「で……お前は何でこんな所に居るんだ? 吉野麻美」
驚いた事に、扉の向こうに居たのは麻美だった。
何なんだオイ、今日は攻略した女子が集まり過ぎなんじゃないか?
「あ、えっと……みんな何してるのかなって思って……」
「……ただの勉強会だが、それがどうかしたか?」
「そう……みたいだね」
一体何をしに来たんだ? まさか僕の後をつけてきたというわけでもあるまいし。
……無いだろうな?
まあいい、ひとまず麻美は放っておいて勉強会をさっさと終わらせよう。
そんな僕の思考を読み取ったわけではないだろうが、麻美がこんな事を言い出した。
「あの、もし迷惑じゃなかったら、その勉強会に参加させてくれないかな?」
これは……どういう意図なんだ?
単純に勉強をしたいだけなのか、それとも何か別の意図でもあるのか。
……分からない。
「……どうする? 小阪」
「えっ、私が決めるの!? まあいいけど……」
「だそうだ。良かったな。適当な席に座ってくれ」
「うん、ありがと」
個別授業は20分ずつでまとめが10分の予定だったが、3人に50分だと15分ずつと5分が目安か。少々厳しいが何とかなるだろう。
いや、その前に麻美の成績はどのくらいだ? 80点以上なら自力でどうにかなるだろうが……
「吉野、お前の前回の英語の試験の点数は?
答えたくないなら80点未満かそうでないかだけ教えてくれ」
「大丈夫。確か……75点くらいだったはずだよ」
意外と高いな。平均値を演じていたならもう少し低くても良さそうなものだが……
いや、あれはあくまで性格や受け答えであって能力ではないか。根っこは真面目な性格だから真面目に授業に取り組んでいたんだろう。
「四捨五入すれば80点か。まあ一応個別授業もやっておくか。
それじゃあ今度こそ始めるぞ。まず高原、お前からだ」
「えっ? 何で私から?」
「お前が一番成績低そうだからな」
「何だとコラー!!」
「文句があるなら前回の試験の点数を申告してくれ」
「あ~えっと……ぜ、前回のテストはたまたま調子が悪くて……」
「点数は?」
「か、桂木! そんな点数が全てみたいな考え方をしてたら性格が歪むよ!!」
「はいはい。時間が勿体ないからさっさと進めるぞ」
「もう! 私の事をバカだとか脳筋だとか思ってるでしょ!
私は本当は勉強できるんだよ! 中学の頃は100点を取った事あるんだから!」
「分かった分かった。まず大問1は英単語の暗記だから飛ばして……」
「信じてないでしょ! ちょっと待ってて、ママに証拠の写メを送ってもらうから!」
「いや、それより勉強を……」
歩美の現在の学力などどうでもいいので無視して進めようとするが何故か歩美が無駄に張り合うので進まない。
僕が制止する暇もなく再び携帯の着信音が鳴り響いた。
「…………ちょっと待ってて! 小学生の頃なら100点取った事が……」
「おい、中学どうした」
その後、小学生頃の100点のテストを見せてようやく満足したらしい歩美と勉強した。
……満点が160点だったのは見なかった事にしよう。歩美も気付いてなかった事を言う必要は無い。
「じゃあ次は小阪、お前だ」
「はーい。この辺とこの辺とこの辺が分かりませーん」
「ほぅ、ちゃんと自習できてたか。感心だな」
「そりゃそうだよ。桂木に直接教えてもらえるのは20分しかないからね」
「ん? 15分だぞ?」
「……あれ? さっき20分って言ってなかったっけ?」
「それは教えるのが2人だけだった場合だ。3人目が来たら1人分の時間は減るさ」
「……確かにそうだね」
「だからお前に入れてもいいのか聞いたつもりだったんだが」
「そんなの気付かないよ!!
あ~……今更言ってもしょうがないか。早く教えて!」
「そうだな。まずここは……」
「よっし! 大体できた!!」
「後は細かい暗記とかだな。経過時間は約10分か」
「何とか制限時間内に終わらせられたってわけだね。
ところで桂木、ちょっと気になった事があるんだけど」
「他に何か分からない所があったか?」
「いや、勉強の事じゃなくてさ」
ちひろは少し顔を寄せて小声で話し始めた。
(あさみんと桂木って知り合いなの?)
(あさみん……吉野の事か。どういう意味だ?)
(だってさ、桂木はフルネームを知ってたじゃん。それに、あさみんってもしかして桂木を追ってきたんじゃないかなって。
だから何かあんのかな~って)
(……僕の知る限りでは特別な事は無いな。
同じクラスだからたまに名前を見かけるくらいか)
(そっか……じゃあいいや。ありがとね)
特別な事、か。
……攻略の記憶はなくなっているはずだ。
だから、僕と彼女との間には何も無い……はずだ。
最後は麻美の個別授業だ。
「どうやら、自力で大体何とかなってるらしいな」
「うん。凄いねこの予想問題。桂木君が書いたの?」
「まあな。大したことじゃない」
「十分大した事だよ。
この予想問題があれば誰でも100点が取れるんじゃない?」
「いや、そうでもないだろう。
答えを丸暗記しようとしてできる奴なら普通に正攻法で解くだろうし、正攻法で全員が解けるなら50点未満の奴は存在してないはずだ。
ある程度楽になる事は確かだが、無条件で100点を取れるような代物ではないな」
「そういうものかな?」
「そういうものだ」
とは言っても、ある程度の下地があればコレを使って100点を取れるような勉強を自力で行えるだろう。
自習に使ったノートを見る限りでは麻美はどうやらそれができる方の人間だったようだ。
どっかのバグ魔にも見習ってほしいもんだ。
「ところでさ……」
「どうした? 何か分からない所でもあったか?」
「あっ、テストの事じゃないんだけど……
えっと、その……私たち、どこかで会ったことって無いかな?」
「……同じクラスなんだから毎日のように教室で会ってると思うが?」
「そうじゃなくって、お話した事とか、何か助けてくれた事ってなかったかな?」
「日直とかそういう話か? 特に記憶に無いな」
「そうでもなくって……やっぱりいいや。ごめんね」
「…………」
しっかりと記憶が残っているのであれば、そんな風に自信無さげには言わないだろう。
しかし、完全に記憶が消し飛んでいるのであればあんな質問はしてこないはずだ。
記憶喪失系のイベントがあっても心の片隅に残っているというのはゲームでも定番だが……どう判断したものか。
確かかのんは『一週間分の記憶が曖昧』と言った上で『僕にお礼を言う』という事を覚えていたな。
……記憶はある程度残るものだ。そう解釈すべきだろうか?
そして15分が経過し、麻美に充てるはずだった時間が終了した。
「よし、あと5分で全体からの質問を受け付ける。
何か分からない所はあったか?」
「はいはーい! 神様! ここの解き方を教えてください!」
「お前は解き方を教えても理解出来んだろ。全力で暗記してろ」
「うぅ~、了解です」
「エルシィ以外で質問のある奴は?
……どうやら居ないようだな。何よりだ」
もう勉強会は切り上げて残った時間をゲーム時間にしてもいいが、1時間協力するという約束で引き受けたんだ。もう少し何かできないか考えてやるか。
ここに居るメンバーはエルシィ以外は100点を取り、エルシィは約50点か。これでもかなりの快挙だが、それでも児玉には通じない可能性もある。
エルシィも羽衣を使ってカンニングすれば余裕で100点は取れるだろうが、カンニングを疑われかねないので避けた方が良いだろう。
善後策が求められるな。一番手っ取り早い方法としては……
「吉野、ちょっとノートとペンを貸してくれ」
「え? うん。いいけど……」
「……よし。返す」
「うん……えっ、う、うん」
……これで行けるだろう。あいつ英語得意だし。
麻美さんは小説版オリジナルキャラクターなのでファンブックにも情報が載っていません。勿論、学力のデータも。
ひとまず筆者の独断で『真面目に授業を受けるからそこそこ良いけど目立たないレベル』としておきました。
ちひろより高く、京より低いので例の7段階評価の4くらいですかね。かのんや七香、月夜とかと同レベルになりますけど。
160点満点のテストは小学校2年の漢字テストをイメージしました。
その学年で覚える常用漢字は160字なので、筆者の小学校では1字1点で160点満点のテストをやらされた記憶がありますよ。
原作ではかのんが入ってきて個別授業の配分が30分×2が20分×3になりますが、結果だけを見れば勉強会に入って来たかのんは割と失礼な気がしないでもないです。
まぁ、かのんを勉強会に誘ったのはエルシィなんですけどね。またお前か。
麻美さんに対するちひろの呼び方なんて原作はもちろん小説版にも全然無いという。
名前呼び捨てにするのは何となく違和感があったので愛称で呼ばせてみました。他のクラスメイト達もそんな感じで呼んでると思います。
麻美さんの心のスキマが完治した後に『愛称で呼ぼう!』みたいなイベントがあったと脳内補完して頂ければ。
最終に、次回はいつもの時間のすぐ後にもう一本投稿します。ご注意下さい。