修正されてる可能性がある。
……この事件の真犯人は探偵姉妹なのでは?」
「えっ、えっ!?」
「となると……あの中川かのんを犯人役にするわけにはいかない、あるいはドラマ撮影を断られると思ったから急遽変更したのかも。
元々別の目的で使う台本を強引に修正した手抜き作業だった可能性まで有り得るのか」
「ちょ、ちょっと待って! 台本の製作会社に問い合わせてみるわ」
岡田さんは隅っこの方で誰かと電話で話し始めたようだ。
マネージャーも知らなかったのか。てっきり知ってるものだと思ってたが。
そして数分後。
「確認が取れたわ。少し問い詰めたら倉庫で埃を被ってた台本を流用したって白状したわ。
まったく、何が『御社のアイドルに合わせた台本を作成しました』よ! ただの手抜きじゃないの!!」
昔没になった台本を少し手直しして流用するくらいは問題ないと思うが、僕が多数の違和感を感じる程度のクオリティではな。
ゲーム業界でもヒドい会社はあるが、台本の業界でもそういうのがあるんだな。
本当は違和感のある台本も全部細かく作りこみたかったんですが、本当にやろうとするとテキスト量が膨大になる上に神憑った技量を要求されるので断念しました。
いつか気が向いたらちゃんと作りたいですが、多分無理ですね。
あの台本は酷い会社に安い給料でこき使われた若い台本作家が最後に創り上げた作品という裏設定があったり。
その最後の台本すらも会社に搾取されて倉庫に眠ってたけど、巧妙過ぎる伏線を理解できなかった凡愚が手直ししたせいで桂馬が違和感を感じたという。
本文中に書くと色々と面倒なのでこの場で書かせて頂きました。現実にこんな事が……無いと信じたいです。