「許嫁?」
桂馬くんがまたよく分からない事を言い出した。
許嫁って、あの許嫁の事だよね?
「疑問に思っているようだな。
許嫁と言うと婚約者の事なんじゃないか、と」
「うん。どういう事なの?」
「確かに、世間一般で言う許嫁とは婚約者の事だ。
だが、ギャルゲーの世界では『何らかの理由により恋愛を強制された関係全般』の事を言う」
「恋愛を強制? あっ!」
「現在の僕達の状況は『恋愛をしなければ殺される』という状態だ」
確かに、今の状況は要約するとそういう事になる。
にしても凄い状況だなぁ……
「……しかし、このルートは厳密には今回のケースには当てはまらない」
「えっ? どうして?」
「一部の例外を除くが、大抵の許嫁ルート、より正確には『暴力による強制の許嫁ルート』では恋愛関係を
今回の場合は……」
「……本当の恋愛をしなくちゃならない。って事だね」
「察しが良くて助かる」
そうだ、私の中の駆け魂を追い出さなくちゃならないんだ。
上辺だけの恋愛ではダメなんだ。
「まあ安心しろ。違いはその一点のみだ。
故に許嫁ルートの基本戦術はそのまま使える。
このルートの肝は『秘密の共有』と『時間の共有』にある」
「『秘密』と『時間』の共有……なるほど。確かに」
「え? どういう事ですかぁ?」
私は(多分)理解したけど、エルシィさんには分かってないみたいだ。
「ったく、いいか?
お互いが嫌々ながらも恋愛関係に見せかけるんだ。
それは誰にも明かせない秘密であり、お互いに同じ境遇に立たされて同情しあう関係になる。
これは大きな絆となる。
また、人の見ている所では何らかの事情が無い限りは常に一緒に居て恋愛関係をアピールする必要がある。
この時間もまた重要な要素だ」
「はぁ~、なるほど! 分かりました!」
本当に分かったんだろうか?
私が分かってれば大丈夫だとは思うけど少し心配だ。
「そういうわけで、お前には普通の攻略に比べて明かす情報の量が多くなる。
流石に話せない事も出てくる可能性はあるが……そこは我慢してくれ」
「分かった。桂馬くんに任せるよ」
「安心しろ中川。お前の中の駆け魂を……1週間以内に出してやる!」
堂々と言い切った桂馬くんはとても頼もしく見えた。
でも、丸投げじゃいけない。私は私のやるべき事を果たさないと。
「それで、私はどうすれば良いの?」
「そうだな……できるだけ普通の許嫁ルートの状態に近づけたいから、学校でも家でもどこででも付き合ってるフリをしておきたいんだが……」
「何か問題があるの?」
「2つほどな。
まず、お前の意志だ」
「どういう事?」
「僕の指示でお前が嫌々やっても意味が無いって事だ。
そこの悪魔に命令されたとかなら僕とお前は同じ被害者だが、僕の指示でやってもただの加害者と被害者になる」
「でも、恋人のフリをすれば良いだけなんだよね? 私は大丈夫だよ?」
「ホントか? アイドルが誰かと付き合うなんてスキャンダル以外の何物でも無いと思うんだが?」
「私たちの命の方が大事だから、必要なら構わないよ。
それに、もし駆け魂が育っちゃったら……」
そこまで言ってから駆け魂に取り憑かれた人の末路を思い出す。
手が、体が震えそうになるけど何とか押さえつける。
「……スキャンダルがより悪趣味になるだけだな。
分かった。とりあえず選択肢には入れておこう。
もう一つの問題は……お前の中の駆け魂を出した後の事だ」
「後……後かぁ」
確かに、それは問題だ。
「あの~、一体何の……」
「エルシィさん、攻略が終わった後は関わった人はほぼ全員記憶を無くしてるみたいなんだけど、それは地獄が何かしたの?」
「はい! 上の方の人が何かやってくれるらしいです!」
「ずいぶんとザックリした言い方だなオイ」
「そう言われましても、私も詳しい事は知らないので……
あ、でも、最近は節電してるから大規模な改変は厄介だって室長が愚痴ってました!」
「それが分かれば十分だ」
「無理っぽいね……」
高原さんの場合は学校内の話で済んだし興味を持ってた人も限られた人数だったけど、アイドルである私に同じ事をすると日本全国に話が広がってしまう。
そうなると地獄の手間がもの凄く増えるだろう。
手間が増えるだけならまだ良いのだけど、記憶の修正漏れとかがあると今後の攻略に差し支える。
私の中の駆け魂は一刻も早く追い出したいけど、恋愛の演技が必要不可欠ってわけでもないからちょっとやりにくい。
……私、割と落ち着いて考えられてるな。桂馬くんのおかげかな?
「それじゃあ、付き合ってるフリは無しだ。学校でも普通にしてていい。
……って言うか、学校に来れるのか?」
「桂馬くんはどうするべきだと思う? 1週間の半分くらいなら何とかお休みも取れると思うけど……」
「むしろ半分しか取れないのか……」
「ご、ごめん。先週もかなり無理言って時間を作ってたからこれ以上は……」
「攻略云々以前にそれも何とかしたいな。
おいエルシィ、地獄の技術で何とかならんのか」
「いやいや、どうしろって言うんですか!!」
「そうだな……誰かと誰かがぶつかった拍子に魂を入れ替えるとか、何か奇妙なソフトで人を分身させるとか……」
「無茶ですよ!! いくら悪魔でも魂を入れ替えたり人を複製なんてそんな簡単にできませんよ! 人形を作るならともかく!」
人形、人形かぁ……
流石に人形を私の替え玉にするのは無理があるだろう。
地獄の技術なら簡単な受け答えくらいはできる人形でもおかしくはないけど、人と関わる事がかなり多い職業なので少々無理がある。
「ったく使えないなぁ……せめて変身したりとかできないのか?」
「そんなのできるわけ……え、変身で良いんですか?」
「ん? ああ」
「だったら不可能じゃありません!
羽衣さんで髪型とか体型を作って、あとは錯覚魔法をかけちゃえばほぼ別人に成りすませます!」
「そんな事ができるのか。見直したぞ。
中川、とりあえずこいつに替え玉をやらせて時間を作ろうと思うんだが、それで良いか?」
「う、う~ん…………凄く不安だなぁ……」
エルシィさんが役を器用に演じきる能力を持っているようにはとてもじゃないけど見えない。
でも、背に腹は代えられないのかなぁ……?
「あ、あの~……」
「どうした?」
「変身、って言うか変装ですけど、普通の悪魔ならできますけど、私は錯覚魔法が使えないので……」
「……おい、そこまで言っておいてできないのか!? このバグ魔!!」
「ご、ごめんなさいぃいい!! でで、で、でも、室長に頼めば何とかしてくれるかも……」
「はぁ……それで解決してくれると良いんだがな」
「ご、ごめんなさい。
とりあえず明日は朝イチで室長に連絡とります。
室長もお忙しいし、対策を考える時間も考えると……明日の夜までには何とかなると思います!」
「明日の夜か。まぁ問題は無いな」
「そうだね。本当に対策ができるならだけど」
「とりあえず替え玉の件は明日夜まで保留だ。
で、それまでの行動だが……中川、お前は明日は仕事に出ろ」
「え? 大丈夫なの?」
「ああ。そしてエルシィは透明化してそれに付いていけ」
「え? どういう事ですかぁ?」
「替え玉になる前に少しでも見ておけ。
付け焼き刃の知識で大したことはできんだろうが、何もしないよりはマシだ」
「な、なるほど! 分かりました!!」
「って流れで行こうと思うんだが、大丈夫か?」
あえて文句を言うならエルシィさんが替え玉っていうのがかなり不安だけど……まあ、何とかなるかな。きっと。
「私もそれで良いよ」
「よし。じゃあ頼む」
私が明日すべき事はいつも通りにお仕事を頑張る事。
それが終わったらまた集まって……
「……あ、そうだ」
「どうした?」
「もしかして、攻略期間中はずっと家に泊まった方が良いのかな?」
「それは……確かに。許嫁ルートならアリだな。そうしてくれ」
「分かった。じゃあ何とかしておく」
奇妙なソフトで人が分身するのは悪魔じゃなくて天使の能力な気がするけど気にしてはいけない。
エルシィは原作では錯覚魔法を使えると思われます。
本作でどうするか迷ったんですが、結局使えない事になりました。
許嫁ルートに関する考察は割と適当です。あまり当てにしないでください。
あと、我こそは廃神だ! というゴッドギャルゲーマーの方がいらっしゃいましたら是非ともご教授下さい。