もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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天理編あふたー
前編


「たのも~!!」

 

 僕が夏休みのゲームライフを満喫していたらできれば聞きたくないような声が聞こえてきた。

 毎週のように聞いているその声、そう、七香である。

 

「お前……今日は日曜じゃないぞ?」

「そんくらい分かっとるわ。

 せやけど、次の日曜はちょっと用事があるんで早めに来させてもらったわ」

「……そうか、そっちも夏休みだったな。

 だが、僕が居なかったらどうするつもりだったんだ?」

「どうせいっつもゲームやっとるだけの桂木が外出するわけないやん」

「…………」

 

 それは正論ではある。

 ただ、何事にも例外というのはあって、2~3日後には父さんの実家に行く事になっていた。

 僕としてはずっと家でゲームしてたいんだが、母さんがうるさいからな。

 

「本当は夏休みの間はずっと通い続けたいんやけど……桂木の都合もあるし流石に無理やろ?」

「週一すら鬱陶しいんだがな。今日もさっさと終わらせるぞ」

 

 

 

 

     で!

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

「…………」

「……ダメや。投了!」

 

 やれやれ、やっと終わったか。今回は少し疲れた気がする。

 

「う~ん、あと1手やったのになぁ」

「ん? そこまでか?」

「え? もしかして気付いとらんかった?

 せやったら……ほい」

 

 投了はしたはずだが、七香は駒を進めてきた。

 少し気になるな。付き合ってやろう。

 

「……こうだな」パチッ

「じゃあこっち」パチッ

「……」パチッ

「……」パチッ

「…………こうだな」パチッ

「ほいっと」パチッ

「………………これか」パチッ

「これや」パチッ

「何だと!? ………………いや、これだ」バチィッ

「ん~……やっぱり投了や。

 ほらな? 1手差やろ?」

「そのよう……だな」

 

 あ、危なかった。応手を少しでもミスしていたら逆に詰まされていた。

 神であるこの僕をここまで追い詰めるとはな……

 

「……お前、強くなってるな」

「トーゼンや! 桂木なんてもう少しで追い抜かしてしまうで!」

 

 マジで追い抜かされる気がしてきた。

 ……少し、鍛えておくか。ギャルゲー攻略に差し障りの無い範囲で。

 

 

「七香さん、お茶入れたけど……もう終わっちゃった?」

「せやな、お茶だけは貰っとくわ。ありがとな、まろん」

 

 気を利かせたかのんがお茶を運んできた。

 なお、他にお茶を持ってきそうな母さんとエルシィは今は買い物中で留守のようだ。

 しっかし、アイドルが人の家でお茶でもてなすってどうなんだ? 我が家に馴染みすぎている気がするが大丈夫なんだろうか?

 

「ぷは~、ごちそうさん。今日もありがとうな。また今度」

「ああ」

 

 認めるのも癪だが、七香はゲームしながらあしらえる程度の存在ではない。ゲームしながら対局なんてしたら普通に負けそうだ。

 でもまあ、これでようやくゲームができそうだ。

 

「……ん?」

 

 PFPに手を伸ばそうとしたら、床に何か落ちているのが見えた。

 落ちていたのは、将棋の駒の一つである桂馬。

 うちに将棋セットは置いておらず常に七香が持ち込んでいるものを使っているのだが……どうやら七香が回収し損ねたらしい。

 

「やれやれ……」

 

 急げば追いつけるか? 追いつけなかったら……後で何とかしよう。

 

 

 

 

 

 

 桂馬くんはいつも対局後はすぐにゲームを始めるので七香さんの見送りとかは一切しない。

 なので、居るときはいつも私がしている。

 

「いや~、いっつも見送ってもろて悪いなまろん」

「別に大丈夫だよ~」

「しっかし、ここって一応桂木の家やったよな? 家主が見送らずに従妹だけが見送るってどうなん?」

「桂馬くんってそういう所が無頓着だから、私が何とかしないとね」

「そのセリフ、何や嫁さんみたいやな」

「よ、嫁って、そんなんじゃないから!!」

「ははっ、んじゃ、またな~」

「もう……」

 

 七香さんがガチャリとドアを開け放つ。

 するとそこに……誰かが居た。

 

「あ……あぅ……」

「? 一体誰や?」

「あ、あの……その……」

 

 だ、誰? 見たことのない女子だ。

 黒髪で三つ編みドーナツで大きなリボンを2つ着けてる女子……

 

「もしかして、鮎川さん?」

「は、はい……」

 

 うちの隣に引っ越してきた鮎川天理さんだね。いや、私のうちじゃないけどさ。

 桂馬くんの幼馴染みで女神の宿主、か。

 

「桂馬くんに何か用事?」

「その……あの……」

 

 どうも口が回る方ではないらしい。特に急いでいるわけでもないのでのんびり付き合ってあげよう。

 そんな事を考えていたら居間の方から桂馬くんがやってきた。

 

「おい榛原、駒忘れてるぞ」

「ん? お、ホンマや。サンキューな」

「ああ。ん?」

 

 桂馬くんが鮎川さんに気付いたようだ。その表情は少しだけ引き攣っているような気がした。

 対して鮎川さんの方は……表情を険しいものに変え、その頭上にはリングが浮かんでいた。

 

「……どういう事ですか、桂木さん」

 

 ……貞節の女神、ディアナさんのお出ましのようです。

 そんな中、「なんや、修羅場か?」と楽しそうにしている七香さんのセリフが凄く印象に残った。







 導入時の七香さんの汎用性がパナイです。
 一応補足しておくと七香さんと天理はこの時点では初対面ですね。まだ夏休みなので。
 その上お互いに私服なので「あ、同じ学校の人なんだ」ともならないですね。

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